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消えた正義
①
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インターホンの音で意識が浮上した。仕事柄寝起きはいい方だが、その仕事が無くなったのだから、無理に起きる必要はない。居留守を決め込んで桜井は布団を被った。現実に引き戻され、思い出したくない昨夜のことが蘇る。
殺人事件の捜査中に警視総監の草薙に呼び出された。違法捜査をやれと命令され、装備は全て没収され、事実上のクビを言い渡された。自棄になった桜井は、上司の高梨に連絡を入れることもせず、店を転々としながら浴びるように酒を飲んだ。刑事でなくなったのだから、何をしてもいいだろうという気持ちになっていたから。
今度は続け様に二回鳴った。これだけ鳴らすということは用があるということだろうが、桜井は一人暮らしで恋人と呼べる存在もおらず、平日の午前中から家を訪ねるような友人もいない。始発で自宅に戻り、スーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴び、くたくたになってベッドに潜り込んでいた。
「桜井さん、いらっしゃいますよね?」
扉の向こうから男の声がかかる。どこかで聞いたことがあるような気がした。
「留守かな。レイの奴、ちゃんと話通してんのかよ」
庁舎へのアクセスだけで選んだ帰って寝るだけの部屋は、1kで築年数が古い。セキュリティは万全といえず、どちらかといえば壁も薄い。桜井に用があるらしい男は、声の感じからしてとても困っているようだったが、今は見知らぬ人間の相手をする気にはなれない。
庁舎で装備一式を手離す以前、草薙が重要なことを言っていたような気がするが、それを思い出すのも億劫だった。
「……もしもし、なんか留守みてえだけど? つーか、ちゃんと話通してんだよな」
困り果てて、男は誰かに電話をしたようである。
「いや、番号知らねえし。……はいはい、じゃあ、このまま待機しとく」
男が電話を切った途端、桜井の携帯が鳴った。布団から右手を出して、携帯を手繰り寄せれば、画面には見知らぬ番号が表示されていた。
まさか、外の奴じゃねえよな。
どうにも気になって、桜井は通話ボタンを押してみることにした。
『捜一の刑事が寝坊とは、笑わせやがるな』
繋がった瞬間、嫌みたっぷりの男の声が耳に飛び込んできた。桜井の現状を知るかのような鋭い指摘に、布団をはねのけ、飛び起きた。
「誰だ、おまえ」
『迎えの男を中に入れろ。これ以上目立つのは、お互いのためにならない』
言うだけ言って電話は切れた。そこでようやく、桜井は草薙のある言葉を思い出した。
(明日、君の自宅に迎えが来る。後のことは彼らに聞いてくれ)
この電話の主も外の男も、草薙が言っていた違法捜査に関わる人物ということだ。
「あーもう、面倒くせえな」
苛立ちながら頭を掻いた後、桜井はTシャツとジャージ姿のままで玄関に向かい、鍵を開けて扉を開け放った。左右と見回して、右側に背の高い男がいるのを確認した。
黒い髪、黒縁眼鏡、おまけに黒のスーツで携帯をいじっている。葬式にでも行くのかというような黒づくめの格好は異様だった。
「おはようございます、桜井さん」
男は桜井の視線を察知するや、携帯をポケットに突っ込んで笑う。その表情で、記憶の中にあったひとりの男の名が浮上した。
「おまえ、柳……だよな?」
フルネームは確か柳広哲。所轄暑との合同捜査でコンビを組んだ。刑事課に異動になったばかりの新人だというのに、桜井の指示をきちんと理解し、要求を全て満たす優等生だったが、家族を殺された上に、警察庁の情報流出事件の関与を疑われ、逃げるように警察を辞めていた。
「覚えていて下さって光栄です。何度か連絡を頂いていたのに、そのままにしていてすみません」
様子が気になって、桜井は何度か連絡を入れていた。後から柳が折り返しの連絡をくれたときには、多忙で対応出来なかったのだ。
「こっちこそ、色々大変なときに悪かったよ。今はもう落ち着いてんだよな」
