調香師は今夜も眠れない

水ノ灯(ともしび)

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プロローグ

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スタッフオンリーの札がかかった扉に鍵を差し込み、静かに開いた。冷えた外気が無人の室内に流れ込む。整然と並んだビーカーやメスシリンダーが照明に照らされ、光に浮かび上がった。棚には香料瓶が所狭しと並べられている。ここは調香師、立花湊(たちばな・みなと)のアトリエだ。
湊は器具を並べ、調香を始めた。まずはライム。爽やかで軽やかな柑橘系をトップノートに。そしてラベンダー。ミドルノートは清潔感と穏やかさを。そこにローズを足し、優雅さを混ぜ合わせる。ローズをさらに華やかに際立たせるために、新たな香料瓶を選び取った。
──ジャスミン
蓋が開き閉じ込められていた香りが漏れ出した途端、湊は思わず手を止めた。甘く濃厚な花の香りが乾いた空気に広がった。艶やかで官能的な魅力を持つはずなのに、湊は息苦しさを感じる。
すぐに蓋をし、香料瓶を棚に戻す。作業台にはまた作りかけで止まってしまった半端な香水が乗っていた。
「僕は、まだ……」
あれからもうすぐ一年になる。そろそろ新作に取り掛からなければと思うのに、どうしても調香がうまくいかなかった。
その理由は自分でも分かっている。香りだけでなく、巡る季節が記憶を呼び覚ましてくる。去年の初雪の日、彼に終わりを告げた時から、湊は前に進めていないのだ。手についた匂いが消えない。あの日から、ずっと。湊はかさついた皮膚を何度も拭って、過去に持っていかれそうな意識を繋ぎ止めていた。
どうやら今夜も眠れそうにない。
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