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Ⅱ
1.ショップスタッフのおしごと
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数日後、俺は店頭に立っていた。
朝十時から閉店まで、通しで入っている。
平日の日中は二人で回せるくらいヒマだ。
ラッピング用の飾り紐を編みながら、小野という新人に商品知識クイズを出していた。
「柑橘系の香りの商品を三つ言ってみよう」
「えーと……ボンボンシリーズだとウィンドシトラスと、レモンバーベラと……えっと」
「入浴剤は?」
「ああっハニーオレンジっ、すみませんっ」
ぐるぐる目で、おかっぱ頭を抱えている。
俺は苦笑いした。
「いや、徐々に覚えればいいから」
「卯月センパイ、お優しすぎる……」
「いやいや……」
若い女への接し方がよくわからないだけだ。
きつく当たればパワハラ、かといって優しくしすぎればセクハラになってしまう気がする。
実際、小野はよくやっている。
大学の冬休み前に採用されて、クリスマスと初売りを乗り越えた。商品知識がボロボロなのは、レジに特化して鍛えたせいなので、本人が気に病むようなことではない。
どちらかと言えば指導する余裕を無くしていた古参スタッフ側に責任がある。
「黒沢店長も、小野さんは見所があるって言ってたよ。あの人は期待してるぶんキツく当たるところあるけど」
俺が非番の日に『物覚えが悪すぎる』と、店長から強めの指導が入ったそうだ。
ただの学生バイトなのに、小野は気の毒に泣かされたらしい。
同期の宮古からフォローを頼まれていたのでさりげなく言うと、小野は空笑いで返した。
こいつは引きずっているようだぜ。
彰永の遠い後輩でもある。
なんとかならんかと考えていると、俺の手元を覗き込んで、「神業ですねえ」と感心した声を上げた。
「えぇ? いや慣れだよ、こんなの……」
一ミリ幅の固い紐を几帳結びにしていた。
和柄の包装紙に組み合わせると一気に高級感が出る。
オプション料金はかかるが、珍しいラッピングなので人気だった。
本社からは、ホワイトデー需要に合わせて、男性客に売り込めというお達しが来ている。
これまでは赤一色だったが、新たに青系統の色がどさっと送られて来た。
センスいいとは思うが、編まされるのは店舗スタッフだ。
「ああ。小野さんもやろうか」
「えっ?」
「手元に集中すると、余計なことを考えずに済むから楽だよ。悩みが多いほど上手くなる。こうして俺は、ラッピングマイスターの座にまで上り詰めたのだ……」
道化めかして先輩風を吹かせてやる。
良い後輩指導をしたと思ったのだが、小野はレジ前に山と積まれた飾り紐と俺を見比べるようにして、心配そうに言った。
「卯月センパイ、何か悩んでるんですか?」
「ウッ」
小野に言い当てられて、俺は胸を押さえた。
繁忙期に新人を雇うと聞いた時は、店長はついに気が狂ったんだと思っていたが、いや、慧眼だった。
小野の、相手を冷静に観察する能力は、間違いなく接客向きだ。
将来有望な後輩を前に打ち震えたその時、俺の接客レーダーに反応があった。
接客が長い人間はみんな、うなじのあたりに三百六十度範囲のレーダーを搭載している。
七時の方向に新人ちゃんの自信回復に打ってつけの良いカモが来ていた。
「……いらっしゃいませー」
レーダーが未熟な後輩に低く知らせる。
小野はハッとした顔で挨拶を唱和した。
俺の方からは柱があってよく見えないが、幼児の手を引いた色黒の女だ。
長い黒髪を、ポニーテイルにまとめている。
服は辛子色のニットに着古したデニム。
アスリートが走った後に着るようなコートを羽織り、部活へ行く学生みたいなエナメルバッグを肩に担いでいる。
膨らみ方からしておむつやら何やら入っているに違いない。
