【R18】再会した幼なじみの執着系弁護士に結婚を迫られても困ります!

前澤のーん

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1.都会と貧乏田舎女子

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「おい、二ノ宮! 何度言わせたらお前は分かるんだ!?」

 ────バシッ!バシッ!

 分厚い書類をデスクに強く叩くハゲ散らかったバーコード頭の年配の上司。その上司のデスクの前で見せしめのように立たされている。

「ですからっ! このミスは私じゃなくて誰かがっ……」

 ────バシッ!!

 言い返そうと口を開けば、その瞬間、先程より大きな音で書類を叩かれる。思わず口を閉ざしてしまうと、眉に皺の寄ったバーコード上司が私を下から睨みつけている。

「人のせいにするとはいい身分だな? 島から出てきた田舎者のターザンみたいなお前を誰が雇ってやったと思ってるんだ?」

(た、ターザン!?)

 あまりに酷いニックネームに目を開いて固まってしまう。そんな強烈にくだらないニックネームになぜか後ろでデスクに座る人たちがクスクスと笑っている。
 おそらくそのニックネームに対してではなく、私を誹謗中傷する光景が単に面白いのだろう。

「もういい、さっさと直してこい。今日中だからな?」

 胸に投げつけるように書類を押し付けられて、手を離されれば床に散らばるたくさんの書類。悔しいけれど言い返したところで倍になって返ってくることはわかっているから黙って膝をついて拾う。

 そんな私の姿をまた愉しそうに周りの人たちが笑って見下ろしている。

(なんでこんなことに……)

 笑う人たちの中で視界に入ったのは申し訳なさそうに眉を寄せる女の子。一瞬だけ目が合ったけれどすぐに逸らされた。



◇◇◇

「だああぁ!! 疲れたぁ!」

 家に帰れば、時計の針がさすのは夜の十一時。よれよれのシャツとスカートを脱いで、キャミソールとパンツ一枚になってからベッドに深く沈み込む。

「くそぉ、あのバーコードめ! むしり取ってやりたい!!」

 ベッドに置いてあったクマのぬいぐるみの腹に何度も正拳突きする。クマはなにも悪くないが、ふわふわのお腹を少々拝借させてもらう。

「はぁ……これだから都会は怖いのよ」

 一通り殴り疲れたあと、今度はそのふかふかなお腹に顔を沈みこませる。柔らかな毛が頬に当たって心地よい。

(なんでこうなっちゃったかな。良かれと思ったんだけど……)

 ふぅと息を吐いてから立ち上がって、冷蔵庫の中身を確認するけれど調味料しかなかった。すっと扉を閉じてコップを手に取り水道水で満たす空っぽのお腹。

「たしかに田舎育ちだけどターザンは許せない」

 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えるように、また水道水をコップに並々と注いで一気飲みした。

 私、二ノ宮莉衣にのみやりいは二年前まで九州の小さな離島で両親と暮らしていた。自給自足に近い暮らしで、慎ましく静かに息を潜むように生きてきた。

 ────それには訳がある。

 実を言うと私は七歳の頃までは世間で言う『ご令嬢』というやつだった。有名温泉街の何箇所かに老舗旅館を経営していて、それなりのお金持ちだった。通っていた小学校も有名なお金持ち学校。まぁそれも通えたのは一年間だけだったんだけど。
 大きな広い家にも家政婦の方が数名いて優雅な生活を送っていた。けれどある日……。

『家から出るぞ』

 そう父と母にいきなり手を引かれて家から離れた。小さい頃だったから、なんの事情があったのか詳しくはわからないけど、おそらく両親は嵌められたみたいだった。
 簡潔に言えば信用していた右腕の部下に嵌められて悪者にされ気づいた頃には手遅れで、旅館から追い出されたらしい。

 元から同族経営が続いていて、超がつくほどのお人好しの両親。そんな両親だから、こんなことが起きても仕方がなかったのでは?といまは思う。

 けれども旅館の仕事に関して情熱と誇りを持っていた両親は、またその関連のところで働こうとした。けれど、もうその界隈では名前が知れ渡ってしまっていたのか全て断られてしまった。

 だんだんと疲れ切ってきていた我が家。そんな我が家は昔からの常連さんから『離島へ来ないか』と誘われ、最終的にその誘いに乗ったのだった。

 その島の人は良い人ばかりで、私たちの素性も島外の人に隠してくれた。私の苗字も遠い親戚の戸籍上の養子に入り変えたおかげか、虐められることもなく少ない生徒数の学校で楽しく過ごさせてもらえた。

 それに両親も離島での自給自足の生活に楽しみを見出したのか、広大な土地を島民の方から無償で借りて野菜や果物を育てるようになった。
 初めて自分たちで育てた野菜を収穫して食べたとき『自分で育てる野菜は美味しい!』と感動していた両親。昔から料理に関してはこだわりが強かったので、そうなるのもわからなくもない。

 そんなこんなで育てた野菜や果物をたまに本島で売り、わずかなお金でその日を暮らしてきた。



「これがターザンと言われる理由?」

 握ったコップをシンクに置く。たしかに言われてみればそれに近い生活をしていた気がする。

 ────ぐううぅ!!

