あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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招待

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 放課後、早紀は昨日と同じように、千夏から声をかけられた。

 「諸井さん、準備はできているかしら?」

 千夏は、お淑やかに訊く。早紀は頷いた。再度理由を尋ねようと思ったが、昨日と同じく、答えはないだろうと予測し、口を噤む。

 出発しようとした際、早紀は、千夏に断りを入れて、トイレへと向かった。

 トイレ内の個室に入り、背負っていたチャムスのリュックを下ろす。そして、予め家から持ってきたある物を中から取り出した。

 貝印の果物ナイフだ。黒い樹脂性の柄に、それと同じ素材の鞘が嵌っている。

 鞘から本体を抜き出すと、ステンレス鋼でできた刃物が剥き出しになる。トイレの照明を受け、銀色に鈍く光った。

 どうしてこれを用意したのか、自分でも良くわからない。護身用のつもりだったのかもしれない。そうだとしても、物騒な気がする。しかし、必要だと思った。

 早紀は、果物ナイフを鞘に戻し、今度は制服の内ポケットに入れた。外から制服を撫で、不自然に膨らんでいないか確認する。元々小振りで、平べったいため、外から見ても全く目立たなかった。

 早紀は、リュックを背負い、個室を出る。外で待っていた千夏に謝りを入れ、共に歩き出す。

 学校を後にして、先日通った道をもう一度通り、千夏の家を目指す。これは、千夏達の後をつけたお陰で、知っているルートだ。だから、それを悟られたらまずい。そのため、千夏に従うフリをしながら歩く必要があった。

 幸い、千夏はそれに気付く素振りを見せなかった。そもそも尾行自体、感知されていないのだ。怪しまれることはないはずである。

 千夏と共に『あけぼの通り』を渡り、木更津駅へ。そして、そのまま富士見地区へと入る。

 やがて見覚えのある高級住宅が見えてきた。オフホワイトの家。これも知らないフリをし、早紀は感嘆の声を上げる。

 千夏は言われ慣れているのか、愛想笑いのような表情を浮かべ、敷地内へと招き入れた。

 この前は、美術部員らしき人達がこうやって案内されていた。一体、何があるのだろうと思う。未だ千夏は、早紀を誘った理由を話そうとしなかった。

 重厚な木製の玄関扉を開け、千夏はこちらを先に通した。家の中を見た早紀は、先ほどと同じように、感嘆の溜息をつく。こちらは演技ではなく、本音だった。

 中は広く、明るく照明を反射する綺麗なフローリングの廊下に、いくつもの扉が並んでいる。右手に上へと登る階段があった。二階もここと同じく、立派な造りなのだろう。

 どこを見ても、テレビで観るような豪華さが溢れ出ていた。

 「立派な家だね」

 早紀は呟く。後ろで、千夏が、玄関扉を閉める音が聞こえた。

 「さあ、上がって」

 千夏はそう勧めた。それに従い、ローファーを脱いで、フローリングへ足を踏み入れる。

 これからどこへ行くのだろうか。目的は何?

 早紀は千夏の次の言葉を待った。そして、千夏は、喋り出す。

 それは予想外の内容だった。

 「ねえ、諸井さん。この前、私達をつけていたでしょ」

 不意の指摘に、早紀はドキリとする。つい目を泳がせてしまった。失敗だと思う。

 ばれていたのか。もしくは何かしら悟るものがあったのか。今の今までそのことを口にしなかったため、完全に気付かれていないと思い込んでいた。

 怪しまれる反応を見せてしまったが、それでも否定をした。

 「ううん。そんなことしてないよ。どうしてそう思うの?」

 自分では上手く動揺する感情を抑えながら言ったつもりだったが、千夏には通じなかった。千夏は、余裕綽々で首を振る。そもそも、何かしら確信を持っているような様子であった。

 「とぼけても無駄よ。見た人がいるの。諦めて認めなさい」

 凛とした表情で、千夏はそう言った。早紀は目を瞑りたくなった。やはりあの時、ポニーテールの女子生徒に目撃されていたのだ。

 このまま嘘を貫き通しても無駄だと思った。早紀は大人しく認めることにした。

 「ごめんなさい。確かに後をつけてたよ」

 早紀の謝罪に、千夏は怒らなかった。むしろ機嫌よく応対する。

 「気になる?」

 「え?」

 「皆……あの時は美術部の人達ね、その皆が何をしにここにきたのか」

 核心に触れる話だ。早紀は、少し間を置いて、頷いた。

 千夏は、意外な方面からアプローチを掛ける。

 「諸井さん、血、足りてる?」

 思いがけない内容に、早紀は目が点になる。そして、反射的に頬へ手を触れた。千夏が言うように、もちろん血は飲み足りていない。顔色からもそれを看過できるだろうし、今や日本中の人間がそうなのだ。

 何を今更。早紀は、肯定した。

 「その通りだけど、それがどうしたの?」

 「ううん。それならお勧めできるなって思って」

 「どういうこと?」

 千夏はそれには答えず、着いてきて、と一言だけ言い、こちらを手招きした。
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