来店目的が明確で、話しかけるとはきはきと要望を答えてくれるタイプの難易度の低い客だと一目でわかる。
行って来なさい、と目くばせすると、小野はこくこくとうなずいた。
レジ裏に隠れながらも、失敗しかけた時はすぐ助けに行けるように待機する俺。
客から絶妙な距離を取りつつ機を伺う小野。
すぐに話しかけてはいけないという教えを忠実に守っている。
そうだな、たぶん一番目立つ石鹸の什器で立ち止まって一つか二つ手に取るだろうから、そのあたりで声をかけられたらいいよなあと思ったのだが、先に俺が幼児に見つかった。
「ユウトくーん。けぇちゃん、来たー」
「あらぁ……来ちゃったのー……」
クソッ、失敗だ。
膝にしがみつかれて動けない俺に、親の方も気づいてしまった。
爆速で小野を通り過ぎ、こちらに向かってくる。
「いらっしゃいませ……」
「いらっしゃいませ、じゃないよ。そんな所に何を隠れてんの」
「おまえもたまには、違うスタッフから接客を受けた方がいいかと思ったんだ」
「単に面倒くさいから逃げてるだけでしょ!」
「わかってるなら来るなよ……」
声がよく通る。営業妨害じゃないか。
レジ前に溜まって他の客が来たらまずい。
広いところまでどうどうと言って歩かせる。
小野は訳も分からずポカンとしていた。
「あ……えっと、お知り合いですか?」
「そうそう」
俺は小野に自信がついて、この親子連れが早く帰りたくなるような紹介の仕方を考えた。
「実は俺はバイのバツイチで子供もいるんだ。だから、一回や二回の失敗なんて小野さんも別に気にしなくていいんじゃないかな」
「違いますからッ、ただの妹ですから!」
「そうそう、禁断の愛ってやつ」
妹の歩美が、横から俺の脛を蹴った。
俺は甥っ子の桂太と同じ目線になりつつ一生懸命、この凶暴な妹を紹介した。
「見ての通り、足癖がひどすぎるから、別れざるを得なかったんだよ。なあ桂太。ママの寝相はひどいもんだよな」
「うん!」
「お兄ちゃんッ!」
歩美が声を張り上げる。絶対に営業妨害だ。
仕方ない、小野の指導は一旦後回しだ。
俺は通路際でチンピラ妹の相手をすることにした。
朝十時から閉店まで、通しで入っている。
平日の日中は二人で回せるくらいヒマだ。
ラッピング用の飾り紐を編みながら、小野という新人に商品知識クイズを出していた。
「柑橘系の香りの商品を三つ言ってみよう」
「えーと……ボンボンシリーズだとウィンドシトラスと、レモンバーベラと……えっと」
「入浴剤は?」
「ああっハニーオレンジっ、すみませんっ」
ぐるぐる目で、おかっぱ頭を抱えている。
俺は苦笑いした。
「いや、徐々に覚えればいいから」
「卯月センパイ、お優しすぎる……」
「いやいや……」
若い女への接し方がよくわからないだけだ。
きつく当たればパワハラ、かといって優しくしすぎればセクハラになってしまう気がする。
実際、小野はよくやっている。
大学の冬休み前に採用されて、クリスマスと初売りを乗り越えた。商品知識がボロボロなのは、レジに特化して鍛えたせいなので、本人が気に病むようなことではない。
どちらかと言えば指導する余裕を無くしていた古参スタッフ側に責任がある。
「黒沢店長も、小野さんは見所があるって言ってたよ。あの人は期待してるぶんキツく当たるところあるけど」
俺が非番の日に『物覚えが悪すぎる』と、店長から強めの指導が入ったそうだ。
ただの学生バイトなのに、小野は気の毒に泣かされたらしい。
同期の宮古からフォローを頼まれていたのでさりげなく言うと、小野は空笑いで返した。
こいつは引きずっているようだぜ。
彰永の遠い後輩でもある。
なんとかならんかと考えていると、俺の手元を覗き込んで、「神業ですねえ」と感心した声を上げた。
「えぇ? いや慣れだよ、こんなの……」
一ミリ幅の固い紐を几帳結びにしていた。
和柄の包装紙に組み合わせると一気に高級感が出る。
