ドラゴンさんの現代転生

家具屋ふふみに

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163話

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 考える事が増えたからか、瑠華と稲荷神との間の会話は先程よりも少なくなる。しかしそれに対して瑠華が気にする様子は無く、寧ろ微笑ましいと言いたげに優しげな眼差しを稲荷神へと注いでいた。

「っ!」

「漸くお出ましじゃな」

 狐火の制御に集中していたせいで一階層の時よりも反応するのが遅れたが、まだ問題無い範囲だ。落ち着いて月狐を鞘から抜きつつ、茂みから出てくる敵を待ち構える。
 だが敵がその姿を現すよりも先に、稲荷神へ向けて風を切り裂くような音が響いた。

「わっ!?」

 目に見えないそれを感覚だけで跳んで躱し、慌てて振り向いてその行く末を視界に収める。しかし稲荷神の心配とは裏腹に、真後ろにいた瑠華は危なげなく横に少しズレてそれを躱していた。

「妾を心配する必要は無い。それよりも敵から目を逸らすでないわ」

「は、はいっ」

 瑠華の言葉に自分の立場を思い出し、前へと向き直る。すると丁度何かを放ってきた敵が、茂みからその姿を表したところだった。
 茶色の毛に覆われた小さな身体に、鋭い刃のような爪。そして先程の不可視の攻撃。それらから導き出される目の前の敵の正体は。

「―――鎌鼬、ですね」

「クルルゥ…」

 稲荷神の言葉を裏付けるように、またしても風を切り裂く音が響く。正体が判明した今、それが風の刃だということを理解する。

 持ち前の聴力を駆使すれば不可視の刃を躱す事もそう難しいものでは無い。だが少し回避へと思考を割いた瞬間、周りに漂う狐火が不安定に揺れ動き始めた。

「乱れておるぞ」

「っ…」

 瑠華から指摘され、慌てて狐火の制御に意識を割く。しかしそんな中で鎌鼬は当然待ってなどくれない。
 続けざまに放たれた二つの刃を身を捩って躱し、狐火に意識を配りつつ鎌鼬へと肉迫する。思考に余裕が無い為に、先程のような炎を纏わせる事は出来そうにない。

「シッ!」

 短く息を吐きつつ月狐を振り抜くも、それは後ろに跳ばれて躱される。そのまま流れるように鎌鼬から放たれた刃を躱すだけの余裕は無く、月狐で辛うじて受け止めた。

「うぅ…」

「…精彩を欠いておるな」

 間合いを読み間違い、その後の対処もどこか緩慢で危なっかしい。慣れない事をさせているのは自分であるとはいえ、今直ぐにでも手を貸したくてウズウズとしていた。

「やぁっ!」

 汗水を垂らしながら、逃げ続ける鎌鼬を稲荷神が必死に追い掛ける。そして更にその後ろを追い掛ける狐火が三つ。どれも瑠華が今制御している狐火より二回り程小さなものだが、その揺らぎは先程よりは安定しているように見えた。

(流石は古き神と言うべきかのぅ)

 元とはいえ、稲荷神はそれなりに力ある神だ。その成長速度は目を見張るものがある。今回の様な機会にさえ恵まれれば、瑠華の手を借りずともきっと立派に成長出来ただろう。

(まぁ立派程度では足りんがな)

 ただの神ならばそれでも良い。しかし今の稲荷神は瑠華の、レギノルカの眷族だ。高々その程度で満足されては困る。

「ギュッ!?」

「はぁ、はぁ…や、やりましたっ!」

 息を荒らげながらも心底嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらを振り返る稲荷神を見て、瑠華が満足気に頷く。取り敢えず及第点ではあるものの、一つも崩さなかった事は賞賛に値するものだった。

「良くやったのぅ。頼むぞ?」

「次…?」

 その瞬間少し離れた茂みから姿を現したのは、三体の鎌鼬。そのどれもが臨戦態勢であり、明らかに稲荷神を狙っていた。

「時間をかけ過ぎじゃ」

「そんな事言われても…」

 瑠華の意見は正論だと理解はするものの、これでも自分なりに可能な限り早めに終わらせる事が出来たつもりだった。だからこそつい不服そうに声を上げ……そして直ぐに後悔した。

「ヒッ!?」

 瑠華は何も言わず笑顔を浮かべただけ。しかし稲荷神を見つめるその瞳はまるで笑っておらず、とてつもない重圧が稲荷神を襲った。

 忘れてはならない。目の前の存在が、自分など簡単に消し去る事が出来るという事を。

「今度は維持するだけでなく、利用するように立ち回るのじゃ」

「は、はいっ!」

 やれと言われれば否は許されない。維持していた狐火を一つ手元まで近付け、どう利用すべきか思案する。

(利用ってどうやって…)

