誘惑なんてしてないから

ミナクオ

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口を開いたチカちゃんと、必死に弁解する由良川

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『大ジョッキ1杯とピッチャー3杯を空けたし、そろそろ口を開いてくれてもいいんじゃねーの?チカちゃんの声を聞かなすぎて、どんな声だったか忘れそーだ!だんまりを決めこむ理由じゃなくてもいいから、何か話してくれ~!頼むよ~!』


俺達が二人で3杯を空ける間に、そんなに飲んでいたのか…。聞こえてきた由良川ゆらかわの言葉に驚く。あいつも強いみたいだが、チカちゃん(確定)は底なしだと思った。


『…見境いのねぇ、嘘つきクソ野郎が』

『え?え?何の話?!見境いのない嘘つきクソ野郎って、俺のこと!?チカちゃん、もっと詳しく話してくれ!』

『あの夜、高條たかじょうと居酒屋から消えた後、違う男とラブホから出てきただろ』

『な!な!なんでそれを知ってるんだ?!チカちゃんが俺に電話をくれた時は、すでにあの近くにいたってこと!?』

『酔い覚まし中で、一人だ?』

『あれは!あれはさ~!つかなきゃならない嘘だったんだよ!!俺の話を聞いて?お願いだから聞いて?チカちゃんが想像してるようなことは、なーんもしてないと誓う!誓うから、信じてくれ~!』

『あ゛あ゛?』


あの夜に聞いた低く野太い声がしたと思ったら、いきなり修羅場と化した。チカちゃんは、由良川が他の男とあれやこれやをしたと思って、妬いているのか?それとも、嘘をつかれたことが気にくわないのか?…ウーン、頭の中が混乱してきた。


「面白い話が聞けそう」


高條に耳打ちをされて、ピキーンと固まった。このまま話が進むと、すべてバレるんじゃないのか?ドキドキしながら曖昧に頷いて、由良川とチカちゃんの会話の続きを待った。


『元はと言えば、チカちゃんが、高條にアタックしそうになるからいけないんだよ~!チカちゃんの貞操を守るために、バイト先のやつに高條を誘惑させたんだ!だから、口は出したが、手は出してない!キスマークを付けるのも、添い寝するみたいなポーズで写真を撮るのも、それをメールするのも、全部ぜーんぶバイト先のやつに任せた!高條がそいつに責任を感じて、チカちゃんがアタックしても断ればいいと思って!』

『あ゛?高條だけじゃねぇ。まわりにいるやつらも漁り出しただろ』

『それは!バイト先のやつが、チカちゃんの他にも男で高條にアタックしそうなやつがいるか、見てみろって言ったから!それと!チカちゃんの高條以外への態度も、もう一度よく見てみろって言ったから!それに!調査してただけで、漁ってなんかいねーし!』

『あ゛?また嘘ついてんじゃねぇぞ』

『ついてない!ついてないってば~!わかった!今すぐバイト先のやつに連絡する!そいつに説明させれば、俺の言っていることを信じてくれるよな?ちょっと待ってて!』


高條の名が頻繁に登場し、チカちゃんの気持ちがどうなのか、微妙にわからない状態のまま、とうとう俺の出番が回ってきた。

高條と連絡先を交換した後、テーブルの上にスマホを置きっぱなしにしていたから、俺達の目の隅でそれがブィーブィーと音を立て始めた。俺のは手帳型のカバーだから、画面の表示が露呈することは免れたけど、誰からの着信なのかはもうバレバレだろう。


「…出ないのか?」

「あー…、後でいいかな……」


それでも、最後の悪あがきをしてみようと、いつまでも鳴り止まないスマホを、尻ポケに押し込んだ。


『何で出ないんだよ!出ろ!出てくれ~!!才原さいはら!!!』


由良川の悲痛な叫びが響き、一度は止まったバイブ音が、再びヴィーヴィーとこもった音で鳴り出した。


「出てやれば?」


高條の勧めに無言で頷き、尻ポケからスマホを出して通話ボタンを押した。そして、すぐに終了させた。


『才原!!女神~!…え?!あれ??』

「由良川、高條を連れてそっちに行くから!」


隣の壁に向かってそう怒鳴ると、高條に目配せをして二人で立ち上がった。隣からは『え?あれ?!え!??』と、由良川の困惑する声が聞こえてきた。



「こいつが、バイト先のやつで才原。こっちは、幼馴染のチカちゃん」

「どうも…」

「…っす」

「まずは由良川から、俺にもきちんと説明してくんねぇ?」

「わかった。…え~、あ~、さっき話していたとおりで……」


由良川がしどろもどろ自白するのを黙って聞いていたけど、周囲には、チカちゃんへの恋慕の情や独占欲を明け透けにするくせに、チカちゃん本人の前ではグズグズと控えめになるヘタレ加減に、だんだんとムカッ腹が立ってきた。


「そうだけどそうじゃない!由良川、はっきり言えよ!チカちゃんとどうなりたいんだ?」

「え?その~、まあ~、これから先も、ずっとずっとよろしくってことで……」

「チカちゃんが誰かと恋愛して、結婚して、家庭を作って、近所に住まなくなっても、幼馴染としてずっと付き合っていきたいのか?たまにしか会えなくなっても、それこそ、年単位で会えなくなってもいいのか?」

「やだ!やだ!絶対にいやだ!チカちゃんが恋愛するなら、それは俺とだ!結婚っていう形を取らなくても、チカちゃんを誰よりも幸せにできるのは俺だけだ!チカちゃんと喧嘩しながらも、笑いの絶えない毎日を一緒に過ごすのは俺じゃなきゃありえねーし、働いて少しずつ金貯めて、二人で住むのにちょうどいい家を建てるのも俺とじゃなきゃ駄目だ…。幼馴染のままでいいわけがない…。そんな関係で、ずっとずっと付き合っていきたいわけじゃない…。チカちゃんにたまにしか会えなくなるんなら、生きててもつまんねーし、生きてる意味がねーんだよ……」


由良川の声は、最後の方はかすれて途切れ途切れで、表情は見るに堪えない泣き顔になった。高條にポンポンと肩を叩かれ、それを合図に俺達は隣の個室に戻った。

そのまま飲み直す気分じゃないのは高篠も同じだったようで、俺達は伝票を掴んでその場を去った。


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