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ボーダーラインで生きる
①
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桜井は暗闇の中にいた。辛うじて残る最後の記憶によれば、蓮見桜を庇って銃弾を受けたはずである。
そっか、俺、死んだのか。
なんとなく理解して周囲を見渡せば、前も後ろも、左も右もわからない。
(そっちじゃないよ、ナオ)
マキの声がして、前方から一筋の光が射し込んだ。あまりの眩しさに、桜井は右手で目を覆ったが、誰かがその手を取った。
(光を忘れるな、目を背けるなよ)
レイだ。姿形はわからないが、彼の声に間違いなかった。どういうことかと訊ねようとして、声が出せないことに気づいた。全身は鉛のように重く、その場から一歩も動けなかった。
(命令だ、桜井。戻ってこい)
(桜井さん、早く帰ってきてくださいよ)
上司である高梨と後輩の山崎の声が降ってきた。
無理だよ、俺は死んだから。
(おまえは生かされた。死神の手足となって動くために)
それは、今まで聞いたことがない男の声だった。姿形はわからないが、声だけで全身が震える位、威圧された。
(光を受け入れろ。そして我々と共に地獄に堕ちろ)
射し込んだ光は徐々に増していき、やがて飲み込まれた。目を開けることが叶わず、このまま光に焼かれて消えてしまうのではないかと思ったときだった。
「……オ、ナオ……!?」
マキが桜井を呼ぶ声が、はっきり聞こえた。
まさか、生きてる、のか?
自覚してすぐ、桜井は目を見開いた。
「よかった、やっと起きた。ドクター、ナオが、ナオが目を覚ましたよぉ!?」
まず目に飛び込んできたのは、心配そうなマキの顔だった。長い間眠っていたのか、頭の芯がぼやけているように感じられた。
「気分はどう? 僕のこと、わかる?」
声を出そうとしたが、喉がカラカラに乾いてうまく言葉にならない。体を動かそうとすると、あちこちが痛み出し、苦痛に顔を歪めてしまった。
「あんまり動いちゃダメだよ。丸三日意識が戻らなかったんだから」
「少年その二、まず水を飲ませてやれ」
そこに白衣を着た強面の男がやってきた。
「その呼び方やめてよ、ドクター。僕はマキだって何度も言ってんじゃん」
「呼び方なんかどうでもいいだろ。早く飲ませてやれ」
マキがドクターと呼ぶことからして、男は医者なのだろうが、どう見てもその筋の人間にしか見えない。顔に刻まれた皺と醸し出す空気からして、五十代位だろうか。
医者の男が酸素マスクを外すと同時に、マキが吸い飲みを口に当ててくれた。一口、二口と飲んで、桜井はようやく生きていることを実感する。
「こ、こは……?」
久しぶりに声を発したせいか、言葉がぎこちない。それでも、桜井が声を発したことで、二人は安堵の表情に変わる。
「すんごい山奥にある診療所だよ」
「山奥を強調しすぎだぞ、少年二」
「だーかーら、僕はマキだってば」
「俺から見たら、おまえらはガキなんだよ」
拗ねてはいるが、マキは医者に気を許しているようだった。
「ここにいる限り、兄ちゃんの安全は保障される。ゆっくり養生しろよ」
一般にイメージする診療所と違い、やけに広い病室である。診療所は外来診療とすることが多いが、定義として、十九人以下の患者を入院させる施設があるところも含まれている。ここはそれに当たるのだろう。白を貴重としたゆったりとした空間は、ホテルの一室のようだった。
「……か、のじょ、は?」
桜井が庇ったので銃弾を受けていないはずだが、自分が知る限り、桜は意識が朦朧として、様子がおかしかった。
「頭を強く打って様子見で入院してたけど、今日退院だって」
無事の知らせを聞いて、桜井は胸をなで下ろしたが、側にいた医者は不服そうだった。
「その彼女とやらより、兄ちゃんの方がヤバかったんだぜ。少年が消防の要請を通さずドクターヘリを呼んで、ウチに運んだからなんとかなったが、そうじゃなきゃ死んでたぞ」
少年その二がマキならば、少年はレイのことだろうか。桜井のことも初対面なのに「兄ちゃん」と呼んできた。かなり個性的な人物のようである。
