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12:疲労とストレス
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日中は磁器の研究をし、夜は王の相手をするという生活になって数ヶ月が経った。
王はアヒムに飽きることなく、アヒムの体はすっかりつくりかえられてしまった。
「外に出なくなってどのくらいになるんだろう」
工房の窓から景色をみると、季節は移ろい、城に植わっている木は冬木になっていた。
「外は寒いのか?」
アヒムは窯で試作品を焼いているジークに聞いた。
「そりゃ寒いさ。雪が降ってきてもおかしくないくらいだ」
「見てみたいな」
「夜にでも降るんじゃないか」
ジークの言葉にアヒムは力なく笑うだけだった。
磁器の製作は難航していた。
陶工でもない知識のないアヒムが行うには難しい課題であり、ほぼ毎日のように王の相手までしているのだから進捗は芳しくない。
「ゴホゴホ」
アヒムは絡まるような咳をした。
「大丈夫か? 風邪なら医師にみてもらえよ。そのぐらいなら陛下も叶えてくれるだろ」
ジークは毎夜王に抱かれていることをしらない。このことが知られればアヒムは微かにのこった自尊心すらも握りつぶされて完全に壊れてしまう気がした。
「大丈夫さ。これでも薬師をしていたんだから自分で何とかするさ」
「そうか? アヒムがそう言うなら」
ジークはアヒムを心配しながら、窯からいくつかの試作品を取り出した。
「駄目だ。全滅してる」
「やっぱり高温で焼くと割れてしまうのか」
焼いた温度と素材を記した紙にチェックをいれていく。
「だが低温で焼くと気孔がおおくてザラつくし、透水してしまう。もっと硬質で高温でもたえれるものじゃないと」
磁器の破片と比べながら何が異なるのか割れてしまった失敗作を一つずつ確認しながら記録をとる。
先が長いことがわかると急に体が重くなった。それと同時に激しい腹痛に襲われた。
「いっ」
その場にしゃがみこんで腹をおさえた。
わけのわからない痛みに冷たい汗が出てくる。
「アヒム!? どうしたんだ」
「お腹が痛いっ」
「お、おい、大丈夫か? えっと、ああそうだ。オスヴァルトさん!」
ジークはしゃがんだアヒムをささえながら、外にいるオスヴァルトを大きな声で呼んだ。
「どうした」
「アヒムが、その、あの、腹痛で」
ジークは混乱しながら説明した。オスヴァルトは苦しむアヒムを見て状況を察した。
「部屋へ運ぼう。ジーク殿は下階に控えているメイドに知らせて侍医を呼べ」
「はいっ」
オスヴァルトはアヒムを抱き上げて部屋のベッドに寝かせた。
痛みを和らげるために横を向いて体を縮めた。だが気休め程度にしかならずに意味もわからず腹痛は続く。そして意識が糸を切ったように無くなった。
このまま目覚めなければ、あの生き地獄に戻らなくても済むのではないかと。それとも目覚めれば城ではなく、町の自分の店に戻っているのではないかと微かな希望を抱いた。
だが目覚めれば、あの物寂しい王城の部屋であった。
最悪の気分だ。
磁器の研究は行き詰まり、王には毎夜組み敷かれる。何か悪いことをしたのだろうか。前世で償い切れないほどの悪行を犯したのだろうか。
「あ! 目覚めましたね。大丈夫ですか?」
ベッドで寝ているアヒムを覗き込んできたのは年若い女性だった。
容姿は十人並みといった評価だった。ただし評価者は美形な王族を見慣れており、自身も非凡な容貌をしているアヒムである。一般的にいったら可愛らしい女性で人気もありそうな人だ。
「お医者さまのお話では、ストレスと栄養失調、あとは寒さなんかで体が弱っているとのことです。あとお腹が緩くなっているらしいです」
女性は聞きもしない情報をペチャクチャと話した。
彼女が言った症状の原因には思い当たる節がある。特に最近は食事をしても体が受け付けずに吐き出してしまう。
だがそんなことよりも、目の前の女性が気になる。
「貴女は?」
「紹介を忘れていました。リタと申します。アヒムさまが完治するまでの間の世話係です」
「そんなものはいらないよ。僕は貴族でもないんだし、一人で大丈夫だ」
「ダメですよ。陛下のご命令なんですから」
あの王がそのようなことを命じたなどにわかに信じられなかった。
王以外がまともに立ち入ることができなかったこの部屋に、人が、女性がいる。
「よろしく、リタ」
「はい。アヒムさま」
リタは人好きする笑みを浮かべた。
「さまはよしてくれ。僕は偉い人でもなんでもないんだから。気軽に接してほしい」
「まあ、謙虚なのね。テッヘド国のすごい錬金術師って聞いたのわよ」
アヒムは祖国の名前を聞いてドキリとした。メイドが知っているのだから王が知らないわけがない。きっとアヒムの過去について調べた上で城に呼び寄せたにちがいない。
「そうだ、お腹すいてるでしょ? パン粥を持ってきたの」
「ありがとう」
アヒムは深皿を受け取った。
そうして体調が戻るまでのしばらくの間、王の夜の相手もすることなく、工房はジークに任せて、城に来て初めての平穏を感じた。
