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一章 四人の勇者と血の魔王

第36話 虚構を被る剣々

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 ある疑問点が浮かぶ。
 ママロがルタインの小屋から感じた『気持ちの悪い魔力』とは何か。ナイズ・メモリアルが何故魔女を殺したのかは置いておいて、まず『気持ちの悪い魔力』について言及したい。

「(それが気になって来てみたんだけど……つまんねー答えだったなぁ)」

 ボロボロの布を纏った男が、予想通りかつ少し退屈そうな表情で言った。

【そんな言い方では失礼だろう】

「(だってこいつ、ルタイン君の家をノックするの何回目だよ?)」

 緑色の殻で出来た身体の生物と男は────何も見えないはずの空間に向かって話しかける。

「(なぁ【来訪者キュアノス】)」

 それは現象……とされている。少なくとも人々の間では。この世界に存在する災いであり、多くの命を一方的に奪って来た。
『住宅』を狙うその災害の発生条件は一つ。『来訪者のノックにドアを開ける』事。ドアを開けても誰もいない。何もない。その代わり死が訪れ、身体は切り刻まれる。
『ノックをする時は自分の名前を言う』風習が世界全体に根付いているのは来訪者の影響。活動範囲は制限を知らず、ドアを開けて生き残った者はいない。

 そして─────来訪者の被害に遭っている光景を見ていた第三者は決まって、『ドアの前には誰もいなかった』……と証言する。

《……罪だ》

 1人と1匹以外には誰もいない、はずなのに────声が聞こえていた。

《大賢者は常に罪を抱えている。おぉ、なんと嘆かわしい事か!もはや逃れられぬ罪悪の輪廻から解き放てるのは拙のみ。彼が祈るまで、拙は希望を押し付け続け、ドアを叩き続けよう》

「(ふーん)」

《して、約100年ぶりに顔を合わせるが何用だ?こんなお喋りだけのために来たのなら、流石の道化師たる貴公でも笑いのセンスを履き違えていると言わざるを得ない》

「(もろちんそうだよ)」

【もちろん、だぞ】

「(もろチ●ポそうだよ)」

 切り株に腰掛けた流浪者は、遠く離れた魔王城の方向を仰ぐ。

「(今、勇者達の物語が佳境なんだ。ついに魔王城へと攻め込んで盛り上がって来てる。一緒に見に行かないかい?大人数で見るほど楽しいでしょ)」

《すまないが興味が無い。【血の魔王】マジストロイの罪の回収は確かにしたいが、それは彼が『災害』でなくなった後でなければ拙は出来ない。それ以外に気になる事など……》

「(……隠密系スキルの極地に至った君の魔力を検知出来た魔女も勇者として────)」

《興味無い。だからと言って拙を葬れる訳でもあるまい》

「(じゃあ……『剣聖』)」

《!》

「(暫定次代剣聖、ルリマ・グリードアも魔王城に向かっているのさ。『剣聖』という血筋は君にとって無視できないモノだろ?)」

 虚空に問いかけ、答えが返ってくるのを待つ。

《肯定だ。ルリマの家のドアは叩かせてもらったが、彼女も彼女の父である今代剣聖の罪悪の意識も深いモノだった。そしてそれとは別に、今の時代の剣術の最高峰を知りたくもある》

「(でしょ?ほら行こうよ)」

《だが……拙の目的は彼女らの祈りに応える事。剣聖ともあろう者は簡単に祈らない。平和のために奮闘し、恋心を燃やす彼女自身に面白みなど全く無い》

「(ひでぇ事言うなおい)」

《だが!!》

「(うおびっくりしたぁ)」

 周囲の風が少し荒れるような感覚が、男の頬を掠める。

《思い出したぞ。ルリマの友人である……ロクト・マイニングという男。彼もついに魔王城へ向かっているのか?》

「(え?まぁそうだけど……ロクト君を殺すのは流石にやめてよ。色々成立しなくなっちゃう)」

《勿論。彼は絶対に祈らない。分かっているのだ……鳥が死に、地に堕ち肥料となり、その植物を喰らって成長した生物が鳥によって殺される事のように普遍の事実と認識している》

「(へぇ……珍しいね。君が殺したい人間以外で興味のある人間がいるなんて初めてじゃない?)」

 見えない笑い声がうっすらと空気に響く。

《彼は……剣に愛されし者だ。剣を愛する拙としては、彼が蛮勇で終わるか勇者としての名声を得るかを───見届けたい》

「(なるほどね、君はロクト推しってわけだ!)」

 切り株から飛び上がる男を見て、宣告者は組んでいた腕を解いた。

【行くのか】

「(うん。このメンツで何かするのは久しぶりだね……あ、でも今行っても面白いところまで少し待たなきゃいけないんだよね。どっかで時間潰したいけど)」

《興味無い》

「(ノリ悪い奴いるしなぁ……どうしよ)」

【早めに夕飯の時間にするのはどうだろうか】

「(お、いいね)」

 数百年以上生きてきた彼らはもはや食事を必要としていない。生物としての枠組みから逸脱したモノだったが……災害の共通点の一つ、『気まぐれ』という特徴が彼らの意見を団結させた。

