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3:最悪のはじまり
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祭りの後日、ジークは宣言通りにアヒムの店に居座って本を読み漁った。
わからない箇所があれば頻繁に質問しにきて、さながら先生と生徒のようなやり取りをした。
そのような日々を繰り返し過ごしていると、思いの外真面目なジークの姿に感心してしまった。
「なあ、アヒム知ってるか。うちの王さまは東洋のものにひどく関心があって今は、隣国で知った陶器に夢中なんだってさ」
「そうなんだ。僕も東洋のことには少し興味があるよ。特別な薬草や物質なんかがきっと沢山あるんだろうな」
ラニス国の王といえば、アヒムと十ほどしか変わらない歳若い君主だ。名をランプレヒトと言う。
かなりの手腕で他国にかなりの影響力を持ち、また芸術を積極的に保護した。この国が豊かなのが王の英邁さを証明しているのだろう。
その一方で女性関係が派手であることも有名な話だ。
「この本にかかれてるやつ。頑張れば金ができるんじゃないか?」
ジークがさした本は昔にアヒムが書いたものである。
「その本は机上の空論でしかない。設備も何もかも足りない。現実的じゃないよ」
いや、設備や素材が揃ったところでできやしない。おそらく今の技術では不可能だ。
金の生成なんて自然の摂理に反したことをどうして求めるのだろうか。
「ふーん」
わかったのかわかってないのか曖昧な返答が返ってきた。
それでもいいかと、アヒムは薬草をすりつぶした。
それから数日後、ジークはめっきり姿を見せなくなった。
錬金術に興味がなくなったのか、別のあらたな夢を見つけたのか。どちらにしても店のなかは静かで少し寂しく感じた。
静寂になれた頃に、予期せぬ来客があった。
ドアベルをならして現れたのは騎士らしき数人の男たちであった。
「アヒム・ファーベルクだな」
「はい」
男たちの中で一番偉いであろう人が前に進み出てアヒムを見た。そして淡々と声を発した。
「陛下よりそなたを招聘せよとのご命令だ」
その言葉に頭を鈍い鈍器で殴られたような衝撃をうけた。
彼らはアヒムをあの城へと連れていこうとしているのだ。
「僕はただの薬師ですよ。なぜ陛下が僕をお呼びなんですか?」
「詳しいことは陛下から直接きけ」
騎士はアヒムの純粋な疑問に答えることはなく、無情に馬車に押し込んだ。
馬車の中は息がつまり、城が近づくにつれて気が重くなる。
罰せられるのなら、招聘などと言わないだろう。だが王に呼ばれるような目立つ動きなどしていないし、錬金術師だと公言もしていない。
呼ばれた要因がわからないからこそ、不安で押し潰されそうになる。
見上げると首が痛くなるほど立派な城が、ひどく重厚で苦しく感じた。
「陛下、アヒム・ファーベルクをお連れしました」
通された謁見の間には、立派な玉座に座る人物と傍らに控える白髪長駆の男だけで、なんとも物寂しい場所であった。
「アヒムと申します」
アヒムはそつなく礼をとる。
祖国で嫌というほど為政者と接してきたのだから自然と体が動く。
「面を上げよ」
その声に従い顔をあげると、どこか見覚えのある真鍮色の瞳があった。
「僭越ながら、どのような理由でしがない薬師をお呼びになったのでしょうか」
「そなたが錬金術師だと聞いて呼び寄せたたのだ」
アヒムは思わず目を見開いた。
「いったい誰が……」
「つい先日、金を作ることが可能だと法螺を吹く男がいた。余は機会をあたえたが、なんとも実現できずにいる。王を謀ったとして罰しようとしたところ、男が自分には師がいる。その者なら可能なはずだと言うのだ」
その師がアヒムだと言うのだろうか。
アヒムは弟子をとった覚えもなければ、金をつくれるなど言ったこともない。
いったい誰がそのようなことを言ったのだと思うと、王がその男を連れてくるよう指示を出した。
現れたのは最近姿を見せなくなっていた見知った男であった。
「……ジーク」
「ア、アヒム、すまない。だが、お前ならできるだろ?」
