紅の牡丹は今宵も散る

ルータ・ラクリマ

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第二話 抱かれる理由

いつもの場所で

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 主任が言う「いつもの場所」というのは職場から二駅離れた駅前だった。

 日が落ちて寒さが厳しくなり、僕は思わず上着の前を合わせた。
 駅前は絶えず人が流れていた。一人で忙しそうに歩いている人、友達同士で楽しそうに騒ぎながら歩く人たち。中には恋人なのか、手を繋いで歩く男女の姿があった。

 どの人たちもこの寒さなんて気にしてないんだろうな、と思いながら僕は一人憂鬱な時間を待つ。
 ぼんやりとそれを見上げると月が静かに輝いていて、この駅前にいる人たちを平等に照らしていた。

「何ぼんやりしているんだ」
 突然背後から声がして僕は飛び上がらんばかりに驚いた。振り向けばコートのポケットに手を入れて口の端を歪めた主任が立っていた。スーツの上から羽織った黒いコートの丈は主任の膝裏まであり、悔しいほど良く似合っていた。

「行こうか」
「はい」
 主任の言葉に僕は素直に頷いた。主任はコートの裾を翻して歩き出した。僕もその後ろを歩き出す。

「早かったんですね」
 何気なく前を歩く主任に声をかける。主任は振り返ることなく答えた。

「営業に出てそのまま直帰」
 それは職権乱用じゃないだろうか。
 一瞬口にしかけてなんとか押し込んだ。こんなこと言ったら何を言われるか分かったもんじゃない。

「そうですか」
「篠原くん今日休みだったんでしょ。何してたの?」
 主任は歩く速度を緩め、振り返り笑って言った。その笑みを見て僕は内心げんなりした。絶対何言っても馬鹿にされる。

「ん?」
 沈黙した僕を主任はおかしそうに嘲笑う。僕は内心溜息を吐いた。

「母の所です」
 視線を逸らして答えたから、主任がどんな表情をしていたのかは分からない。

「そうか、親孝行だな」
 主任の言葉は意外な物で、僕は思わず顔を主任に向けた。だけど主任はもう前を向いていて、やっぱりどんな表情をしていたのかは分からなかった。

「乗れ」
 駅前の駐車場に着いて主任が顎で示したのは、主任の愛車だった。助手席に乗り込む前にふと空を見上げると、さっきまで僕たちを照らしていた月は雲に隠れて翳ってしまっていた。




 主任が車を走らせて向かった先は、いつも利用しているラブホテルだった。スムーズに車を駐車場に入れてエンジンを切る。
 黙ったままドアを開いて外に出ると、なんとも言えない居たたまらなさが胸に広がった。

 やっぱり男同士で来るところじゃないよな……。

 内心溜息を吐きながら、先を行く主任に必死に着いていく。

 フロントに入ると誰も居ないのが救いだった。手続きを済ませてエレベーターに乗り込むと気まずい沈黙が流れた。でも口を開いても出る言葉がない。しょうがないからそのまま口を閉じていた。

 軽快な機械音を立てて扉が開くと、主任はコートの裾を翻して部屋へと向かう。
 部屋へ入ると独特の雰囲気が僕たちを包み込む。

「シャワー浴びますか? それともお風呂沸かしましょうか?」
 コートを脱いでソファに投げる主任に背を向けて声をかける。

 バスルームどこだっけと辺りを見回す。この間来た時とは部屋が違うから分かりにくい。
 大体見当をつけてドアを開けようとすると、急に腕が動かなくなった。自分の体を見下ろすと、主任の腕が僕の体に絡みついていた。

「やる前はシャワー浴びないって言ったでしょ」
 後ろから抱き締められる力が強くなり、耳元に煙草の匂いのする息がかかる。その生温かさに僕は一瞬で体を硬直させた。

「いい加減覚えようね」
 そう言って主任は首筋に顔を埋めた。
 あぁそうだった。主任は人の体臭を嗅ぐのが好きなのだ。シャワーを浴びてその匂いが消えるのを嫌う。
 しばらく首筋に顔を埋めて満足したのか、主任はそのまま舌を這わせた。ぬるっとした感触が首筋を撫で、僕は背筋を震わせた。

 思わず腰が抜けそうになるのを必死に耐え歯を食いしばる。首筋を撫でていた舌はそのまま耳へと移動した。
 ビクリと震えた腰を抱いて、主任はそのまま耳への愛撫を続ける。

「……あぁ」
 噛み殺せない喘ぎ声が漏れ、恥ずかしさで胸がいっぱいになる。

「本当に感じやすい体だな」
「……っ」
 耳元で囁かれ背筋が震える。そのまま崩れそうになるのを必死に耐えて壁に手をつく。

 クスリと小さな笑い声が聞こえ、主任は右手で俺を抱きかかえ、左手をするりと太ももに這わせた。そのまま二、三回円を描くように撫で、徐々に上に移動する。
 ビクビクと足を震わせる僕に気付いているのかいないのか、主任の手は膨らみかけたそれに到着する。

「あっ……」
 主任の手から逃れようと思わず腰を引く。すると背中に何か硬い物が当たり、ギクリと体の動きを止めた。一瞬当たった主任のそれは冷静に僕を抱きとめる主任本人とは裏腹に、硬く反り返っているのが服の上からでも分かるほどだった。

 もう一度小さな笑い声が耳元で響いて、煙草の匂いがやけに鼻につく。人の匂いが好きだと言った本人からは煙草の匂いしかほとんどしなくて、煙草を全く吸わない僕にとっては不快なだけだった。
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