桃李し男は鬼愛し

佐橋 竜字

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4.非童貞処女の何が悪い



 先生は毎日業後に俺をゼミ室に呼ぶ。
「バイトしなきゃいけないんだけど」
「今日の夕飯は何かな」
「ハンバーグ」
「やったぁ。じゃあ今日も勉強しようか」
「バイト先紹介してくれるって言ったじゃんさ」
「まだその時じゃない。準備が必要なんだ」
「準備って何さ」
「こちらの鬼は平和な桃源郷にいる鬼達とはレベルが違う。野蛮な鬼がいるのに怖いと思わないなんて正気の沙汰とは思えないね」
 この言われ放題よう
 何でも鬼にも、赤鬼・青鬼・黄鬼(白鬼)・緑鬼・黒鬼の5種類があって、特に赤鬼は貪欲と渇望に悩みその欲求を満たすために桃の存在が必要不可欠なのだという。先生はまさかのその赤鬼で、飢えが来たらいつもの桃セフレに頼んで飢えをしのいでいるという。そして要注意鬼、黄色鬼(白鬼)だ。甘えん坊で気に入ったものには物凄い執着をする粘着質タイプで精神的にやられるらしい。セックスもごっそり白いものを搾り取られ、天国へ昇天されてしまう事件が多いとか。
 俺が学んだのは、鬼はセックス狂だということだ。
「あんた達鬼は桃をただの性欲処理器だと思ってんだろ」
「否定はしない。護ってやる代わりにその体を提供しろ、等価交換というやつだよ。桃は美味しいからね」
 ほぅ~ん。
「男でも?」
「え」
「先生は男とシたことあるのか?」
「ない」
 即答。
「じゃぁ俺が助けてって言ったら何を提供すればいいわけ?」
 それはもう満面の笑みをこちらに向けた。
「オムライス」
 そんなのいつでも作れるのに。安上りで貞操を護れて最高じゃあないか。
「分かった。護ってくれたら作ろうじゃん」
 ふと扉が出現した。
「準備が来た」
「?」
 準備が来たって何ぞ。
 秘密の扉から男女が顔を出す。
「こんちはぁ」
 白衣にナイスバディな金髪ギャルお姉さん。
「ちーっす」
 ツンツン尖った茶髪のヤンキーっぽい兄貴。
 思わず「誰?」の意味を込めて先生を凝視した。
「ここ一帯を管轄してる同僚だよ。金髪ギャルは桃木密子、鬼癒し。隣のヤンキーは鬼塚洋平、黒鬼だ」
 もう第一印象バッチリだわさ。
「こいつが連絡した羽桃李董一郎だ」
 本当にここでは桃は珍しいんだろうか。桃源郷に行けばたっくさんいるのに。
「あぁ~、この子が先祖返りきゅん?」
 あぁ、胸の揺蕩う柔らかそうな膨らみがはぁ視界に・・・。
「本当に先祖返りかよ? 証は?」
「右の太ももの付け根だ」
 あ、そうだった。桃太郎の先祖返りである証である印が際どい所にあって見られたんだった。
「おめぇ、見たのか」
「? あぁ」
「男嫌いのおめぇが男の尻を見たんか」
「入浴させようと真っ裸させて見た」
 言い方な? 先生。誘導だったかこんちくしょう。
「あれぇ? 統吾君、男の子、イケるようになったんだぁ?」
「はぁ?」
「そうだな。桃でも男には興味無かったじゃねぇか。それに」
「ぶゅ」
 ヤンキー鬼塚さんに口をつままれた。そしてスンスンとまた首周りを嗅がれた。
「桃の香りすらしねぇ。これじゃただの人間じゃねぇか」
「ノンノン」
 ギャル桃木さんが俺のブレスレットを指差した。
「これ、のおかげよ」
「桃木、何か知ってるのか」