オプション料金はかかるが、珍しいラッピングなので人気だった。
本社からは、ホワイトデー需要に合わせて、男性客に売り込めというお達しが来ている。
これまでは赤一色だったが、新たに青系統の色がどさっと送られて来た。
センスいいとは思うが、編まされるのは店舗スタッフだ。
「ああ。小野さんもやろうか」
「えっ?」
「手元に集中すると、余計なことを考えずに済むから楽だよ。悩みが多いほど上手くなる。こうして俺は、ラッピングマイスターの座にまで上り詰めたのだ……」
道化めかして先輩風を吹かせてやる。
良い後輩指導をしたと思ったのだが、小野はレジ前に山と積まれた飾り紐と俺を見比べるようにして、心配そうに言った。
「卯月センパイ、何か悩んでるんですか?」
「ウッ」
小野に言い当てられて、俺は胸を押さえた。
繁忙期に新人を雇うと聞いた時は、店長はついに気が狂ったんだと思っていたが、いや、慧眼だった。
小野の、相手を冷静に観察する能力は、間違いなく接客向きだ。
将来有望な後輩を前に打ち震えたその時、俺の接客レーダーに反応があった。
接客が長い人間はみんな、うなじのあたりに三百六十度範囲のレーダーを搭載している。
七時の方向に新人ちゃんの自信回復に打ってつけの良いカモが来ていた。
「……いらっしゃいませー」
レーダーが未熟な後輩に低く知らせる。
小野はハッとした顔で挨拶を唱和した。
俺の方からは柱があってよく見えないが、幼児の手を引いた色黒の女だ。
長い黒髪を、ポニーテイルにまとめている。
服は辛子色のニットに着古したデニム。
アスリートが走った後に着るようなコートを羽織り、部活へ行く学生みたいなエナメルバッグを肩に担いでいる。
膨らみ方からしておむつやら何やら入っているに違いない。
来店目的が明確で、話しかけるとはきはきと要望を答えてくれるタイプの難易度の低い客だと一目でわかる。
行って来なさい、と目くばせすると、小野はこくこくとうなずいた。
レジ裏に隠れながらも、失敗しかけた時はすぐ助けに行けるように待機する俺。
客から絶妙な距離を取りつつ機を伺う小野。
すぐに話しかけてはいけないという教えを忠実に守っている。
そうだな、たぶん一番目立つ石鹸の什器で立ち止まって一つか二つ手に取るだろうから、そのあたりで声をかけられたらいいよなあと思ったのだが、先に俺が幼児に見つかった。
「ユウトくーん。けぇちゃん、来たー」
「あらぁ……来ちゃったのー……」
クソッ、失敗だ。
膝にしがみつかれて動けない俺に、親の方も気づいてしまった。
爆速で小野を通り過ぎ、こちらに向かってくる。
「いらっしゃいませ……」
「いらっしゃいませ、じゃないよ。そんな所に何を隠れてんの」
「おまえもたまには、違うスタッフから接客を受けた方がいいかと思ったんだ」
「単に面倒くさいから逃げてるだけでしょ!」
「わかってるなら来るなよ……」
声がよく通る。営業妨害じゃないか。
レジ前に溜まって他の客が来たらまずい。
広いところまでどうどうと言って歩かせる。
小野は訳も分からずポカンとしていた。
「あ……えっと、お知り合いですか?」
「そうそう」
俺は小野に自信がついて、この親子連れが早く帰りたくなるような紹介の仕方を考えた。
「実は俺はバイのバツイチで子供もいるんだ。だから、一回や二回の失敗なんて小野さんも別に気にしなくていいんじゃないかな」
「違いますからッ、ただの妹ですから!」
「そうそう、禁断の愛ってやつ」
妹の歩美が、横から俺の脛を蹴った。
俺は甥っ子の桂太と同じ目線になりつつ一生懸命、この凶暴な妹を紹介した。
「見ての通り、足癖がひどすぎるから、別れざるを得なかったんだよ。なあ桂太。ママの寝相はひどいもんだよな」
「うん!」
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