追憶のquiet

makikasuga

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ボーダーラインで生きる

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「目を覚ましたばかりでなんだがな。言っておくことがある」
 マキ達と談笑出来るのだから、この医者もハナムラのことを知り得ているのだろう。
「自己紹介がまだだったな。俺は松田だ。ご覧の通り、医者をやってる。あいつらみたいな人間を相手にすることが多いが、ちゃんと医師免許は持ってるぞ」
 知りたかったことを先に言ってもらったのは有り難い。桜井はこくりと頷いてみせた。
「俺は、桜井直人といいます。でも、マキ達とは違って……」
 ようやくスムーズに話せるようになってきたが、今の自分は捜査一課の人間だと言っていいものか、桜井は悩んだ。
「刑事なんだろ。全部聞いてる。用済みで消されるところを、少年が助けたってこともな」
 レイは命令に背いて桜井を生かしたらしい。そんなことをして大丈夫なのかと身を起こそうとしたが、起き上がるどころか少し動いただけで痛みが走り、何も出来なかった。
「さっき言ったろ。ここにいる限りは安全だと」
「ですが!?」
 桜井がここにいることで、レイ達や松田に危害が及ぶことは避けたかった。
「ウチに運ばれた人間は、どんな事情があっても俺の患者だ。花村であろうとも、口出しは出来ないことになっている」
「でも、レイやマキが!?」
「少年とは昨日電話で話したが、元気そうだったぞ。兄ちゃん、草薙の部下なんだってな」
「草薙警視総監を、ご存知なのですか?」
「高校からのダチだよ。草薙だけじゃなく、花村とヤスオカもな」
 松田の人脈の広さに唖然とした。裏社会の人間や警視庁のトップと友人だとは。
「少年が草薙の部下である兄ちゃんを助けたから、花村は焦ってんだろ。治療をやめろって、わざわざ連絡してきたぐらいだからな」
「すみません、俺のせいで、迷惑をかけてしまって」
 自分が生きていることでレイ達に迷惑がかかっていることに、桜井は責任を感じていた。
「そんなだから、草薙にいいように使われるんだぞ」
 そう言うと、松田はおかしそうに笑った。
「少年共が懐くのも納得だな。だからこそ草薙は、花村にぶつけたのかもな」
 松田の言ってることは、桜井にはよく理解出来なかった。
「少年のためにも、兄ちゃんは生きるべきだ。じゃなきゃ、今度こそあの子は潰れる」
 松田は腕を組み、神妙な顔つきになった。
「さっきの少年に聞いたが、今回の件、八年前のことが絡んできてんだろ」
 どうやら松田もレイの過去を知っているようである。
「優秀であるが故、誰にも弱さを見せられない。今度崩れたら、取り返しがつかなくなるかもしれない」
 見た目と違って、レイは繊細だということなのか。誰にも寄せつけないオーラは弱さの裏返しということなのか。
「少年は今でも俺の患者だ。あの子の弱さを受け止めて、寄り添ってくれる存在が現れるといいんだが、ハナムラの人間では無理だろう。兄ちゃんなら、なんとか出来るかもしれない」
「俺は、レイのことを何も知りませんから」
 桜井が彼らと過ごした時間は短い。レイの過去だって本人ではなく、コウから聞いただけ。警察の人間である桜井に、ハナムラのことを色々話したのは、桜井の死が決まっていたからだ。それなのに、なぜ今になって、自分を救ったりしたのだろうか。
「後半の話はオフレコな。特に、少年その二には」
「もう、僕はマキだって何回も言ってんじゃん!」
 スマートフォンを片手に、マキが両頬を膨らませて戻ってきた。
「はいはい。わかった、わかった」
「絶対わかってないでしょ」
「それで、あいつ、こっちに来るのか?」
 慣れているのか、松田はマキの怒りを簡単に流した。マキは不服そうだったが、一息ついた後、気持ちを切り替えたようだった。
「仕事片づけたら、ナオの顔を見に来るって言ってた。なのでドクター、晩御飯よろしくね」
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