幸い(さきはひ)

白木 春織

文字の大きさ
9 / 131
第二章

第一話

しおりを挟む
 若芽わかめ息吹いぶきが空気まで清めているように感じられる気持ちの良い午後、一台の自動車が緑の小道を軽快に走る。

 千鶴ちづる南山家みなみやまけの迎えの車に揺られながら、南山から子息のことを聞いていた。

 南山の子息の名前は桐秋きりあき。年齢は二十五歳。

 桜病さくらびょうわずらう前は、帝国大学の南山研究室で感染症の研究に従事。

 その最中体調を崩し、桜病を発症していることが判明。
 
 現在は南山家の敷地内にある離れで療養しているという。

 桐秋に関する基本的な情報を一通り教えてもらった千鶴は、話の中で一つ、気になっていたことを南山に尋ねる。

「ほんとうに桐秋様は桜病なのでしょうか。桜病は終息したといわれていますが」

 桜病は十年以上前に流行した病で、上流階級を中心として広がった感染症である。
 
 肢体に桜の花びらのような紅い紋様もんようが浮き上がり、桜が散りゆく頃に死ぬ。

 その様から桜病と名付けられ、恐れられた。

 しかし、感染方法が「接触感染せっしょくかんせん」だったため、関わりの少なかった平民にまでは広がらず、発症が確認されてから数年のうちに沈まり、現在では新しい感染者の話も聞かれていなかった。

 向かいに座る南山も感染拡大を押さえた功労者こうろうしゃだ。

 そんな桜病研究の権威けんいである南山は、千鶴の言葉に首を横に振る。

「私もそうあればいいと思っているがね。あれは桜病の症状だ。

 続く微熱に、せきたん、のどの腫れといった気管支の不調。

 なにより、色白い肢体したいに広がる無数の斑点。間違いないだろう。

 それに、桐秋は桜病が終息した後も研究を行っていた。

 もしかしたらその過程での事故かもしれない」

 千鶴は南山の言葉に目を丸くする。

「終わった後も桜病の研究を行っていらっしゃったのですか。

 なぜ」

「私にも分からんが、あの子の母親も桜病で亡くなっているから。

 それが原因かもしれない」

「そうですか」

 桐秋が終息した後も桜病の研究をしていたという事実に千鶴は驚いたが、聞かされた理由に一応納得し、頷く。

 話をしているうちに、千鶴達を乗せた車は華族かぞくの住宅が並ぶ地区に入る。

 そこは診療所のある下町の、木造住宅が多い町並みとは違い、レンガを用いた洋風建築が整然と立ち並ぶ。

 建物は一つ一つが大きく、千鶴はその光景に圧倒された。

 さらに通りを奥に進んでいくと、今度は、洋風の柵や壁が、居並ぶ木々を仕切るように囲んだ区画になっていく。
 
 この辺りになると、家は林というより森というほうが正しいくらいの木々に囲まれ見えない。

 おそらく途中、柵が途切れる場所が、一つの邸宅の敷地なのだろう。

 その間隔も奥にいくにつれ、大きく、広くなっていく。

 いったいどれほどの敷地なのか、南山家もその一角なのかと思うと、千鶴は無意識に座っている背筋が伸びた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...