追憶のquiet

makikasuga

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 警視庁本部庁舎、通称桜田門。警視庁のトップに君臨するのが警視総監の草薙くさなぎだ。トップから名指しでの呼び出しということで、部屋に入るまでは理事官と課長が付き添ってくれたが、ふたりはすぐに返された。

「捜査中に呼び出して悪かったね」
 室内は桜井と草薙のふたりきりである。重苦しい空気を払拭するためか、草薙は笑顔で桜井に語りかけてきた。彼が警視総監に就任したのは一年前。刑事部門の重要ポストを渡り歩いてきた実力者でもある。
「いえ」
「早速だが、桜井巡査部長、君に任せたい仕事がある」
 事前に予想した通りの厄介事である。またかという気持ちを顔に出さないようにして、桜井は表情を引き締め、こう言い放った。
「現在捜査中の事件から離れて、ということでしょうか?」
「その逆だよ。現在捜査中の事件について、君には別方向から捜査してもらいたい」
 意外な答えが返ってきて、桜井は動揺した。
「経歴や仕事振りを見て、君が適任だと思った。捜査一課長には私から話をしておくが、表向き、君には休暇を取ってもらうことになる」
 休暇を取れということは、捜査一課の肩書きは使えないのと同じである。
「連続殺人の犯行件数は、今日で何件目だ?」
「六件目です。正式な鑑識の報告が出ていないので、断定はできませんが」
「今回も、血文字のメッセージは確認したのか」
「はい。いつもと同じでした」
「ならば、間違いないのだろう。現代日本に蘇った切り裂きジャックとは、うまいこと言ったものだ」
 最後の言葉には皮肉が込められていた。桜井へ向けたものではないとわかっていたが、背中がぞくりと震えた。
「犯人の手掛かりはないに等しいままだ。一度、捜査のアプローチを変えてみるのもいいと思ってね」
「どういった方法のアプローチでしょうか」
「君は知っているかい、警察とは別に、こういった事件を得意とする組織があることを」
 のらりくらりとした話し方で、草薙は桜井を追い込んでいった。
「おっしゃっている意味が、よくわかりませんが」
「我々とは真逆の位置にあり、表に現れない者達のことだよ。闇の中で息を潜めて生きる彼らだからこそ、我々には見えないものが見える」
 噂で耳にしたことがある。どんな情報も調べ上げる凄い奴がいる。コンタクトを取るのは命懸けの上に大金を必要とし、素顔を見たものは生きて戻れない。彼の相棒が凄腕の暗殺者だから。
「違法捜査をしろということですか」
 経歴で適任と言われた時点で嫌な予感はしていたが、そこまでとは思いもしなかった。
「明日、君の自宅に迎えが来る。後のことは彼らに聞いてくれ」
「休暇中の違法捜査が明るみになったら、あなたも責任に問われることになりますよ!」
 桜井が反論すれば、草薙は立ち上がり、右手で自身の机を指差した。
「そうならないように、全てここに置いていってくれ」
「何を、ですか」
「警察手帳、手錠、拳銃、その赤バッジもだ」

 警視庁捜査一課の刑事だけが、金文字で金枠付きの赤い丸バッジの装着が許されている。バッジに記された文字は「S1S mpd(Search 1 Select – Metropolitan Police Department=選ばれし捜査第一課員・警視庁)」である。草薙が置いていけといったものは、捜査には全て必要なものであった。

「Keep it quietってことですか」
 捜査なんかじゃない。刑事を辞めてここを出て行けということだ。
「君はとても頭がいい。その頭脳を使って、犯人を捕まえたまえ。そうすれば、未来は開けるかもしれない。万一のことがあったとしても、二階級特進は約束しよう。父親と同じ警部という肩書きでね」
 二階級特進とは殉職を意味する。また、桜井の父親は所轄暑の生活安全課におり、少年達の犯罪抑制に動いていた。ここで父の話を出してきたということは、何かあればそこにも圧力をかけるということだ。
 従わなければクビ、従ってもクビ。つまり桜井は、もう刑事ではいられないということだ。
「こんなことをして、許されると思ってんのかよ」
 言われたものを全て差し出して、桜井は草薙を睨みつけた。刑事でなくなり、警察の人間ではなくなった以上、もうかしこまる必要などない。
「それを決めるのは私でも君でもない、結果だよ。私がこのままここにいられるのか、それとも君のように排除されるのか、知っているのは神のみ。お互い生きてまた再会出来ることを心から願っているよ、桜井巡査部長」
 草薙は椅子に座り、背を向けた。話は終わりということらしかった。

 いいぜ、やってやる。必ずデカい花火を打ち上げてやるからな。
 
 怒りを押し殺し、桜井は乱暴に扉を開け放ち、出て行った。
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