「(再会記念に奢るぜ影薄陰キャ。何食いたい?)」

 数秒の間を空けて─────虚空は答えた。

《コンロソン料理の……》

「(うん)」

《新鮮な生の魚介を酢を混ぜて握った米に乗せた、誠に奇怪な料理を……昔食べた事があるのだが》

「(あ~……)」

《……貴公、コンロソン人だろう?》

「(……)」

 少し空いた間に、宣告者は不思議そうな顔をして……苦笑いを浮かべる流浪者を見た。

「(出たよ……日本人なら皆寿司握れると思い込んでる奴……)」

《そう、スシだ!あそこまで神秘に満ち溢れた料理は未だに口にした事はない。一体どんな世界で生まれ、生きていればあのようなモノを思いつくと言うのだ》

 諦めたようなため息の後……男は右手の人差し指と中指を左に手のひらに叩きつける動きを練習し始めた。









 ー ー ー ー ー ー ー










「フフフ……私達の実力を理解してもらえたところで頼みたい事があるのですが」

「どう考えても人にモノを頼める態度と流れじゃないぞサヴェルくん」

 空中に佇む4人。そして若くして魔法界のトップクラスの実力者である2人が対峙している。

「……頼み?わたしに?」

 さっきまで焦りで充満していたママロの脳が回転を始める。

(サヴェル・アネストフールと言えば史上最年少で賢者になった天才。現在は西の勇者と行動を共にしているはず。そんな人がなぜわたしに──────)

 どちらかと言えば、ママロは頭の良い方だ。
 だが─────今ばかりは、彼女は本来のポテンシャルが出せない。

(……魔女の森は縁がない話だけど、三国の勇者達は互いに争い合う関係でもある。その矛先がもしわたしにも向いていたとしたら─────)

 ママロは……そう、まだ焦っていた。

(中でも今代の西の勇者は性格が悪く、そのせいか『聖剣泥棒』とか『偽勇者』とか呼ばれている。彼の仲間もまた、そうだとしたら──────)

 加速した思考は暴走し、もはや止まる事を知らない。

(……『聖剣泥棒』!?待って、嘘でしょ?まさか、そう言う……っ!)

「……ママロ?」

 冷や汗が頬を伝い……彼女は口を開いた。

「サヴェル、さん」

「はい天才賢者サヴェルですが」

「あなた────『持って』るんですか?」

 聖剣を……夢の聖剣を持っているのか。つまり盗人はお前かというストレートな宣戦布告まがいの発言。

 それを受け取った天才賢者は────────

(…………は???)

 案の定、一切理解出来ていなかった。

(いやいやいや持ってるんですかって『何を』!?一番大事なところが抜けてるじゃないですか!!それにやたら鋭く睨みながら言ってくるし、一体─────)

 サヴェルは馬鹿なところはあるが、勿論基本的には優秀な頭脳をしている。
 だが──────奇しくも彼もまた、今は本来のポテンシャルが出せないようだ。

(まさか……この魔女、私を試そうとしているのか?)

 サヴェルは……そう、対抗心を燃やしすぎてよく分からない暴走の仕方をしていた。

(なんか、こう、魔法の核心みたいなアイテムとかスキルを持っているのかと聞いて、私がポカンとしていれば見下すような笑みを浮かべようとしているのか!?)

 勿論、暴走なのだから簡単に止まりはしない。

(おのれ魔女ッ!天才である私を愚弄する気か……何を持ってるのか分からないし特に何も持ってないと言うのにッ!だが─────賢者の名を背負う者として、絶対に負けられない)

「……サヴェルくん?」

 自信満々に笑みを浮かべ……彼は口を開いた。

「『持って』ますが……何か?」

「ッ!」

 サヴェルの尊大な態度を受け、ママロは勝手に戦慄する。

(持ってますが何かって何かじゃないわよどれだけ焦ったと思ってるの!?なのにこんな堂々として……見損なった。賢者だの何だの言ってるけど、こういう外道の実力は決まって低い……)

「そう……『取った』のね、あなたが」

 ママロの静かな怒りを受け、サヴェルの口角が歪む。

(いやだから何を『取った』んですか私は!!??しかし……あぁ、もう話を合わせるしか……!)

