10 / 131
第二章
第二話
しおりを挟む
まもなくして、自動車は端の見えない白壁の前で止まった。
運転手が降り、後部座席のドアが開く。南山、続いて千鶴が下りる。
目前のそれは、今まで見てきた洋の雰囲気とは違い、武家屋敷のような和の白壁だった。
千鶴は屋敷に入らず、どうしてここで降ろされたのかと首を傾ける。
そんな千鶴の視界の端に、薄紅の霞がかかったような雲が入り込む。
それは白壁の向こうから少しはみ出して見えている。
千鶴がそちらの方向を向いて、その正体をはっきりと捉えようとした時、後ろから南山の声がかかった。
千鶴が振り返ると、南山は壁の中へと通ずる小さな扉を指していた。
「こっちだ」
南山は大きな体をかがめながらその木扉をくぐる。
小柄な千鶴にはちょうどよいが、大柄な南山は腰を折らないと入れないほどの大きさ。
立派な白壁には似つかわしくない入口だと千鶴は思う。
そんな千鶴の思考を読んだのか、南山は正門はまた別にあるが、桐秋が療養している離れにはこちらが近いのだと教えてくれる。
門を抜けるとそこには、整然とした生け垣が千鶴達の行く手を阻むよう生えていた。
それは中が見えないよう、白壁に沿うように植えられており、もう一つの覆いのような役割を果たしている。
南山は白壁と生け垣の間にできた細い道を進み、千鶴も後を追う。
途中、一度角を曲がり、生け垣が途切れる場所が表れると、そこには竹で組まれた門扉があった。
門扉をくぐると、正面に、黒い瓦が光る見事な佇まいの日本家屋が現れる。
ここが先に聞いた離れだろうか。
千鶴が思っていたような、畳の部屋一室に少し水回りのついた庵のようなものではなく、立派な邸宅である。
「さあ、中に入ろうか」
南山に声を掛けられ、千鶴が玄関先に足を向けた時、こちらに向かって急ぎ足で来る者がいた。
「旦那様」
千鶴たちが来た逆の方向から現れた男性は、南山に近づくと耳元で話をする。
南山はその内容に少し考える素振りを見せ、千鶴の方を振り返った。
「千鶴さん。大変申し訳ないが、少しここで待っていてくれないだろうか。
急ぎの用が入ってしまってね。
そうだ。もし良ければ離れの庭を見ているといい。
息子は部屋からで出てこないだろうから、君が庭にいても気づかないだろう。
庭の奥には桜の木を植えていてね。今がちょうど見頃だ」
南山の提案に千鶴は、勝手に一人歩いてよいものかと考える。
それでも桜が見頃だと聞き、遠慮よりも美しい桜をみたいという好奇心の方が勝った。
「ぜひ、お庭を眺めながらお帰りを待たせてください」
千鶴の返事に南山は頷くと、庭の入口に千鶴を案内して、男性と共に足早に去ってしまった。
運転手が降り、後部座席のドアが開く。南山、続いて千鶴が下りる。
目前のそれは、今まで見てきた洋の雰囲気とは違い、武家屋敷のような和の白壁だった。
千鶴は屋敷に入らず、どうしてここで降ろされたのかと首を傾ける。
そんな千鶴の視界の端に、薄紅の霞がかかったような雲が入り込む。
それは白壁の向こうから少しはみ出して見えている。
千鶴がそちらの方向を向いて、その正体をはっきりと捉えようとした時、後ろから南山の声がかかった。
千鶴が振り返ると、南山は壁の中へと通ずる小さな扉を指していた。
「こっちだ」
南山は大きな体をかがめながらその木扉をくぐる。
小柄な千鶴にはちょうどよいが、大柄な南山は腰を折らないと入れないほどの大きさ。
立派な白壁には似つかわしくない入口だと千鶴は思う。
そんな千鶴の思考を読んだのか、南山は正門はまた別にあるが、桐秋が療養している離れにはこちらが近いのだと教えてくれる。
門を抜けるとそこには、整然とした生け垣が千鶴達の行く手を阻むよう生えていた。
それは中が見えないよう、白壁に沿うように植えられており、もう一つの覆いのような役割を果たしている。
南山は白壁と生け垣の間にできた細い道を進み、千鶴も後を追う。
途中、一度角を曲がり、生け垣が途切れる場所が表れると、そこには竹で組まれた門扉があった。
門扉をくぐると、正面に、黒い瓦が光る見事な佇まいの日本家屋が現れる。
ここが先に聞いた離れだろうか。
千鶴が思っていたような、畳の部屋一室に少し水回りのついた庵のようなものではなく、立派な邸宅である。
「さあ、中に入ろうか」
南山に声を掛けられ、千鶴が玄関先に足を向けた時、こちらに向かって急ぎ足で来る者がいた。
「旦那様」
千鶴たちが来た逆の方向から現れた男性は、南山に近づくと耳元で話をする。
南山はその内容に少し考える素振りを見せ、千鶴の方を振り返った。
「千鶴さん。大変申し訳ないが、少しここで待っていてくれないだろうか。
急ぎの用が入ってしまってね。
そうだ。もし良ければ離れの庭を見ているといい。
息子は部屋からで出てこないだろうから、君が庭にいても気づかないだろう。
庭の奥には桜の木を植えていてね。今がちょうど見頃だ」
南山の提案に千鶴は、勝手に一人歩いてよいものかと考える。
それでも桜が見頃だと聞き、遠慮よりも美しい桜をみたいという好奇心の方が勝った。
「ぜひ、お庭を眺めながらお帰りを待たせてください」
千鶴の返事に南山は頷くと、庭の入口に千鶴を案内して、男性と共に足早に去ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる