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★4.セルフクッキング

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 帰宅した俺は台所に買い物を置くと、庭の納屋へ向かった。

 七輪と段ボールを出して、即席の燻製機を仕掛ける。

 このやり方は職場二階のアウトドア用品店の店長に教えてもらった。

 定番のソーセージと味卵、ポテトチップスも旨いと言うから、段ボールに吊るして一時間ほど温燻する。

 勝手口から台所に戻り、たまに火の様子を見つつ、料理にとりかかる。

 台所は食堂を兼ねていて、無駄に広い。

 鍵を受け取った際に聞いたら、もとは使用人が食事をするスペースだったらしい。

 壁に沿ってL字のステンレス製の作業台があり、奥に三口コンロ、手前に流しがある。

 そこから窓と冷蔵庫を避けながら取り付け式の戸棚がぐるりと巡らされていた。

 だが、目を引くのはやはり、中央にでんと置かれた十人掛けのテーブルだ。

 レンジやケトルが置いてあり、実質使えるのは、テーブルの半分ほどなのだが、視覚的な圧迫感がすごい。

 死んだ祖父はヘルパーの手を借りてここに独居していたらしいが、遺された食器類の量を見ても、かつては華やかに暮らしていたことがわかる。

 収納棚からすき焼き鍋が山ほど出て来た時にはさすがに驚いたが。

 おかげで俺は調理器具に金を遣わずに済んでいる。

 まあ本人の技量の問題で凝ったものは全く作れないのだけれども。

 今日は国産の挽肉が安かったので、餃子を作ることにした。

 キャベツから薬味から全部みじん切りにしてボウルでこねる。

 ヤッた後に食うことを考えて、市販の皮を二つに分けた。

 今日の夜はスープに入れて、温めるだけの水餃子。明日の昼は焼き餃子。

 せっかくの午後休だってのに、仕事と大差ないじゃないかと思いつつ、黙々と肉だねを包んでいく。

 手元に集中できる作業は良い。

 俺は料理なんてものはハッタリだと思っている。味二割、見た目八割でいく。

 酒も飲むし、彰永とバカ話をしていれば、味なんてわからなくなる。

 ただ見栄えで失敗するのは避けたい。そっちの方が確実に味に影響するから。

 缶じゃなく瓶ビールを用意したのも、それでだ。泡の立ち方が違う。

 あ、でも水餃子か。

 慌てて地下収納を漁った。紹興酒はないが日本酒はある。寒いし燗にしてやろう。

 火事になる前に即席燻製機を片付けて。

 スープは鶏ガラの中華風だ。白髪ねぎと、根っこを処理したもやしを用意しておく。

 あとは米を研いで、炊飯器をセットして。野菜が少ないな、生春巻きも作って……。

 ひと段落すると、あっという間に十五時を過ぎていた。

 灰皿を手に勝手口を出て、タバコを吸う。

 少し風が出てきたようで日が陰ってきた。

 明るいうちに布団を干しておくべきだった、と少し後悔する。

 同時に、数時間後に控えている行為を想像してケツがきゅんと締まる。

 おいおい。

 我ながら嫌になる。セルフ妄想で腰を揺らしてんじゃないよ。この変態がよ。

 タバコの味に集中しようとがんばったが、もう遅い。

 チンポ大好き担当の俺が頭の中でピンク色の要求をわあわあ言ってくる。

 キス。キスしたい。溺れるくらい彰永の唾を恵んでほしい。寒い。抱っこしてほしい。チンポ入れっぱなしにして揺さぶられたい。

 寒いならバカなことを考えてないで、中に入ればいいんじゃないでしょうかね。

 向かい風で紫煙が目に染みる。

 勿体ないと思いつつタバコを灰皿に押し付けて、中に戻る。

 でもそれが間違いだった。

 ふらつき、台所に手をつくと自然と、尻を突き出すような恰好になってしまう。

 シャツのボタンを上まで閉めて、エプロンまで付けているのに、もう裸に剥かれたような気分になる。

 立ったままシたい。

 理性担当の俺は劣勢だ。もう怒るしかない。

 いいからさっさと流しを片付けろ。