「えぇ、取らせて頂きましたよ、私が……!」

 片眼鏡をクイっと押し上げたサヴェル。
 ため息の後、ママロは振り向かずに呟く。

「ナイズ」

「あぁ」

「戦う。準備して」

「あぁ……ん?」

「ん?」

「ん?」

 その場の男三人が間抜けな声を上げたと同時に。
 ママロの脳内はサヴェルを完全に敵対存在だと見なした。

「返してもらうわよ、聖剣を……!」

「は?え?ん?」

 ママロの指先に魔力が込められる。─────混乱するサヴェルとゴルガスを置いて、サヴェルの【自動魔弓】が作動し、ママロに向かって発射される。

 ほんの数秒の出来事。そして────これから起こるのもまた、ほんの数秒の出来事。

(迎撃システムのような魔法が作動したか)

【自動魔弓】の発動を確認した瞬間、ナイズはその剣を抜く。ママロの肩に手を置き、身を乗り出して魔力の塊を弾く。
 ……その0.5秒後、4人の視界にあるモノが映る。

「……え?」

 今にでも魔法を発射しようとしていたママロの指から魔力が消え失せる。『それ』は彼女に由来するモノだった。

「な……!?」

 目の前の少し焦げた『飛行物体』を初めて見たはずのサヴェルとゴルガスもまた息を呑む。通常の一般的な人間であればその反応は当然であると考えられる。
 ただ─────ナイズ・メモリアルだけは違かった。

(……成程。してやられたか)

『切り落とされた手に握られたままのホウキ』が飛んできたのを見て、彼は自分が殺害した少女の最後の悪あがきにほんの少しの苛立ちを覚える。
 本来なら、それがママロの目に入る前に燃やし尽くせたはずだった。遅れたのは……サヴェルの【自動魔弓】の対処が原因。

(ご丁寧に文字まで記している)

 魔力で文字を描く、表現する文化が魔女にある事を幼少期にナイズは知っていた。だとしても、先程魔女は既に死ぬ覚悟を決め、友人に情報を託すべく『武器であるホウキを最初から飛ばすつもりで』文字を書いていた。

「『ないずにやられた』──────」

 ママロがその文章を認識し、呟き、意味を咀嚼し終えたと同時に。

「すまない」

 ナイズの剣の柄が、彼女の後頭部に激突する。

「……悪い夢は見せないさ」

 間隔を空けずに、ママロとナイズを乗せたホウキは担い手の意識が失われた事によって力を失い、墜落を始める。

「【逆夢】」

 剣を振った瞬間─────ホウキは力を取り戻し、サヴェル達がいた高度まで上昇する。ママロを抱えたナイズはその上に立ち、剣を鞘にしまう。

「……南の勇者は魔女である、と聞いていたのですが」

 片眼鏡をいじりながら、賢者は男を睨む。

「『その剣』の魔力から分かります。【夢の勇者】は貴方の方だったのですか」

 賢者であるサヴェルは、魔力で文字を表現する魔女の文化くらいは履修済みだ。何者かに殺されたであろう無惨な手首が上げた名前は、ママロがそう呼んでいた男。結論に辿り着くのは容易だったが……。

「否定。弊剣は勇者ではない」

 人形のように無機質な表情。サヴェルは警戒しながらも、彼の口が紡ごうとしている言葉に耳を向ける。

「……サヴェルくん」

 ほんの数秒の出来事は、もう一つだけある。
 ゴルガスの震えた言葉にサヴェルは目線を動かさずに対応しようとするが……すぐに気付いた。

「この、魔力─────!」

 ナイズも同様に、2人の向く方へと興味深い視線を送る。

「想定外の事態発生。……クク、流石に面白いな。ママロにも見せてやりたかった」

 全身の身の毛がよだつ、『災い』の魔力。人間の敵対者である事を義務付けられた存在。
 誰もが予想出来なかっただろう。赤刃山脈の南方の最前線に……その親玉が現れる事など。

「なぜ、なぜこんな所に……!!」

 だが生憎、本来ならここに現れるべき彼の部下は有給休暇を取っていた。

「余が言う資格は無いのは分かってはいるが────」

 病的なまでに白い肌と、折れる姿が想像出来ない角。剣を手に、玉座の上の存在が降りてきた。

「喧嘩はやめた方がいいと思うぞ」

(勇歴1014年 雷の月 【血の魔王】マジストロイ・アスタグネーテと邂逅───停戦交渉を開始)

 夢の聖剣は黙々と、目の前の絶望的状況を記録した。






ーーーーーーーーーーーー


【来訪者】が正式に災害級魔生物としてギルドに登録されたのは初代勇者没後約100、200年ほどと記録されています。そのため災害の中で最も登録、発見が遅かった災害となっています。魔法協会と冒険者ギルドが協力して行った捜査、検死では『一般的に販売されている長剣』による斬撃が災害発生時に起きているという結果が出ました。
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