何かに取り憑かれたとしか思えないような表情でジークがいった。これが金の亡霊なのだろうな。
「陛下、金を産み出すことはかつての偉人たちが成し遂げられなかった悲願であります。しかし、薬師に成り下がった私奴にそのような偉業ができますでしょうか」
「ならば、その者が嘘をついたというのだな」
「そっ、そんな!」
ジークの悲痛そうな叫びが聞こえた。
この王がどのような罰を下すかはわからないが、きっとやさしいものではないのは確かだろう。
「ジークは我が家にあった稚拙な論文に感化されたのでしょう。どうかお見逃しを」
知り合いが処罰される所を見たくはない。
パン屋のおばさんにはいつもお世話になっているし、さまざまな夢に希望をもつジークが眩しくて好ましいと思っていたのだ。
だから、アヒムはジークの減刑を嘆願した。
「そう簡単に許すことはできぬ。余にも威信というものがある。だが、そうだな……」
王は玉座からおりて、歩き出す。
その確かな足取りは彼の前でぴたりととまり、跪くアヒムを見下ろした。
その姿はまるで獅子のごとく雄々しく獰猛さを孕んでいた。
「そなたが、そこの弟子の身代わりになれ。できるだろう、錬金術師よ」
「……ジークのかわりに金をうみだせということでしょうか」
一つ間違えばジークとともに命がなくなるかもしれない。そんな恐怖感があった。
アヒムの王は恐ろしくも美しく笑った。
「余は金などに興味はない。そんなもの作り出さずとも手に入る」
王はアヒムの顎を掴み持ち上げた。まるで宝石を鑑定するかのようにまじまじと見つめた。
「そなたはこれから余の元で磁器を作るのだ。そなたの肌のように白くて美しい白い金を」
それはアヒムに陶工の真似事をして、東洋の神秘を明らかにしろと言っているのだ。
それは金をうみだすことと同等に難しいことだ。
いや、磁器は東洋で生産されているのだから可能性はゼロではない。
「わかりました」
アヒムは助かるためにも王の要求を飲んだ。
「そのかわり東洋の神秘を解き明かした暁には罪を不問として、解放してください」
「いいだろう」
王は不適に笑った。
そうしてアヒムは足を踏み入れないと誓った城で研究することになった。いや、軟禁されたのだ。
わからない箇所があれば頻繁に質問しにきて、さながら先生と生徒のようなやり取りをした。
そのような日々を繰り返し過ごしていると、思いの外真面目なジークの姿に感心してしまった。
「なあ、アヒム知ってるか。うちの王さまは東洋のものにひどく関心があって今は、隣国で知った陶器に夢中なんだってさ」
「そうなんだ。僕も東洋のことには少し興味があるよ。特別な薬草や物質なんかがきっと沢山あるんだろうな」
ラニス国の王といえば、アヒムと十ほどしか変わらない歳若い君主だ。名をランプレヒトと言う。
かなりの手腕で他国にかなりの影響力を持ち、また芸術を積極的に保護した。この国が豊かなのが王の英邁さを証明しているのだろう。
その一方で女性関係が派手であることも有名な話だ。
「この本にかかれてるやつ。頑張れば金ができるんじゃないか?」
ジークがさした本は昔にアヒムが書いたものである。
「その本は机上の空論でしかない。設備も何もかも足りない。現実的じゃないよ」
いや、設備や素材が揃ったところでできやしない。おそらく今の技術では不可能だ。
金の生成なんて自然の摂理に反したことをどうして求めるのだろうか。
「ふーん」
わかったのかわかってないのか曖昧な返答が返ってきた。
それでもいいかと、アヒムは薬草をすりつぶした。
それから数日後、ジークはめっきり姿を見せなくなった。
錬金術に興味がなくなったのか、別のあらたな夢を見つけたのか。どちらにしても店のなかは静かで少し寂しく感じた。
静寂になれた頃に、予期せぬ来客があった。
ドアベルをならして現れたのは騎士らしき数人の男たちであった。
「アヒム・ファーベルクだな」
「はい」
男たちの中で一番偉いであろう人が前に進み出てアヒムを見た。そして淡々と声を発した。
「陛下よりそなたを招聘せよとのご命令だ」
その言葉に頭を鈍い鈍器で殴られたような衝撃をうけた。
彼らはアヒムをあの城へと連れていこうとしているのだ。
