3 / 131
第一章
第二話
しおりを挟む
西野診療所の仕事は朝の清掃から始まる。
「病院はいつでも清潔に保たれていなければならない」
医師である千鶴の父がいつも口を酸っぱくして言っている言葉だ。
特に町の診療所は地域の住民にとって最初に駆け込む病院であり、患者はどんな病を抱えているかわからない。
したがって患者の病を悪化させる原因を作ってはいけないし、他の患者にもうつしてはならない。
事前に防ぐため、気をつけておくことは、病院を常に清潔に保っておくこと。
千鶴もそれを心に留め、重箱の隅を楊枝でほじくるように、毎朝、隅の隅まで掃除している。
千鶴は最後に靴箱の棚を拭き上げると、竹箒を持ち玄関先に出る。
そうして掃き終える頃になると、いつも最初に来る近所の山高帽を被った老紳士を笑顔で迎えるのだ。
*
診療所での千鶴の仕事は多岐にわたる。
医師である父の補佐から、経理、はたまたご近所の献立相談まで。
文明開化より半世紀。
多種多様な西洋の波が生活に浸透しつつある時代。
束髪もその一つであるが、食文化にも影響は及んでいる。
西洋料理が出先で食べられようになり、西洋野菜の栽培も行われるようになった現在。
西洋の食を身近に感じられるようになってきたが、それを日常生活に取り入れるとなると悩む人も多い。
そこで千鶴は、看護婦養成所で受けた西洋料理や栄養配分についての授業を生かし、西洋野菜やこれまで飲食の行われてこなかった栄養価の高い牛乳を使った献立を積極的に考案している。
料理はできるだけ手軽に作れるものをと意識しているため、近所の奥様方にも好評だ。
まだまだ看護婦としては新米の千鶴だが、少しずつ己になせることを考え、実践している。献立づくりもその一つだ。
朝の忙しい時間を過ぎると、父は往診に出向き、千鶴は待合室に場所を移す。
父は診療所に来る人を誰でも拒まない。そのせいで、待合室は老人の寄合所となっているが、父はそれも治療の一環だと言う。
診療所に来て、誰かと話すことは物忘れの防止になるし、安否確認にもなる。
千鶴もその父の考えに賛同しているし、千鶴自身、お年寄りと話すことは好きだ。
長く人生を歩んでいる人と話していると、若い千鶴は教わることが多い。
人生の先輩達は、昔ながらの薬草の使い方や、漬物の塩加減のコツなど、生きていく上で役に立つ、古くも新しい知識を毎度千鶴に優しく教えてくれる。
父と二人暮らしの千鶴にとって、自身を孫のように扱ってくれる老人たちのまなざしは温かく、その柔らかな温みをありがたく感じながら、千鶴は今日も年長者の長い話に耳を傾けるのだ。
「病院はいつでも清潔に保たれていなければならない」
医師である千鶴の父がいつも口を酸っぱくして言っている言葉だ。
特に町の診療所は地域の住民にとって最初に駆け込む病院であり、患者はどんな病を抱えているかわからない。
したがって患者の病を悪化させる原因を作ってはいけないし、他の患者にもうつしてはならない。
事前に防ぐため、気をつけておくことは、病院を常に清潔に保っておくこと。
千鶴もそれを心に留め、重箱の隅を楊枝でほじくるように、毎朝、隅の隅まで掃除している。
千鶴は最後に靴箱の棚を拭き上げると、竹箒を持ち玄関先に出る。
そうして掃き終える頃になると、いつも最初に来る近所の山高帽を被った老紳士を笑顔で迎えるのだ。
*
診療所での千鶴の仕事は多岐にわたる。
医師である父の補佐から、経理、はたまたご近所の献立相談まで。
文明開化より半世紀。
多種多様な西洋の波が生活に浸透しつつある時代。
束髪もその一つであるが、食文化にも影響は及んでいる。
西洋料理が出先で食べられようになり、西洋野菜の栽培も行われるようになった現在。
西洋の食を身近に感じられるようになってきたが、それを日常生活に取り入れるとなると悩む人も多い。
そこで千鶴は、看護婦養成所で受けた西洋料理や栄養配分についての授業を生かし、西洋野菜やこれまで飲食の行われてこなかった栄養価の高い牛乳を使った献立を積極的に考案している。
料理はできるだけ手軽に作れるものをと意識しているため、近所の奥様方にも好評だ。
まだまだ看護婦としては新米の千鶴だが、少しずつ己になせることを考え、実践している。献立づくりもその一つだ。
朝の忙しい時間を過ぎると、父は往診に出向き、千鶴は待合室に場所を移す。
父は診療所に来る人を誰でも拒まない。そのせいで、待合室は老人の寄合所となっているが、父はそれも治療の一環だと言う。
診療所に来て、誰かと話すことは物忘れの防止になるし、安否確認にもなる。
千鶴もその父の考えに賛同しているし、千鶴自身、お年寄りと話すことは好きだ。
長く人生を歩んでいる人と話していると、若い千鶴は教わることが多い。
人生の先輩達は、昔ながらの薬草の使い方や、漬物の塩加減のコツなど、生きていく上で役に立つ、古くも新しい知識を毎度千鶴に優しく教えてくれる。
父と二人暮らしの千鶴にとって、自身を孫のように扱ってくれる老人たちのまなざしは温かく、その柔らかな温みをありがたく感じながら、千鶴は今日も年長者の長い話に耳を傾けるのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる