追憶のquiet

makikasuga

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ルーレットが回り出す

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『その必要はない』
 突然、機械で声を変えたレイの言葉が響いた。桜井がスピーカーに切り替えたわけではなく、レイが勝手にやったことである。
『モリアーティは、アーサー・コナン・ドイルが書いた推理小説、シャーロック・ホームズシリーズに登場するジェームズ・モリアーティ教授のこと。メアリは、ミステリーの女王と呼ばれたイギリスの推理作家、アガサ・メアリ・クリスティのこと』
「なるほど、君が極秘の捜査協力者か」
 高梨が話しかけると、レイはクスクスと笑った。
『特定出来なくとも、モリアーティとメアリが誰であるかの予想はついてんだろ』
「君の推理を正しいと仮定するならば、モリアーティは五人目の被害者であるイソダジュンジで、メアリは六人目の被害者のサクラダマリだろう」
『そうだ。この三人はネットで繋がっていた。切り裂きジャックの犯人探しもしていた。SNSの個人メッセージでやり取りしていたようだぜ』
「だが、ヤマトもイソダもサクラダも殺されている。六人目を殺したとされる真犯人、JTRは別にいることになるぞ」
 高梨の問いかけに、レイは苦笑した後、こう言い放った。
『別ねえ。まあ、別だといえば別か。ヤマトコウセイ、イソダジュンジ、サクラダマリ。この三人が死んだこと、加害者は後に被害者となっていることは事実だからな』
 レイは含みのある言い方をした。まるで三人の中にJTRがいると言わんばかりに。
「SNSで個人的にやり取りしていたと言ったな。この三人は面識があったかもしれないということか。確かに、顔がわからなければ、殺すことは出来ないしな」
 独り言のように呟いた後、高梨は考え込む。
『死体は嘘をつかない。嘘をつくことが出来るのは生きた人間だけ。JTRは生きている。自分を見つけてほしいと訴えながら、犯行を繰り返し、痺れを切らして表に出てきた。いい加減、気づいてやれよ』
「レ……いや、おまえ、犯人と接触したのかよ!?」
 桜井がレイを問い質そうとした瞬間、インターホンが鳴った。あまりのタイミングに良さに、桜井は高梨と顔を見合わせた。続け様に二回、三回と続く。中に桜井が居ることを知っているかのように。
『早く出てやれ。あまり待たせると、面倒なことになる』
「なら、私が出よう」
『あなたの役目は事件の詳細を知ること。それ以外のことは口を出すなと言われていたのではありませんか、高梨係長』
 桜井より先に玄関に向かおうとする高梨を、レイが止めた。
「極秘の捜査協力者が、なぜ草薙警視総監の命令を知っている!?」
『話す必要はない。余計な真似はせず、黙って見ていろ。桜井、装備一式とスマホを持って早く開けてやれ』
 高梨が側にいるせいか、レイは桜井を苗字で呼んだ。言われるがまま、テーブルに置いたままの装備一式とスマートフォンをしまい込んで、立ち竦む高梨を置いて玄関に向かい、鍵を開ける。

「私と一緒に来てもらうよ、桜井巡査部長」
 扉を開けた瞬間、押し入られた。予想はしていたが、相手は昨夜出会った公安の蓮見隼人だった。あっという間に背後に回って拘束され、喉元にナイフを突きつけられる。
「桜井をどうするつもりだ!?」
 レイに黙ってみていろと言われたが、声をかけずにはいられなかったのだろう。高梨は玄関にやってきて声を上げた。
「取引に使うだけ。JTRは私の娘を人質にして、システムレイを呼び出せと要求してきたからな」
「システムレイ。なるほど、昨夜の停電と関係あるということか」
 思い当たる節があるらしく、高梨は厳しい顔つきになった。
「停電? 何のことですか?」
 夜はレイ達と一緒にいたし、深夜はマキと一緒にコウのいる豪邸にいた。彼らと一緒だった間は停電なんて起きていなかった。
「知らないのか。都内の全域でほんの二、三秒のことだったが、人命や警備に関わるシステムは停電しなかったという話だ。復旧した後、一部の端末の画面はフリーズし、画面はシステムレイという文字で占拠された。それも十分もしないうちに解除されたそうだが」
 聞かなくてもわかる、これはレイがやったことだ。
「おしゃべりはここまでだ。君はシステムレイをよく知っているだろう。彼に連絡をとって、ここへ連れてくるんだ!?」
 システムレイがハナムラの情報屋のレイであることは周知の事実。この場でそれを口にしないのは、高梨を巻き込まないためだろう。
 昨夜と違い、蓮見はかなり焦っている。娘を人質されたというのは、本当なのだろう。
「君の娘が人質になっているというのなら、これは誘拐事件で我々の管轄になる」
 高梨は蓮見をまっすぐ見やり、説得を試みた。
「私に手伝わせてくれないか、必ず助ける」
「捜査一課の手は借りない」
「ならば捜査一課ではなく、私個人で」
「おまえ達があてにならないことは、八年前に思い知ったさ!」
 八年前という蓮見の言葉で、桜井は昨夜聞いたレイの過去を思い出す。
「八年前? 何の話だ?」
「私の姪を見殺しにした人間に罰を下さなかった。それどころか、今ものさばらせ、今度は私の娘を狙っている」
「ちょっと待て、話がおかしいだろ」
 レイは蓮見の姪を殺したかもしれない。だが、そのきっかけを作ったのは別の人物のはず。 
『そんなに焦らなくても、あんたの娘は無事だよ、ゼロの蓮見さん』
 そこに機械で声を変えたまま、レイが言葉を放った。
「話を聞いていたのならわかるだろう、私と一緒に来てくれ」
『俺に素人の呼び出しを受けろと? ふざけるな』
「人の命がかかっているのだぞ!」
『ゼロのあんたがそれを言うのか。国家の為なら人の命を切り捨てるくせに』
 蓮見は黙った。反論しないということは、認めるということなのか。

「……切り捨てたくせに」
 しばらくして、蓮見は言葉を発した。その目には哀しみと怒りが混じっていた。
「おまえだって、あの子を、あんな目に遭わせて。俺が知らないとでも思っているのか!?」
「違う、違うんだ、蓮見さん!? あれはあいつのせいじゃなくて」
『もういい、それ以上言うな』
 反論しようとした桜井だったが、レイの厳しい声に阻まれてしまった。
『JTRに伝えろ。俺を動かしたければ、それ相応のことをやれ。おまえがスクリプトキディでないと判断出来れば、会ってやるとな』
 電話はそこで切れた。桜井はやり切れない気持ちでいっぱいになった。
「これが、おまえ達の信じる正義の慣れ果てだ」
 蓮見は乾いた笑いを浮かべた。哀しみはいつしか絶望に変わっていた。
「もう何も信じない。私は命をかけて娘を護る。それだけだ」
「ひとりで突っ走っても、事態は悪化するだけだぞ!?」
 厳しい顔つきの高梨が近づいてくると、蓮見は桜井にナイフをより一層近づけ、牽制した。
「部外者は去れ。さもなくば、おまえもこいつのように死ぬことになる」
 死ぬという言葉を聞いて、高梨は顔色を変えた。
「これ以上深入りするな。早く上に辞表を提出するよう、草薙さんに伝えろ!」
 桜井を拘束したまま、蓮見は玄関を開け、出て行こうとする。
「命令だ、桜井。必ず生きて戻ってこい!」
 高梨はまっすぐ桜井を見つめていった。
「それは、俺が決めることではありませんから」
 桜井は蓮見に拘束されたまま、自分の部屋を後にした。
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