リタは甲斐甲斐しくも愛らしくアヒムの世話をして、傷ついた何もかもを癒してくれた。
王はアヒムに飽きることなく、アヒムの体はすっかりつくりかえられてしまった。
「外に出なくなってどのくらいになるんだろう」
工房の窓から景色をみると、季節は移ろい、城に植わっている木は冬木になっていた。
「外は寒いのか?」
アヒムは窯で試作品を焼いているジークに聞いた。
「そりゃ寒いさ。雪が降ってきてもおかしくないくらいだ」
「見てみたいな」
「夜にでも降るんじゃないか」
ジークの言葉にアヒムは力なく笑うだけだった。
磁器の製作は難航していた。
陶工でもない知識のないアヒムが行うには難しい課題であり、ほぼ毎日のように王の相手までしているのだから進捗は芳しくない。
「ゴホゴホ」
アヒムは絡まるような咳をした。
「大丈夫か? 風邪なら医師にみてもらえよ。そのぐらいなら陛下も叶えてくれるだろ」
ジークは毎夜王に抱かれていることをしらない。このことが知られればアヒムは微かにのこった自尊心すらも握りつぶされて完全に壊れてしまう気がした。
「大丈夫さ。これでも薬師をしていたんだから自分で何とかするさ」
「そうか? アヒムがそう言うなら」
ジークはアヒムを心配しながら、窯からいくつかの試作品を取り出した。
「駄目だ。全滅してる」
「やっぱり高温で焼くと割れてしまうのか」
焼いた温度と素材を記した紙にチェックをいれていく。
「だが低温で焼くと気孔がおおくてザラつくし、透水してしまう。もっと硬質で高温でもたえれるものじゃないと」
磁器の破片と比べながら何が異なるのか割れてしまった失敗作を一つずつ確認しながら記録をとる。
先が長いことがわかると急に体が重くなった。それと同時に激しい腹痛に襲われた。
「いっ」
その場にしゃがみこんで腹をおさえた。
わけのわからない痛みに冷たい汗が出てくる。
「アヒム!? どうしたんだ」
「お腹が痛いっ」
「お、おい、大丈夫か? えっと、ああそうだ。オスヴァルトさん!」
ジークはしゃがんだアヒムをささえながら、外にいるオスヴァルトを大きな声で呼んだ。
「どうした」
「アヒムが、その、あの、腹痛で」
ジークは混乱しながら説明した。オスヴァルトは苦しむアヒムを見て状況を察した。
「部屋へ運ぼう。ジーク殿は下階に控えているメイドに知らせて侍医を呼べ」
「はいっ」
オスヴァルトはアヒムを抱き上げて部屋のベッドに寝かせた。
痛みを和らげるために横を向いて体を縮めた。だが気休め程度にしかならずに意味もわからず腹痛は続く。そして意識が糸を切ったように無くなった。
このまま目覚めなければ、あの生き地獄に戻らなくても済むのではないかと。それとも目覚めれば城ではなく、町の自分の店に戻っているのではないかと微かな希望を抱いた。
だが目覚めれば、あの物寂しい王城の部屋であった。
最悪の気分だ。
磁器の研究は行き詰まり、王には毎夜組み敷かれる。何か悪いことをしたのだろうか。前世で償い切れないほどの悪行を犯したのだろうか。
「あ! 目覚めましたね。大丈夫ですか?」
ベッドで寝ているアヒムを覗き込んできたのは年若い女性だった。
容姿は十人並みといった評価だった。ただし評価者は美形な王族を見慣れており、自身も非凡な容貌をしているアヒムである。一般的にいったら可愛らしい女性で人気もありそうな人だ。
「お医者さまのお話では、ストレスと栄養失調、あとは寒さなんかで体が弱っているとのことです。あとお腹が緩くなっているらしいです」
女性は聞きもしない情報をペチャクチャと話した。
彼女が言った症状の原因には思い当たる節がある。特に最近は食事をしても体が受け付けずに吐き出してしまう。
だがそんなことよりも、目の前の女性が気になる。
「貴女は?」
「紹介を忘れていました。リタと申します。アヒムさまが完治するまでの間の世話係です」
「そんなものはいらないよ。僕は貴族でもないんだし、一人で大丈夫だ」
「ダメですよ。陛下のご命令なんですから」
あの王がそのようなことを命じたなどにわかに信じられなかった。
王以外がまともに立ち入ることができなかったこの部屋に、人が、女性がいる。
「よろしく、リタ」
「はい。アヒムさま」
リタは人好きする笑みを浮かべた。
「さまはよしてくれ。僕は偉い人でもなんでもないんだから。気軽に接してほしい」
「まあ、謙虚なのね。テッヘド国のすごい錬金術師って聞いたのわよ」
アヒムは祖国の名前を聞いてドキリとした。メイドが知っているのだから王が知らないわけがない。きっとアヒムの過去について調べた上で城に呼び寄せたにちがいない。
「そうだ、お腹すいてるでしょ? パン粥を持ってきたの」
「ありがとう」
アヒムは深皿を受け取った。
そうして体調が戻るまでのしばらくの間、王の夜の相手もすることなく、工房はジークに任せて、城に来て初めての平穏を感じた。
リタは甲斐甲斐しくも愛らしくアヒムの世話をして、傷ついた何もかもを癒してくれた。
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