「聞いたことがあるのよ。桃と鬼。事の始まりである桃太郎の直系の血縁者達は、あまりに強く鬼を誘惑する誘桃香を持っていたって。それを防ぐ為にえんじゅの木で作ったブレスレットを桃に送ったんだって」
「えんじゅの木? 何だそれ」
「木へんに鬼と書いて槐、えんじゅという名前が『延寿』と同じ事から、長寿の木とも呼ばれているの。桃にも長生きして欲しいとの意味を込めてその木からあしらったんだって。だからこのブレスレットを持っている時点で、彼は本物、アタリだと思うなぁ」
 このブレスレットがそんなものだとは。ばあちゃん知ってたのか。じいちゃんからは覚えてるのは必要外に外すなとは言われてたけど。
「それ、外すとどうなるんだよ」
「止めた方がいいんじゃない?」
「あぁ?」
「言ったでしょ。桃太郎直系しかも先祖返りなら誘桃香が、フェロモンが半端ないって」
 またギャル桃木さんが谷間を俺の目前で揺らす。
「羽桃李君」
「は、はいっ」
「これ、いつから付けてるの?」
「え、っと。ばあちゃんがくれたもので、多分五歳ぐらいからずっとです」
「マジか・・・」
 桃木さんが額を押さえた。
「え、どうし」
「私達桃はね、ある程度桃フェロモンを放たないといけないの。ある意味デトックスみたいな? 体内に溜まり続けると大暴走するって」
「え」
 桃フェロモン大暴走?
「性欲発散と同じようなものよ。桃も鬼を誘惑するほどだから、性欲凄いのよ? だから桃は十八で鬼と結婚するの。桃源郷ではそれが習わしでしょ?」
「は、はい」
 本当にそれが嫌だった。誰かに人生を決められるのは絶対に嫌だ。
「じゃぁなんだ、こいつもさっさとつがう鬼を決めねぇといけねぇな」
「先祖返りなのよ? それが存在してると知れ渡ったらヤバいことになるよきっと」
「先祖返りはヤバそうだな」
「・・・はぁ~・・・」
 最後の最後に先生のため息と、三人の重い視線を受けた。
 でも。
「あの、外したことはありますけど」
「えぇっ!?」
「非童貞か非処女か」
 なんでやねん。
 そしてデスクに座っていた先生が俺の前に立ちはだかる。
「非処女だったのかぃ?」
 出たー。全然目が笑ってない笑みが!
「だからなんでそうなるんだよ!?」
「桃は溢れ出るフェロモンのバランスを取ろうとする。それが発情状態を起こす。フェロモンを抑える行為なんてセックス以外ないんだよね」
「え」
「しかも鬼じゃないとダメなのよ」
「えぇ?」
「そんな顔して非処女とは。最近の子はやるなおい」
「だから! 俺は、違うんだって!」
 皆がまじまじと俺を見やる。特に先生の目は鋭利に光っている。
「何が違うのかなぁ?」
 だから怖いっての!
「フェロモン云々は知らなかったけど、じいちゃんに『気』を抑えて体に纏い鎧にする方法を教えて貰ったんだよ。その『気』が皆の言うフェロモンなのかなって思って」
 訝し気にヤンキー鬼塚さんとギャル桃木さんが見つめて来た。
「特に俺は桃の気が通常より多いから、循環させて制御する訓練をじいちゃんとした。だからこれを外しても問題ないんだよ」
「じゃぁ外して」
 先生がクイクイとブレスレットを引っ張る。
「君が非処女かこの目で確認したい」
「あの、これから先も非処女の予定なんだけど」
「いいから、早く」
 んも~なんなのこの先生は。
 ブレスレットを外した。