「うっ……お腹減った……」

 やはり水では満たしきれなかったのか、大きな腹音を立てて食べ物を要求する身体。フラフラとよろめきながら1Kの狭いアパートの玄関先に置いてあるダンボールを開けば、中にはたくさんの野菜と果物が詰められている。

「お父さん、お母さんありがとうございます」

 深々と頭を下げて中に入っていた真っ赤なトマトにそのまま齧り付く。またターザン化してしまった気がするけど、空腹には勝てない。

 ────ジャカジャーン!!

(げっ!? 始まった、リサイタル!)

 齧り付いていれば、薄い壁の先から響いてくるギターの音。素人の私でもわかる、なんとも言えないレベルの力量。そんな強制リサイタルに耳栓をつけて断固拒否をする。

 齧り付いたトマト片手に逃げるようにベランダに出れば、日付が変わる時間なのに周りの景色は眩しく光が灯されている。高いビル群が遠くの方に見えて、ぼんやりと『あの最上階には誰が暮らしてるんだろう』と考えた。

「都会は本当にみんな眠らないのね……」

 ふわりと吹いた春の風はまだ少し冷たく、身震いしながら冷えたトマトをもう一口齧る。

 なんやかんやありつつ高校を出てから二十歳過ぎまで島で両親と自給自足生活をしていた。そんな私がこんな都会で働くことになった理由。

「もっと働いてお金を貯めないと」

 単純な理由。出稼ぎだ。

 それは両親のためでもある。やはり旅館での仕事が忘れられなかったのか島で小さな宿を開きたいという両親の願い。
 私に内緒でわずかなお金をコツコツと貯めてきていたようで、私が二十歳になる前にそのお金がやっと開業資金に充てられる分まで貯まったらしい。

『これで宿が開ける』

 そう嬉しそうに、その裏事情を話してくれた両親。そんな嬉しそうな二人に私もとても幸せな気持ちになったのを覚えている。だけれどそこは超がつくほどのお人好しの私の両親。
 なんとなく先は読めているだろうけど、詐欺師に騙されて資金を全て持っていかれた。そのことに気がついて、また両親は頭を抱えて崩れ落ちた。

 そんな両親を見て、甦る私の昔の記憶。

 ────『騙される方が悪いんですよ』

 口の端をあげて見下ろされる。私たちを嵌めた部下から放たれた言葉。小さい頃のことなのに今も鮮明に記憶に残っている。

(人を信じたところで簡単に切り捨てられる)

 心の中で植え付けられたもの。それは両親もわかっていたはずなのに……。


「なんていうか……期待を裏切らないというか……はぁ」

 大きなため息をついて冷えるベランダから部屋に戻る。

 あまりに可哀想な両親に私が耐えられなくなって『私が都会で稼いでくる!』と宣言してしまった。さすがお人好しの血を受け継いでいるだけある。自ら呆れてしまう。

 そんなこんなで都会へ帰って来て働くこと二年。職を選ばずにすぐに就職できるところを選んだせいか、その会社は俗にいう『ブラック企業』だった。

 それになかなかに人間関係も殺伐としていた。私が目を逸らされた女の子は最初、いじめのターゲットにされていた。それを見るのが耐えられなくなって庇ったら、見事にいじめのターゲットが私に変わったという単純なもの。

 田舎のアットホームな人間関係になれていたせいか、まさかそんなことになるとは思ってもみなかった。

「まぁ、見て見ぬふりするのも嫌だったし」

 それにこのまま辞めるのもなんとも悔しいではないか。その気持ちでなんとか耐えてきた。
 気まずそうに目線を逸らした女の子。いまは上手くやれているみたいで楽しそうに同僚と話している姿をよく見ようになった。

「……ふふっ、両親のこと言えないなぁ。私も全然わかってないじゃんか」

 床に投げ捨てられたよれよれのスーツをぼんやりと眺める。

(少し疲れたかも……)

 また深く重い息を吐いてベッドに腰掛ける。そう、二年も虐められてきたら、さすがのターザンも疲れてきていた。

 島に帰りたい。

 優しい島民のみんなを思い出したけど、両親の悲しむ顔も同時に浮かぶ。
 頭を左右に振ってその思い出を振り払ってから、ゆっくりと重い瞼を閉じた。




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