「そうだ、ナオのこと、レイに知らせてこよっと」
そう言って、マキは部屋を出て行く。姿が見えなくなると、医者は神妙な顔つきになった。
そっか、俺、死んだのか。
なんとなく理解して周囲を見渡せば、前も後ろも、左も右もわからない。
(そっちじゃないよ、ナオ)
マキの声がして、前方から一筋の光が射し込んだ。あまりの眩しさに、桜井は右手で目を覆ったが、誰かがその手を取った。
(光を忘れるな、目を背けるなよ)
レイだ。姿形はわからないが、彼の声に間違いなかった。どういうことかと訊ねようとして、声が出せないことに気づいた。全身は鉛のように重く、その場から一歩も動けなかった。
(命令だ、桜井。戻ってこい)
(桜井さん、早く帰ってきてくださいよ)
上司である高梨と後輩の山崎の声が降ってきた。
無理だよ、俺は死んだから。
(おまえは生かされた。死神の手足となって動くために)
それは、今まで聞いたことがない男の声だった。姿形はわからないが、声だけで全身が震える位、威圧された。
(光を受け入れろ。そして我々と共に地獄に堕ちろ)
射し込んだ光は徐々に増していき、やがて飲み込まれた。目を開けることが叶わず、このまま光に焼かれて消えてしまうのではないかと思ったときだった。
「……オ、ナオ……!?」
マキが桜井を呼ぶ声が、はっきり聞こえた。
まさか、生きてる、のか?
自覚してすぐ、桜井は目を見開いた。
「よかった、やっと起きた。ドクター、ナオが、ナオが目を覚ましたよぉ!?」
まず目に飛び込んできたのは、心配そうなマキの顔だった。長い間眠っていたのか、頭の芯がぼやけているように感じられた。
「気分はどう? 僕のこと、わかる?」
声を出そうとしたが、喉がカラカラに乾いてうまく言葉にならない。体を動かそうとすると、あちこちが痛み出し、苦痛に顔を歪めてしまった。
「あんまり動いちゃダメだよ。丸三日意識が戻らなかったんだから」
「少年その二、まず水を飲ませてやれ」
そこに白衣を着た強面の男がやってきた。
「その呼び方やめてよ、ドクター。僕はマキだって何度も言ってんじゃん」
「呼び方なんかどうでもいいだろ。早く飲ませてやれ」
マキがドクターと呼ぶことからして、男は医者なのだろうが、どう見てもその筋の人間にしか見えない。顔に刻まれた皺と醸し出す空気からして、五十代位だろうか。
医者の男が酸素マスクを外すと同時に、マキが吸い飲みを口に当ててくれた。一口、二口と飲んで、桜井はようやく生きていることを実感する。
「こ、こは……?」
久しぶりに声を発したせいか、言葉がぎこちない。それでも、桜井が声を発したことで、二人は安堵の表情に変わる。
「すんごい山奥にある診療所だよ」
「山奥を強調しすぎだぞ、少年二」
「だーかーら、僕はマキだってば」
「俺から見たら、おまえらはガキなんだよ」
拗ねてはいるが、マキは医者に気を許しているようだった。
「ここにいる限り、兄ちゃんの安全は保障される。ゆっくり養生しろよ」
一般にイメージする診療所と違い、やけに広い病室である。診療所は外来診療とすることが多いが、定義として、十九人以下の患者を入院させる施設があるところも含まれている。ここはそれに当たるのだろう。白を貴重としたゆったりとした空間は、ホテルの一室のようだった。
「……か、のじょ、は?」
桜井が庇ったので銃弾を受けていないはずだが、自分が知る限り、桜は意識が朦朧として、様子がおかしかった。
「頭を強く打って様子見で入院してたけど、今日退院だって」
無事の知らせを聞いて、桜井は胸をなで下ろしたが、側にいた医者は不服そうだった。
「その彼女とやらより、兄ちゃんの方がヤバかったんだぜ。少年が消防の要請を通さずドクターヘリを呼んで、ウチに運んだからなんとかなったが、そうじゃなきゃ死んでたぞ」
少年その二がマキならば、少年はレイのことだろうか。桜井のことも初対面なのに「兄ちゃん」と呼んできた。かなり個性的な人物のようである。
「そうだ、ナオのこと、レイに知らせてこよっと」
そう言って、マキは部屋を出て行く。姿が見えなくなると、医者は神妙な顔つきになった。
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