 カッと込み上げる気を感じた。
 最近外して無かったから、結構重たい。
 深く深呼吸して、気を体に纏わりつかせ固める。
「フーッ・・・これでい」
 いい? そう聞こうとした瞬間、俺の視界が天井になっていた。
 早い。
 ほんの一瞬だった。嘘だろう!?
 しかも何か、いい香りが、する?
 俺の上で息を荒くし、今にも喰わんとする男がいた。
「せ・・・?」
 俺を押し倒していたのは先生だった。でも髪が紅くなって頭に鋭利な黒い角が二本、牙も見えた。
「せん・・・」
「・・・フゥーッ・・・」
 片目が金色に光った。
「統吾」
 先生の背中をヤンキー鬼塚さんが掴んでいた。
「・・・・・・」
 先生は頭を左右に振り、角と牙を隠した。
「分かった? 羽桃李君」
 横にまた揺蕩うメロンがあった。
「え?」
 しゃがみこむヤンキー桃木さんのパンツが太ももの間から見えそうです。
「一瞬の気の解放で、こうなっちゃう鬼がいるわけ。それがフェロモン」
「ふぇ、ふぇろもん?」
「そう。でも私、こんなに瞬時に反応する統吾、初めて見たかも」
「あぁオレっちもだな。つか、一番驚いているのは当の本人だろうな」
 先生は俺から退き、よろよろとソファに座り込む。そして額を抑え項垂れた。
「強引に鬼化させられると、反動が来るのよね」
「お、勃ったか統吾」
「・・・五月蠅い」
「貴方の気は、どうやら統吾にはキツイみたい。ブレスレット、付けてくれる?」
「あっ、は、はい」
 ブレスレットを付けると、先生は安堵の吐息を零した。
「やっばい。これはヤバい」
 先生はまた両手で顔を覆った。相当きているらしい。あの先生が未だ顔をあげない。
「オレっちはそこまで来なかったな。言った通り、こいつはフェロモンを制御している。垂れ流されるよりずっといい。いい教育を受けてるぜ」
 ヤンキー鬼塚さんは起き上がった俺の頭をよしよしと撫でた。
「統吾、そんなに相性いいなら、おめぇの発情期にこいつ一人で事足りるんじゃね?」
「はっ・・・発情期?」
「あ? 知らねぇの? 鬼にもあんの発情期。桃と交わったせいか、桃食いの鬼一族は桃を求めて止まらなくなる時がある。一種の麻薬? ま、呪いのようなもんさ」
「何よその言い方。いいじゃないおかげで強さを手に入れたんだから。純血の鬼一族よりも能力増強したのは桃のおかげよ?」
「へいへい。羽桃李は知らねぇだろうだけど、強い鬼ってさ、それだけ力を維持しなきゃいけねぇのよ」
「は、い?」
「己で維持するにも限界があるわけ」
「は、はぁ」
「こいつ、こう見えてヤバい鬼だから」
 ヤンキー鬼塚さんの親指が先生を示す。
「こいつの発情期、5Pでも足りねぇの」
 5P?
 ギャル桃木さんに盛大にツンツン頭部を叩かれていた。
「変な事教えないでよまだウブなのよ! あぁ、男も女も知らないこの幼気な男の子の初めてがぁ! こんな狂犬とだなんてぇ!」
 ただ分かるのは俺はここにいるべきじゃあないということだ。徐に立ち上がる。
「お、俺、用事思い出したんで」
 扉が無い壁を見つめる。
「先生、俺、帰ります。扉お願いします」
「オレは女の子が、おニャの子が好きなんだそのはずなんだなのになんでこんなどこにでもいるこんなちんちくりんにオレの息子が反応するなんてありえない絶対にありえない・・・」
 先生が頭を抱えて唸っている。
「ほらよ」
 代わりにヤンキー鬼塚さんが扉を作ってくれた。
「内側からなら、ここに来た鬼なら誰でも作れるんだせ」
「ありがとう」
「気を付けて帰るんだぞ。自分の身を護れない桃はここでは生きてはいけねぇから」
「・・・心に刻んでおきマス」
 ゼミ室を後にした。

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