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第1章 物語の始まりは突然に

俺、何かしましたか?

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ー本日も晴天なりー

その日も、いつも通りの朝を迎え、仕事に行き、なかなか手応えのある案件を処理してやっとの事で昼飯にありつけたところだった。

周りの皆は昼休みを終え仕事を開始し、忙しそうに動き回っている。
自分が休憩と称して行くあてはそうは無い。
もし、何かあればちょっと手間だが探し出してもらおう。
そう思いながら、特に何かメモなども残すことなくそっと自分の部署から抜け出し屋上へと向うためエレベーターに乗った。

彼、斎賀 伊吹サイガ イブキ
都内にある有名商社の企画課のエースとして業務に謀殺される日々をがむしゃらに過ごしていた。

エレベーターに乗り込んだ伊吹の顔は、疲れのせいかなんとも言えない色気を醸し出している。
だるそうに持ち上げた指でそっと、屋上へのボタンを押し、更に他の人間を待つ気は無いと【閉】を押した。
扉が締まった瞬間、うつむき加減でホッとため息を付き肩の力を抜く。
俯いた際に落ちていく1度も染めたことの無く、枝毛1本も見当たらない綺麗なまっ黒な前髪が、サラサラと顔に掛かって影を作った。

いつもは、適度に後ろに流した髪型にセットしているが、忙しく動いているうちに乱れてしまったらしい。やや目にかかる程伸びてしまった前髪ソレを煩わしそうに耳にかける。
色白で形の良い耳から、そのまま視線下にさげるとをほっそりとした首、行き着く先はそこから伸びる項が姿を現した。

・・・もし、ここに誰かいたらそこから出るフェロモンで鼻血を出してしまったであろう。

それほど、伊吹は良い男だった。

綺麗な卵形をした顔は驚くほど小さい。二重のはっきりとした目、瞳は濡れた黒曜石ように光っている。
きれいに通った鼻筋から、続く少し薄い唇はいつもはリップを塗ったかのように艶やか。まぁ、今はお疲れの様で少しカサついて見える。がそれ位がちょうどいいのかもしれない。
更に、口元にあるのはこの男のフェロモンの出処とも言えるホクロ。
この妖艶な口元が綺麗に弧を描き、微笑まれば落ちない奴はいないだろう。

これだけの美貌を持つと、女性に間違われるのではと思われるが、伊吹は昔から武道やその他スポーツをたしなんでいた為か割には肩などはしっかりしていわゆる細マッチョってやつだ。身長も178cmと高め。そのせいか女性に間違われることは無かった。

女はもちろん、ノンケの男だって伊吹を見たら一度は振り返る。そして、振り向いたら最後、吸い寄せられて伊吹に骨抜きにされてしまうのだ。

昔から伊吹を良く知る友はよくこう言っていた。

良く言えば【人間ホイホイ】
悪く言えば【歩く18R】と。

伊吹本人も自分の容姿については、人並み以上だとは自覚していたし、もちろん、恋愛もセックスもそれに見合う数をこなしてきた。
性別は、男女関係なく気に入ったら即お試し。
博愛主義者と本人は言っているが、他人からすればようは気持ちいい事が好きな快楽主義者である。
だが、伊吹はただの節操無しの馬鹿な訳では無い。
そこは、ちゃんと場をわきまえるし、トラブルになる様な輩には絶対に手を出さない、スマートな付き合いをして来た。
付き合うとなれば、その間は絶対に浮気はしないし、逆を言えばターゲットにパートナーがいると分かればその時点で手を引いた。
それもあってか実際、相手には恵まれ昼ドラの様な泥沼化したことは一度もない。
それは伊吹の自慢でもあった。


でも、今日みたいに仕事に追われた日は、どうしても熱くなったからだを冷ましてくれる様な相手が欲しくなる。
しかし、残念ながら今は絶賛フリーの身だ。

無理だとわかっていても、ついボヤきたくなる。
今回割り当てられた仕事は、流石の伊吹でも少々手を焼く案件だった。

「あぁ、ヤリてぇ・・・。突っ込むのでも突っ込まれるでもどっちでも良いからこの飢えをどうにかしてくれる相手はどっかに居ないもんかねぇ。」
そうは言っても今日は火曜日、まだまだ週を半分も越してない。


顔に見合わない少々下品なセリフは、伊吹1人を乗せたエレベーターの中で吸い込まれ、目的の屋上へと連れていくのであった。

会社所有のビルの屋上は、社員が一時の疲れを癒せるように整えられている人気のスポットだ。
伊吹が好きな場所の一つでもある。
一部には芝が引いてあり、寝転んだりシートを広げてランチをしたりできる。

しかし、サンサンと照りつける太陽が今日はいささか煩わしかった。

いつもは、寝転んで惰眠を取る事の好きな伊吹だが、そのままその芝を通り抜け奥にある東屋風のベンチ越しに深く腰かけ遅いランチをする事にした。

「といっても、毎度おなじみの超お手軽飯だけどねぇ。」

某人気アイドルがCMをしているゼリー飲料は忙しい毎日を過ごす伊吹の必須アイテムだ。
勢いよく吸い込むと、それはあっという間に無くなっていく。
ぎゅっと握り最後の一口を飲みほして、空になったそれをゴミ箱に投げ入れた。

昼休みをとうに過ぎた屋上には伊吹ただ一人。

ボケーッとベンチに身を預け、少し煙たい感じのする都会の空を見上げてそっと目を閉じた。

ビルの下を流れる車の音だけが聞こえてくる。
それをBGMに仕事で熱くなったこの体を少しでも休めしずめようとゆっくりと深呼吸を1つした。

その時だった。
ふと、人の気配がした。
ここにいるのは伊吹のみだったはずなので誰かが来たことなどすぐわかった。

(誰だぁ?早速お呼び出し???)
せっかく人がリラックスしてるのに置きたくないぞ俺は。
しかし、そのまま、予想通りまっすぐ自分の方へと足音は向かってくる。

(あんだけの案件、やっとこさ片付けたの皆さん知っているだろうに。もう少しご褒美として休ませてくれてもバチは当たらないと思うでしけど。)

つい口に出てしまいそうになった、ぼやきをそっと隠し気持ちを切り替えてゆっくりと目を開けてベンチ越しに後ろを振り返った・・・。

その後の記憶は朧気だ。

いきなり襲ってきた鋭い痛み
鼻につく錆びた臭い。
目の前を真っ赤に染めるそれは自分のものだったのだろうか。
 
そして、最後に見えた景色は
紅越しの酷く冷たい同僚アイツの微笑みだった。
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