桃李し男は鬼愛し

佐橋 竜字

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16.許嫁マウント

 あ。
 ふと講義中に思い出す。
 最近先生の第二の家に行きっぱなしで自分の家に戻ってなかった。
 メール、しておこう。
 冷蔵庫のものの賞味期限が不安になったからだ。別に、俺が先生の家政婦である必要ないし。
 またの名を通い妻。友樹に言われた。
 あの事件から、友樹は俺に気を使うようになった。恐らく、先生に脅されて先生の目が届かない所で護れと脅されているんだろうと思う。俺は気にして無くはないけどもう終わったことだし、悪いのは陽菜だし。でも兄として友樹にも悪いことをさせてしまったと自責の念はある。
「友樹」
「ん~?」
 重なる講義は常に友樹と共に行動するようになった、いやさせられた、が正しい。
「今日俺んちで夕飯食べてかない?」
 何故か友樹からモフモフの耳と尻尾が生え、ブンブン振っているのが見えた。
「ええっ!? いいのか!?」
「うん。先生は来ないと思うから。残り物で良かったら作るけど」
「ハァハァハァ!」
 友樹が犬が「待て」でご飯を目の前で健気に待つ「はぁはぁ」をする。
「言葉喋れ。涎出てんぞ」
「やった、董一郎の飯、美味いから!」
「いや普通だし」
「正直鬼倉先公が毎日食べてて羨ましかった。今回はざぁまぁだイヒヒ」
「先生はお金に困ってなさそうだし女子がいるのにな。お気に入りのおニャの子に作って貰えばいいのに」
 キーンコーンカーンコーン。
 終業のチャイムが鳴る。
「あ、噂をすれば」
 友樹が鼻をヒクつかせたその先に先生がいいた。
「あーあ、楽しそうに」
 友樹の言う通り。あんなに笑顔を振りまいて。その笑顔は本物だ。たまに営業スマイルになるけど、基本おニャの子にはいい笑顔。
「挨拶、していかなくていいのかよ」
 俺はただの食事だしなぁ。成り行き最初は俺のフェロモンの暴走と言う名の、陽菜が原因だったってオチで、それから護ってくれって差し出した体だけど。
「セフレ以下だもんなぁ」
「!? なになんだいきなりっ!?」
「んあぁこっちの話。メールしたしいいよ。俺の質素な家には先生は似合わないしね」
「おれは飯が食えるなら下水でもいけるぜ」
 ねずみかっ!
「犬以下になるからその発言はヤメロ。ささ、行くべ行くべ」
 本当に冷蔵庫の中身が怖い。
 大学を出て五分。そこまでボロくはないけど見る人によっては。
「ボロっ」
「いい反応ありがとう。帰る?」
「嘘ですイイオタクデスネ」
 このイヌッコロが!
 二階建てのボロアパート。これが俺の限界。
「うわぁ狭い狭過ぎる。でも綺麗だな」
「狭すぎて必要最低限なものしか置けん」
 友樹も何だかんだ坊ちゃんだったし。今住んでる部屋も親戚のマンションだから家賃が安く済むとか羨ましい。
「冷蔵庫は小さいけどしっかりしてますからご安心を」
 冷蔵庫チェック。卵が今日で賞味期限切れ、牛乳は明日。キャベツも元気がない。
「オムライスにするか」
「オムライス!?」
 先生が好きだけど。
「って違うし。なんで先生が基準なのさ」
「あ? なに?」
 しまった。心の声が出てしまった。
「テレビでも見ててよ」
「オッケー」
 卵をといでいると、携帯が鳴る。ディスプレイには『先生』の二文字。
「はい」
『オレの飯は?』
 いきなりこれか。
「言ったじゃん。今日は家に帰るって。友樹がいるから大丈夫だし」
『あいつはいいのか』
「いいのかってどういう意味か分かんないんだけど。俺のアパートはボロイから」
 ピンポーン。
 え。家のチャイムが鳴る。
「はーい」
 友樹、おまえが出るな!
「ゲッ!? なんで先公が!?」
「えぇ~・・・」
 やっぱり来てしまったのかよ。
 先生の眉間に皺が寄っていた。俺の部屋を見渡す。
「な、なんだこの犬小屋は・・・」
「俺の家です。どうぞお引き取りを」
 ふと先生の隣に絶世の美女が現れた。
「あらぁ~?」
 長い黒髪に赤い目、水色の口紅がいやらしくも妖艶で・・・。ハッ、見惚れてたぁ。
「なぁにこの犬小屋~?」
 どいつもこいつも!
「なっ、玲さん!?」
「あらぁ、犬飼君とこの友樹く~ん、こんばんわ。ここは友樹君の小屋?」
「違いますって。董一郎、彼の家です」
「董一郎・・・? あ~! 統吾君が言ってた?」
 紅い瞳に俺が映った。
「初めまして。私、統吾君の許婚の、鬼頭玲です~。よろしく~」
 許婚!
「初めまして。せ、鬼倉先生にお世話になってます。羽桃李董一郎です」
「そ~う、あなたが・・・」
「???」
 上から下まで嘗め回す様に見られている。
「玲、帰るぞ、送る」
「え~? なんで~? 彼とお話ししたいのに~」
「ダメだ。邪魔したね」
「え、あ、はぁ」
 一体何だったんだ。突然やってきて突然帰って行った。俺の家を犬小屋呼ばわりして。
 ふと友樹が俺の肩を叩く。
「負けるなよ」
「は? 何?」
