世界をとめて

makikasuga

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さよなら全回転

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 花梨に呼び出されて話をした翌日、彼女は昏睡状態に陥った。それを聞きつけてのことなのか、浅田を名乗る人達が突然現れ、花梨の側にいた高橋を追い出し、麻百合も排除しようとした。
「部外者は出て行きなさい。ここは浅田の人間以外が立ち入っていい場所じゃないのよ」
 浅田の人間でここを訪れたことがあるのは、主治医の相次郎だけだと高橋から聞いていたし、彼らが花梨の見舞いにきたわけではないことは明らかだった。
「確かに私は部外者ですが、こちらにいらっしゃる麻百合様は、花梨様の姉に当たります。知らないはずはありませんよね」
「花梨さんには双子の姉がいるって話だったわね。あまり似ていないようだけど?」
 女は値踏みするように麻百合を見つめる。
「信用出来ないということでしたら、今すぐ鑑定書をお持ちいたしますが」
 言葉は丁寧で笑ってはいるのだが、高橋から発せられる空気は冷たく、側にいた麻百合でさえも薄ら寒さを覚える程であった。
「結構よ、部外者は早く下がりなさい!」
 どうやら麻百合のことは浅田家の人間にも伝わっているらしく、花梨の血縁ということで許された。
「麻百合様、ご不便をおかけして申し訳ありません」
 去り際、高橋は麻百合に小声で言った。
「私はいいから、高橋さんは柳のところに」
 幸いなことに、昨夜高橋が与えた薬のせいで柳は眠っている。こんな状況を知れば、何を仕出かすかわからない。
「柳君は私が足止めしておきます。早急に相次郎様に連絡をいたしますので、しばらくご辛抱ください」
 高橋の言葉に頷き、麻百合は花梨の部屋に留まることになったのである。

「意外としぶといわね、この子。着く頃には死んでると思ったのに」
「相次郎のお気に入りだからな、無理にでも生かすんじゃねえの」
「でも、あの様子だと長くはないわよ」
 身にまとっているもの全てが高級品だということはわかる。だが生死を彷徨う花梨の前で、こんな話を出来る神経がわからない。なんて酷い人達だろうと思いながらも、ここで言い争いをするのもどうかと思い、麻百合は必死に耐えていた。
 しばらくそんな状態が続いたとき、派手な足音と共に、ノックもなく扉が開け放たれた。
「和子さん、隼人さん、今すぐおかえりください」
 やってきたのはスーツ姿の浅田相次郎だった。麻百合も何度か顔をあわせており、医師にしては柔らかい印象で優しい人なのだが、その彼がいつになく強張った顔をしていた。
「私達は花梨さんのお見舞いにきたのよ。追い出すなんてひどいのね、相次郎さん」
 和子と呼ばれた女は、声色を変えて相次郎にすり寄る。
「あなた達は花梨の見舞いではなく、死に際を見届けたいだけだろう。これ以上花梨に辛い想いをさせたくない。出て行ってくれ!」
 こんな辛そうな相次郎を見るのは初めてで、麻百合は驚いた。
「可愛がっている娘が死ぬのはさぞかし辛いだろうな、相次郎」
 隼人という名の男は、言葉とは裏腹に、やけに嬉しそうな顔をしていた。
「おまえの気持ちを汲んでこの部屋からは出て行ってやるが、俺達は本家から花梨の死に際を見届けろと言われて来ている。花梨が死ぬまで、この家に留まらせてもらうぜ」
 花梨の部屋から出ることは了承したが、この家には留まるらしい。彼らの姿がなくなってほっとしたものの、麻百合の気持ちは複雑だった。

「麻百合さん、嫌な思いをさせて申し訳なかったね」
「あ、いえ。本当は私なんかが居ていいわけないので」
 花梨の血縁という理由があるから、麻百合はここにいられる。本来、彼らとは住む世界が違うのだから。
「君はここにいるべき人間だよ。花梨もそれを望んでいる。出来るだけ側にいてやってくれないか」
「だったら、柳をここに入れてあげてくれませんか?」
 高橋が部外者だといって排除されたのだから、柳なんて論外だと言われるだろう。けれど、花梨と柳は恋人であるわけだし、彼は寝食を削ってまでも花梨の側にいたのだ。最期はやはり彼に看取られるべきではないだろうか。
「花梨がね、柳君には見られたくないからと」
「でも!?」
「元気なときの自分を覚えていてほしいからと言っていたよ。それに、彼ならきっとわかってくれる」
 花梨は麻百合に柳を好きになれと言ったり、柳は自分を好きじゃないとも言っていた。ふたりの間に何かあったのだろうか。

 わからないよ、花梨。どうして柳と離れるの?

 眠り続ける花梨の手を握りしめ、麻百合は心の中で問いかけることしか出来なかった。
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