追憶のquiet

makikasuga

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ルーレットが回り出す

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 高梨を部屋に招き入れ、桜井は先にシャワーを浴びた。レイがくれた時間は四十五分。半分弱の時間で身支度を整えて、散らかった部屋で高梨と向き合う。
「散らかっていてすみません」
 昨日コウが来た際、書類と缶ビールをかき分けておいたので、テーブルにはなんとかスペースが出来ていた。高梨が購入したであろう缶コーヒーが二つ置かれた。
「こんなもので悪いが、飲んでくれ」
「ありがとうこざいます」
 高梨の気遣いを受け入れ、桜井は缶コーヒーを開け、口にした。喉元を通り過ぎる感触が心地良い。
「部屋を片付けてくれる人はいないようだな」
 プライベートの話はほとんどしたことが無かった。高梨は既婚者で、桜井は気ままな一人暮らし。住む世界が違うと割り切っていた。
「ええ、残念ながら」
 恋人がいたときもあったけれど、仕事柄、時間が不規則ですれ違い、いつのまにか終わっていた。そんなことを繰り返すうちに面倒に思うようになった。やがてあの事件が起き、桜井は大切な人を作ることを諦めた。
 今思えば、この決断は正しかった。事件が終われば、桜井は消えてしまうのだから。
「なぜ、連絡を寄越さなかった?」
 高梨の視線に貫かれ、心を見透かされそうになって、桜井は慌てて目を反らした。
「申し訳ありません」
「余程の事なのだろう、装備一式を置いていったのだから」
 そう言うと、高梨は警察手帳、手錠、赤バッジをテーブルの上に置いた。
「これ……!?」
「草薙警視総監に呼び出されてな、おまえに届けるようにと命じられた」
 拳銃はさすがに返してもらえなかったが、草薙に預けた装備が高梨から手渡されるとは思いもしなかった。
「おまえが今関わっている事件の詳細を聞いてこいとも言われた。極秘の捜査協力者がいて、その者と切り裂きジャック事件の犯人を追っていると」
 それは嘘ではないので、桜井は頷いた。
「捜査協力者がどういう人物で、どういう手段を使ってその情報を得たのかは、話せませんが」
「かまわない。話せる範囲でいい、話してくれ」
 高梨ならうまく立ち回ってくれるだろう。桜井は現時点でわかっていることを全て話した。公安の蓮見のこと、その娘も狙われているかもしれないことも含めてだ。

「なるほど。我々の捜査は見当違いだったということか」
 桜井が話し終えると、高梨は腕を組み、難しい顔になった。
「JTRが何者かということまでは、まだわかっていないのですが」
「そういうことなら、私が握っている情報が役立ちそうだ」
 そう言うと、高梨は覚悟を決めたように話を切り出した。
「四人目の被害者であるヤマトコウセイが私立大学の非常勤講師で、ミステリー研究会のメンバーだったことは聞いているよな」
 桜井は頷いた。そのことは昨夜コウとも話し合った事案である。
「ミステリー研究会のメンバーに事件当日のアリバイを聞いた際、ひとりの学生が興味深い情報を漏らしてくれた。ヤマトは本家本元の切り裂きジャック事件に強い興味を持っていて、公に出来ない裏サイトを立ち上げているらしいとな」
「切り裂きジャックの裏サイト?」
 桜井の記憶にある限り、捜査会議でも話題に上っていない。
「酒の席で話が盛り上がって口にしたが、デマじゃないかと言っていた。ヤマトの酒癖の悪さは有名で、口から出任せを言うことが多かったし、他のメンバーにも聞いてみたが、誰も知らなかったからな。信憑性に欠ける情報だったため、公にはせず、そのサイトがあるかどうかをサイバー対策課の人間に頼んで探してもらっていたのだが、実在していたことがわかった。百年前の事件の犯人を探すという趣旨のサイトで管理人はヤマトコウセイ。サイト内でのハンドルネームはホームズだった。おそらくシャーロック・ホームズから取ったのだろう」
 言わずと知れたアーサー・コナン・ドイルが書いた推理小説の主人公シャーロック・ホームズ。架空の探偵であるが、全世界にファンが多いと聞いている。
「そのサイトに熱心な書き込みをしている者が二人いた。モリアーティとメアリというハンドルネームだ」
 話に割り込むように、桜井のスマートフォンが鳴った。
「係長、電話に出てもよろしいでしょうか?」
 悟ったらしい高梨は頷いて黙り込む。桜井はごくりと息を呑んだ後、通話ボタンを押して耳に当てた。

『なかなか頭が回る上司じゃねえか』
 言うまでもないことだが、電話の相手はレイだった。
「おまえのことだから、とっくにわかっていたんだろ、なぜ話さなかった?」
『俺が全部解いちまったら、面白くもなんともないだろう。モリアーティとメアリが誰かわかっているか、聞け』
 高梨にそのまま伝えるわけにはいかず、桜井はこう訊ねた。
「係長、モリアーティとメアリの特定は出来ているのですか?」
「結論から言えばまだだ。彼らのIPアドレスから個人を特定すべく、上に掛け合っている最中で──」
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