【R18】再会した幼なじみの執着系弁護士に結婚を迫られても困ります!

前澤のーん

文字の大きさ
14 / 56

9.話を聞いてください

しおりを挟む



 会社の前につけてあった立派な黒塗りのセダン。その車の後部座席に乗らされる。私の隣に乗り込むのはもちろん久世さん。すでに運転手の方が乗っていて、部下の男性が慣れたように助手席に座る。

「久世さん! 困ります!」
「なにが? あのまま、あそこにいたら君は倒れていたよ」
「うっ! そ、それはそうですけれど……」
「あぁ、退職金はたっぷり貰うから安心して」
「うぅ、それはありがたいんですけど……けどっ!」

 『けど?』と愉しそうに笑って言葉を返す久世さんに少し苛立ってくる。

「家に物を送られるのも困りますっ! やめてください!」
「そう? でも今日送ったスーツ着てくれてる。嬉しいな」
「っ!?」

 ふわりと笑って私が着ているスーツの上着の裾を持ち上げる。その長い指先にこの間の情事を思い出して顔が赤らんでしまう。そんな単純な私にまた嬉しそうに笑うもんだから心臓が鳴り響いてうるさい。

「あまりにダンボールが送られてくるので、普段のスーツが取り出せなかっただけですから!」
「ふーん。だったら送った甲斐があったな」
「な、なんでそうなるんですか!?」

 どこまでも飄々としている久世さんに頭が痛くなってくる。

(うう、この人とこの話してても平行線だわ)

「とにかく……退職金があっても、職がなくなるのは困ります。こういうのは相談もなしにやめてほしいです」

 あの職場から辞める機会を与えてくれたのはいいけれど、この先を思えば不安しかない。嬉しさ半分、憎さ半分といったところだ。
 久世さんを見つめていれば考えるように目線を逸らしてから、軽く腕を引っ張られて引き寄せられる。

「莉衣が逃げるからいけないんでしょ」
「っ!?」

 耳元で私にだけ聞こえるように小声で囁かれる。熱い吐息がかかって、慌てて飛び跳ねて逃げれば意地悪そうに笑っている。おそらくあの日の朝、眠る久世さんを置いてこっそりと逃げ帰ったことを言ってるんだろう。

(~ッ! この人は……)

「それにもう二ノ宮さんの職は決まってるから」
「は……はい?」
箕輪みのわ。資料を」
「はい」

 助手席に座る箕浦と呼ばれた部下の男性が鞄から書類を取り出す。それをそのまま私に渡してきた。
 今度はなんなのだろうとその書類を疑い深げに目線を移す。

「これ……」
「うん。うちの法律事務所で働いてもらおうかなって」
「ほ、法律事務所!? 久世さんの!?」
「調べたら二ノ宮さんが凄く優秀なの分かったから、ぜひうちの事務所に事務員として欲しいなって。あぁ、うちのボス弁には了解を得てるから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくてっ……それに優秀なんかじゃないですよ、高卒ですし」

(こういうところで働ける人って大卒のエリートだけだろうし……)

「それはそんなに気にすること? あんなに仕事押し付けられて二年以上もこなしてきてる時点でかなり優秀だと思うけれど。本当は大学もかなり良い所行けたんじゃない?」
「うっ、そ、それは……」

 実を言うと久世さんの言う通り。

 島で自給自足していたせいか時間は膨大にあった。そんな時間を勉強をして暇を潰していた。
 船で通っていた本島の高校で受けた模試。その模試の結果からなかなかに良い大学が狙えたのも事実。けれど大学に通うお金の余裕はなかったから進学は諦めた。

(この人はなんでもお見通しなのね)

 それをなぜわかるのかと脅えなら見つめれば『その顔も可愛いね』と頬を撫でられそうになったので、また飛び跳ねて離れる。
 今度は悲しそうに眉を歪めたのに少し罪悪感を覚えるけれど仕方がない。それにわざと悲しい顔をしたのかもしれない。

「とにかく、ぜひうちで働いて欲しいな。お給料とか条件はかなりいいものだと思うんだけど」

 たしかに資料に書かれたお給料や福利厚生はさすが大手の法律事務所なだけあって、かなりしっかりした良いもの。喉から手が出るほどの条件。

(けど……)

 思い出されるのはあの日の『婚姻届』。それに最近会ったばかりの貧乏女になぜここまで手厚い対応をするのか。
 ちらりと横目で久世さんを見れば、変わらず美しいお顔で微笑んでいる。

(……もし、この人を信じて裏切られたら?)

 そう思うと手が少し震えてくる。

「……少し時間をあげようかな。また連絡するよ」
「え?」

 気がつけば私のアパートの前。運転手の人が扉を開けて降りるよう促すので車から降りる。
 いや、ちょっと待って。この人にまだ言わなきゃいけないことがたくさんあったはずだ。

「ま、待って! 私の部屋の荷物……」
「あぁ、あれ? 好きに使って? 全部、二ノ宮さんのだから」
「いや、あの、そうじゃなくてっ……」
「うん。じゃあ話はそれだけだから、またね」

 にっこりと笑って手をヒラヒラと振る姿が見えたあと、バタンと車の扉を締められる。そのまま車が走り出してしまって呆然と立ち尽くすしかない。

(いやいや、あの……まずは……)

「私の話を聞けーー!!」

 小さくなっていく車に『聞けー! 聞けー……聞け……』と私の叫び声のこだまだけが寂しく辺りに響いた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...