「僕はただの薬師ですよ。なぜ陛下が僕をお呼びなんですか?」
「詳しいことは陛下から直接きけ」
騎士はアヒムの純粋な疑問に答えることはなく、無情に馬車に押し込んだ。
馬車の中は息がつまり、城が近づくにつれて気が重くなる。
罰せられるのなら、招聘などと言わないだろう。だが王に呼ばれるような目立つ動きなどしていないし、錬金術師だと公言もしていない。
呼ばれた要因がわからないからこそ、不安で押し潰されそうになる。
見上げると首が痛くなるほど立派な城が、ひどく重厚で苦しく感じた。
「陛下、アヒム・ファーベルクをお連れしました」
通された謁見の間には、立派な玉座に座る人物と傍らに控える白髪長駆の男だけで、なんとも物寂しい場所であった。
「アヒムと申します」
アヒムはそつなく礼をとる。
祖国で嫌というほど為政者と接してきたのだから自然と体が動く。
「面を上げよ」
その声に従い顔をあげると、どこか見覚えのある真鍮色の瞳があった。
「僭越ながら、どのような理由でしがない薬師をお呼びになったのでしょうか」
「そなたが錬金術師だと聞いて呼び寄せたたのだ」
アヒムは思わず目を見開いた。
「いったい誰が……」
「つい先日、金を作ることが可能だと法螺を吹く男がいた。余は機会をあたえたが、なんとも実現できずにいる。王を謀ったとして罰しようとしたところ、男が自分には師がいる。その者なら可能なはずだと言うのだ」
その師がアヒムだと言うのだろうか。
アヒムは弟子をとった覚えもなければ、金をつくれるなど言ったこともない。
いったい誰がそのようなことを言ったのだと思うと、王がその男を連れてくるよう指示を出した。
現れたのは最近姿を見せなくなっていた見知った男であった。
「……ジーク」
「ア、アヒム、すまない。だが、お前ならできるだろ?」
何かに取り憑かれたとしか思えないような表情でジークがいった。これが金の亡霊なのだろうな。
「陛下、金を産み出すことはかつての偉人たちが成し遂げられなかった悲願であります。しかし、薬師に成り下がった私奴にそのような偉業ができますでしょうか」
「ならば、その者が嘘をついたというのだな」
「そっ、そんな!」
ジークの悲痛そうな叫びが聞こえた。
この王がどのような罰を下すかはわからないが、きっとやさしいものではないのは確かだろう。
「ジークは我が家にあった稚拙な論文に感化されたのでしょう。どうかお見逃しを」
知り合いが処罰される所を見たくはない。
パン屋のおばさんにはいつもお世話になっているし、さまざまな夢に希望をもつジークが眩しくて好ましいと思っていたのだ。
だから、アヒムはジークの減刑を嘆願した。
「そう簡単に許すことはできぬ。余にも威信というものがある。だが、そうだな……」
王は玉座からおりて、歩き出す。
その確かな足取りは彼の前でぴたりととまり、跪くアヒムを見下ろした。
その姿はまるで獅子のごとく雄々しく獰猛さを孕んでいた。
「そなたが、そこの弟子の身代わりになれ。できるだろう、錬金術師よ」
「……ジークのかわりに金をうみだせということでしょうか」
一つ間違えばジークとともに命がなくなるかもしれない。そんな恐怖感があった。
アヒムの王は恐ろしくも美しく笑った。
「余は金などに興味はない。そんなもの作り出さずとも手に入る」
王はアヒムの顎を掴み持ち上げた。まるで宝石を鑑定するかのようにまじまじと見つめた。
「そなたはこれから余の元で磁器を作るのだ。そなたの肌のように白くて美しい白い金を」
それはアヒムに陶工の真似事をして、東洋の神秘を明らかにしろと言っているのだ。
それは金をうみだすことと同等に難しいことだ。
いや、磁器は東洋で生産されているのだから可能性はゼロではない。
「わかりました」
アヒムは助かるためにも王の要求を飲んだ。
「そのかわり東洋の神秘を解き明かした暁には罪を不問として、解放してください」
「いいだろう」
王は不適に笑った。
そうしてアヒムは足を踏み入れないと誓った城で研究することになった。いや、軟禁されたのだ。
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