柳はなぜか困ったように笑った後、はいと返事をした。
「中に入れてもらってもいいですかね?」
「ああ。散らかってっけど」
聞きたいことは山程ある。桜井は柳を招き入れた後、玄関を施錠した。
殺人事件の捜査中に警視総監の草薙に呼び出された。違法捜査をやれと命令され、装備は全て没収され、事実上のクビを言い渡された。自棄になった桜井は、上司の高梨に連絡を入れることもせず、店を転々としながら浴びるように酒を飲んだ。刑事でなくなったのだから、何をしてもいいだろうという気持ちになっていたから。
今度は続け様に二回鳴った。これだけ鳴らすということは用があるということだろうが、桜井は一人暮らしで恋人と呼べる存在もおらず、平日の午前中から家を訪ねるような友人もいない。始発で自宅に戻り、スーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴び、くたくたになってベッドに潜り込んでいた。
「桜井さん、いらっしゃいますよね?」
扉の向こうから男の声がかかる。どこかで聞いたことがあるような気がした。
「留守かな。レイの奴、ちゃんと話通してんのかよ」
庁舎へのアクセスだけで選んだ帰って寝るだけの部屋は、1kで築年数が古い。セキュリティは万全といえず、どちらかといえば壁も薄い。桜井に用があるらしい男は、声の感じからしてとても困っているようだったが、今は見知らぬ人間の相手をする気にはなれない。
庁舎で装備一式を手離す以前、草薙が重要なことを言っていたような気がするが、それを思い出すのも億劫だった。
「……もしもし、なんか留守みてえだけど? つーか、ちゃんと話通してんだよな」
困り果てて、男は誰かに電話をしたようである。
「いや、番号知らねえし。……はいはい、じゃあ、このまま待機しとく」
男が電話を切った途端、桜井の携帯が鳴った。布団から右手を出して、携帯を手繰り寄せれば、画面には見知らぬ番号が表示されていた。
まさか、外の奴じゃねえよな。
どうにも気になって、桜井は通話ボタンを押してみることにした。
『捜一の刑事が寝坊とは、笑わせやがるな』
繋がった瞬間、嫌みたっぷりの男の声が耳に飛び込んできた。桜井の現状を知るかのような鋭い指摘に、布団をはねのけ、飛び起きた。
「誰だ、おまえ」
『迎えの男を中に入れろ。これ以上目立つのは、お互いのためにならない』
言うだけ言って電話は切れた。そこでようやく、桜井は草薙のある言葉を思い出した。
(明日、君の自宅に迎えが来る。後のことは彼らに聞いてくれ)
この電話の主も外の男も、草薙が言っていた違法捜査に関わる人物ということだ。
「あーもう、面倒くせえな」
苛立ちながら頭を掻いた後、桜井はTシャツとジャージ姿のままで玄関に向かい、鍵を開けて扉を開け放った。左右と見回して、右側に背の高い男がいるのを確認した。
黒い髪、黒縁眼鏡、おまけに黒のスーツで携帯をいじっている。葬式にでも行くのかというような黒づくめの格好は異様だった。
「おはようございます、桜井さん」
男は桜井の視線を察知するや、携帯をポケットに突っ込んで笑う。その表情で、記憶の中にあったひとりの男の名が浮上した。
「おまえ、柳……だよな?」
フルネームは確か柳広哲。所轄暑との合同捜査でコンビを組んだ。刑事課に異動になったばかりの新人だというのに、桜井の指示をきちんと理解し、要求を全て満たす優等生だったが、家族を殺された上に、警察庁の情報流出事件の関与を疑われ、逃げるように警察を辞めていた。
「覚えていて下さって光栄です。何度か連絡を頂いていたのに、そのままにしていてすみません」
様子が気になって、桜井は何度か連絡を入れていた。後から柳が折り返しの連絡をくれたときには、多忙で対応出来なかったのだ。
「こっちこそ、色々大変なときに悪かったよ。今はもう落ち着いてんだよな」
柳はなぜか困ったように笑った後、はいと返事をした。
「中に入れてもらってもいいですかね?」
「ああ。散らかってっけど」
聞きたいことは山程ある。桜井は柳を招き入れた後、玄関を施錠した。
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