 動物みたいに思いきり後ろから突かれたい、それで背後から両腕を掴んで、オナホにするみたいに滅茶苦茶に使われたい。射精。彰永に射精されたい。精子が欲しい。

 バカ言ってないで、出しっぱなしの包丁を洗って仕舞え。危ないから。

 シルバーの流しの下が引き出しになっていて、その取っ手がタオルをかけられるように出っ張っている。

 きっと彰永に腕を掴まれながら、一番奥に出してもらって、俺はこのタオルに向かってこすりつけるみたいにイくんだろうなあ。

 きゅうきゅう彰永のチンポを締め付けて、一滴残らず搾り取って、それでごめんなさい、ごめんなさいって謝りながらイかせてもらうのが一番気持ちいいのだ。

 そうやって、また。

 彰永を肉バイブ扱いしやがって。

「いっぺん死んだほうがいいな!」

 声に出して、妄想のバカバカしさを再確認したところで、俺は台所を後にした。

 もはや片付けどころではないのでそのままよたよたとヤリ部屋に行く。

 セックスするのは仏間と決めている。

 罰当たりな話だが、風呂も便所も近いから都合がいいのだ。

 それ用の布団も押し入れにある。

 シーツは洗っているし、布団も干しているのだが、枕と一緒にもう何年もこんな使い方をしている。饐えた臭いが染みついていた。

 父方の親戚からは、取り壊す家だし部屋も家具も好きにしていいと言われている。

 俺の顔をじろじろと見て、うさぎ飼うでも乱交パーティーでもご自由にと笑われた。

 初めて会う親戚だったが、俺は父方の血筋はみんな頭がおかしいんだと思っているので別に怒りも湧かなかった。

 現状を顧みるに、おそらくは俺もその頭がおかしい側の一員である。

 痛いほど自己主張してくるチンポは完全に無視して布団を敷いた。

 畳の縫い糸に合わせて角を揃えて、シーツを被せる。

 ほつれた毛布を二枚出す。

 重い綿毛布にはカバーを掛けて、毛布と一緒に足元に三つ折りにする。

 枕は一つ。彰永がいつも腕枕してくれるから。

 彰永に早く会いたい。

 俺は布団へうつ伏せに倒れこんだ。

 すーっと息を吸い込むと、体の奥の疼きがビリビリと指先まで抜けていく気がした。

 汗とザーメンが染み込んだ臭い布団。

 濡れているみたいに冷たい。

 一応は二階が寝室ということになっているのだが、俺は罰当たりなド変態なので、ここの布団が一番よく眠れるのだ。仕事で疲れていると、階段を上りたくないのもあるが。

 なんだか妙に安心してしまうのだ。

 自分がいるべき場所にようやく戻ってきたような気がして。

 職場、学校。実家。どこにいても、そこでどんなに楽しく過ごしていても心のどこかで居場所を間違えているように感じる。

 本当は、俺が俺でいられるのは、こういう汚い布団の上だけなのかもしれない。

 どんなに取り繕っても、大きな陸地からはもうとっくに切り離されてしまっている気がする。

 流氷みたいなものだ。

 押し流されて、最後には溶けて消える。

 なのに、十年も彰永を付き合わせて。

 どんどん暗い考えばかりが浮かんできて、俺は寝返りを打った。

 明るい中で横になると、鴨居に並ぶ遺影の顔が怖い。誰もかれも全員知らない人だ。

 白黒の写真の中から、男も女もしらーっとした眼差しでスケベな俺を見下ろしてくる。

 いや、逆か。

 俺の方こそ気の毒なこの人たちに見せつけているのだ。そう考えるとちょっと面白い。

 やっぱり人間、生きているのが一番だな。

 この人たちはそうしたくとも、目を閉じられないんだから。

 俺は起き上がってエアコンを付けた。古い家電なので効きは遅いが動きはする。

 そのまま再び布団に横になった。余計な気を揉んでいないで、ここはひと眠りして彰永が来るのを待つのが利口というものだろう。

 横を向くと、黒檀の仏壇の脚が目に迫ってくる。俺は布団を肩まで引き上げた。

 おやすみなさい。
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