「許婚マウント取りに来たか。ぜってぇ今週末の件を意識してんなこれ」
「は?」
「玲さんは凄い特別な鬼だから。おまえが勝てるとしたら・・・したら・・・」
 また人を値踏みするかのごとく凝視する。
「・・・ダメだ、奇跡でも起こらねぇと」
 ん?
「待った。今『鬼』って言った?」
「あぁ」
「鬼の許婚は桃じゃないのか」
「まず順を追って苗字の話。鬼の苗字で体外序列が決まって来るんだけどよ、鬼倉が最上位なわけ」
「・・・デスヨネー」
 そうじゃないかと思ってました。
「二位が鬼頭」
「えぇっ!?」
 俺はそんなお方と対面し、喋ってしまったのか。
「でも鬼頭は『桃思』を家紋とする桃食い代表の名家なわけ」
「ももし?」
「『桃思う』で桃思。桃を重んじる鬼の名家なんだよあの方は」
「・・・へぇ~・・・」
 確かに。口を開けば桃桃桃ばっかりな気がする。
「鬼倉は本家が鬼純血の血統なんだけど、分家は桃か鬼かで両方選べるってわけ。本家と分家が分けれるほどの家系なわけ、だから一位」
「な、なるほど・・・」
 その玲さんと先生が許婚。
「ふむ。先生は鬼である玲さんと婚約すんだよな?」
「そうなんだよなぁ」
「・・・・・・」
 分かってしまったのかもしれない。先生がやたら桃と『食事』という単語を使うわけが。
「先生は桃を食事としか見てないんだ」
「おい、それを言ったら・・・」
「先生が純血種だから」
「そうだけどよ」
「桃に左右されるのが嫌なんだ。先生言ってた、俺のフェロモンがキツイって。桃思じゃないんだ。だから桃が、本当は嫌い、なのかも・・・」
 大きな乱暴なため息が聞こえた。
「馬鹿言え。おまえの左人差し指には何がある?」
「左人差し指?」
 先生がくれた個人的な守護の指環。
「おまえ、その指環の意味、知らねぇだろ」
「御守り、おまじないだろ?」
「その指環は鬼の角でできてる。鬼は気に入った桃に御守りとして授ける」
 光沢あるけどこれが角でできてるのか。
「角には驚いたけど、御守りじゃん」
「はぁ~、ちげぇんだよなぁ。鬼が自分の角の一片を差し出す意味が」
「そうなん?」
「おれら犬狼人は、心を許した相手にだけ、『耳はむ』を許すんだ。耳はおれらにとってペニスの次に性感帯なんだよ」
「へぇっ!? 耳はむがっ!?」
「してみたいって顔してんじゃねぇよ!」
「ケチ」
「ケチじゃねぇの! つまり、鬼にとって角が第二の性感帯なわけ。まぁ成人した時に生え変わって取れたその幼少時の角らしいけど。分かるか? おまえに子供ペニスをくれてやったようなもんだぞ!?」
「例え! 例えな!?」
「だって第二の性感帯だぞ!? 男の沽券に関わる問題だ。だからその指環はホイホイとやれるもんじゃねぇんだよ」
「は、はぁ・・・」
 子供ペ・・・やめとこう。
「それを許婚の玲さんじゃない、おまえに授けた。その意味、分かるよな?」
 好きの感覚の話はした。
「先生の俺への好きは、数多大勢の桃おにゃん子達と同じレベルのライクの方の『好き』だから。その『食事』の中で、一応桃太郎の先祖返りの俺が取り分け美味しかった。で、他の鬼に取られたくないからの所有の証。それがこの指環の意味だと、俺は解釈してる」
「っくぅ~どいつもこいつも~」
 友樹が頭をぐしゃぐしゃと掻く。
「恋愛って駆け引きだろ? 俺そういうの苦手だから、相手の言った言葉を飲みこむしかなんだよね」
「受け身ばかりじゃダメだろうが」
 受け身かぁ。そうだなぁ。
「俺さ、妹の出来が良過ぎて陰キャポジションになったお兄さんなわけ。勇気振り絞ってこっちに来たら鬼とか桃とか関係ない、俺を見てくれる人に会えたらなって、そう・・・思ってたけど」
 キッチンに戻って、固まってしまった卵をまた梳き直した。
「やっぱり桃なんだなって。この運命からは逃れられないんだなって実感したよ」
 結局、どう転んでも『桃』。
「なら、鬼じゃない奴らと会ってみるか」
「え」
「鬼も束縛癖あるからな。ここに来てから先公ばかりだったんじゃねぇの?」
「え、あ、まぁ」
「普通の、大学生活ってーのを教えてやるよ。今日の晩飯の代わりに。どうだ?」
 普通の、普通の大学生活!?
「普通! 普通でいけるのか!?」
「あぁ。鬼がいるから桃に反応する。でも鬼がいなけりゃおまえもただの人間だ」
「おおおおぉ~!」
 その言葉を待っていた。聞きたかった。
「頼む! 憧れの普通の大学生活教えてくれぇ!」
「おっしゃ決まりな。また連絡するわ」
「おけ。今日は張り切って作るぞ。おかずも増やすからな」
「やりぃー!」
 憧れの普通。そうだ、鬼がいなければ桃は関係ない。
 俺は普通の人間と一緒になれば、こんなに悩まずに済むのだ。
「よし。普通の人間の女性と結婚する」
「・・・が、頑張れ・・・はは」
「?」
 なんか気の乗らない言い方が気になったけど、友樹の人脈と応援があれば大丈夫だろう。
 未来が開けた心地がした。
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