 だがそう悠長に考える時間は無いとばかりに鎌鼬から刃が放たれ、思考を中断させられた。
 一旦回避に専念しつつ、狐火を操作して鎌鼬へと飛ばす。しかし制御に大半の思考を割いている関係でそこまでの速度で飛ばす事が出来ず、簡単に躱されてしまった。

「っ…」

 そしてそちらに意識を向けてしまったせいで反応が遅れ、迫る刃が頬を掠めた。一回目の戦闘から殆ど間隔を開けていないからか、自分の思考能力が低下している事を自覚する。

(怖い…っ、けど…)

 初めて受けた痛みに一瞬で思考が恐怖に染まる―――が、次の瞬間にはそれ以上の恐怖がそれを塗り潰す。

(失望、されたく、ない…っ!)

 瑠華が理不尽な存在でない事も、今も尚自分を心配して気に掛けてくれている事もしっかりと理解している。だからこそ怖い。そこまで優しく立派な存在に、見放されるのが。

「っ、来てっ!」

 そんな恐怖に苛まれながら、突然何かを思いついたように飛ばした狐火を呼び戻す。そして一瞬の隙の中でその狐火を月狐へと纏わせた。
 狐火を制御するにおいて、最も負担となるのは遠隔でそれを動かす事だ。なればその負担を軽減するなら、それを止めればいい。
 一瞬瑠華の要望から離れてしまったのではないかと心配し目線をチラリと向けたが、何か咎める様子は無く少し胸を撫で下ろす。

「グルァッ!」

「はぁっ!」

 遠距離では勝負にならないと判断したのか、一匹の鎌鼬がその鋭い爪で飛び掛ってきた。だがそれは稲荷神にとっては好都合でしかない。
 冷静に位置関係と他の鎌鼬の様子を窺いながら、迷いなく飛び掛ってきた鎌鼬へ向けて刃を振るう。鎌鼬は己の爪で受けて立とうとするが、たがたが一妖怪の爪が神器たる月狐の刃に敵う筈もなく。爪に当たった瞬間、全く抵抗感を感じさせないまま燃え盛る刃の餌食となった。

「クルル…」

「逃がしませんっ!」

 警戒し少し後ろへと下がった鎌鼬だったが、それを見逃す訳にはいかない。しかし今の稲荷神から二匹の鎌鼬までは距離がある。今の自分の足の速さでは鎌鼬に追い付くのが難しいという事は、嫌という程に思い知っている。ならばどうするか。

「やっ!」

 まだ距離があるにも関わらず、稲荷神がその刃を振るう。するとその瞬間、纏わり付いていた狐火が切っ先からまるで蛇の如く飛び出した。そして月狐を振るう動きのままに延びた狐火が鞭のようにしなり、離れていた筈の鎌鼬へと襲い掛かる。

「っ…ぁ」

 だがそこで稲荷神の思考能力が限界を迎えてしまったようで、延びた狐火を含む展開していた狐火全てが掻き消えてしまった。

「限界か」

「も、申し訳、ありません……」

「おっと…」

 そこでプツンと糸が切れたように稲荷神の身体から力が抜け、地面に吸い込まれそうになったのを寸前で瑠華が受け止める。

「少し急ぎ過ぎたかのぅ」

 だが本来の目標である鎌鼬は全てしっかりと倒し切っており、期待通り…いや期待以上だと瑠華が微笑む。

「良くやったのじゃ。自由度の高い狐火ならではの戦い方じゃったのう」

「えへへ…」

 稲荷神が河童に対して使った〖篝・炎狐〗は、纏わせるだけの能力しかない。自由自在に動きも形も変化させられる狐火だからこそ、実現出来た戦い方だった。
 心底感心したとばかりに瑠華が頭を撫でれば、ピコピコと嬉しげに耳が震えた。

「しかしこれで理解出来たじゃろう? 狐火が如何に重要な権能であるかを」

「そう、ですね…自由度が高いからこそ扱うのも難しいですが…」

「無意識下でも三つ程度は制御出来るようになれば、漸く一人前と呼べるやもしれんのぅ」

「……先は、長そうです…んふ」

 真剣な話をしている間にも瑠華の撫でる手は止まらず、つい稲荷神の顔が緩んでしまう。長年小さい子達を撫でてきたからか、実際瑠華の撫でテクはかなり高い。

「お主も疲労が溜まっておるじゃろうし、暫く休んでから進もうかの。それで良いかえ?」

「はいっ」

(暫くじゃなくてもっと休みたいけど…)

「…妾の時間もあるでな。そう長くは時間を取れんのじゃ」

「っ!?」

「妾相手に隠し事は通用せんからの」

 そう言ってクスクスと笑う瑠華に、稲荷神は顔を青くすればいいのか赤くすればいいのか分からなくなるのだった。


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