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一章

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 俺の休日の過ごし方はこうだ。

 昼近くまで寝て、起きて、各種アプリのログボを獲得して、定期購読の漫画を読み、アニメを観て、ゲームをして、そこそこに掃除洗濯をして、夜は自己嫌悪に陥って、酒に溺れて、終わる。

 買い物は殆どネットショップ。言わずもがな超インドアだ。家から一歩も出ない日は珍しくない。
 
 平日はただでさえ向いてない営業で精神を擦り減らしているのだ。休日くらい誰とも喋らずに過ごしたい。


『ヒロ、あのボディが好み?』


 しかし今日はそういうわけにもいかなかった。


「うん?」
『ずっと見つめてる。分かった。あのボディ乗っ取ってくる』
「い、いやいや待て待て!!」
 

 俺の傍から離れていく手を掴んだ。するとぶわっと花びらが飛び散る幻覚が見えてしまう。美しい顔面に可憐な笑みが浮かび、『ヒロ、手を繋ぎたいの?』と指を絡め取られる。


「…お、おーう」


 口角をひくひくと痙攣させた。俺が見てたのはマネキンだ。厳密に言えばマネキン型アンドロイド。様々な体格のアンドロイドがこちらに笑顔を向けている。空中に浮かび上がるモニターには、身長や胸囲などの情報が表示されていた。


『積極的なヒロも好きっ』
「ぇ、えーと、ナオの体格に近いのはb-2か?」


 絡め取られた指はがっちりホールドされ、手を繋ぐ形になる。チラリと視線を落とす。先日、自己破壊によりズタズタにされたナオの手首がそこにある。応急処置として包帯でぐるぐる巻きにしているが、痛々しさは隠せていない。むしろ増してる気がする。


『どんなヒロも…大好き……』


 熱視線をビシバシと感じるが、スルーして、空いてる手でディスプレイに数字を打ち込む。そうすれば、該当のアンドロイドは一礼し、こちらに向かって歩いてきた。


『b-2です。お選びくださりありがとうございます。どうぞお客様』


 シルバーの服が差し出される。アンドロイドが着用しているものと同じ服で、形は健康診断で着るような簡易なものだ。絡みつくナオの手をするりと放し、服を受け取る。そのときマネキンの指先が触れる。ナオと同様、ひんやりとした感触だ。どんなアンドロイドも体温は存在しないらしい。「ありがとう」と返事をすると、隣からジッ…と視線を感じた。


「なんだ?」
『ううん。何でもない』


 ナオは口角を上げた。そして気付く。ナオの瞳が青い。昨日まで赤色だったと思うが、日によって色が変わるのだろうか。しかし一瞬だが瞳孔に赤い稲妻が走ったような気がした。その時だ。マネキン型アンドロイドはサッと両手を下ろし、俺たちの傍から離れる。

 笑顔は消え、恐ろしいものに遭遇したかのように、口をぱくぱくと動かし、『失礼しました』と深々と頭を下げた。


「?」
『ヒロ、用は済んだ?行こう』
「…ああ」


 なんだ?
  
 怪訝な顔をして、その場から去った。


《こちらインフォメーション。こちらインフォメーション。本日点検のお客様は受付で手続きを完了してください。受付までドローンが案内します》


 アナウンスが響く。俺は頭上にふよふよ浮かぶドローンを見上げた。案内型ドローンか。商業施設などで最近よく見かけるようになった。四つ脚の小型機の上部にはプロペラが回転しており、前方に液晶画面がついてる。そこに《→》と表示されていた。矢印の方に受付があるんだろう。ドローンに案内されるがまま歩いた。


《ようこそ。ノアルド研究所へ》


 すれ違うアンドロイドはそう言って爽やかな笑顔を浮かべる。この施設に従事しているアンドロイドだろう。皆、立て襟の制服を着ていた。生地は光沢のある灰色。肩の辺りにブルーの線が引かれている。彼らの片耳には小さなひし形のプレートようなものがぶら下がっていた。人間と区別する為の目印か。それには型番らしき数字が刻まれている。


「ナオ、手続きするから、俺から離れないでくれ」


 受付に到着した。休日だからか施設内は混雑している。ぼんやりしていたらはぐれそうだ。そう言うと、腰に手が回る。そして、「ぐぉ…」と呻いた。ぎゅうううと強く抱き締められたのだ。『うん…離れない』と耳にデロデロに甘い声が落ち、ゾクッと背筋が震えた。

 …密着して欲しいと言ったわけじゃないんだが……

 俺はごほんと咳払いして、受付の女性に声をかけた。


「あ…すみません」
「ようこそ。本日点検のお客様ですか?」
「え、ええ。予約番号は―」
「―はい。確認できました。点検カードを発行しますね」
「あ…すみません。破損部の修復って追加できますか?アンドロイドの手首が破損していて…」
「メニューの追加ですね。少々お待ちください」
「…すみません」


 女性はパソコンを操作する。俺はペコペコと頭を下げた。何度“すみません”と言えば気が済むのだ。心の中でセルフツッコミを入れる。もはや口癖である。謝ってないと落ち着かない。営業マンの職業病か。それとも俺だけか。己の情け無さに肩を落とす。
  

 それにしても


「…色んなアンドロイドがいるんだな……」


 辺りを見渡す。隣の列には浅黒い肌に筋骨隆々な男たちが並んでいる。彼らもアンドロイドだろう。建設現場で同じ顔のアンドロイドを何度か見たことがある。筋肉、かっけえなぁ…。俺も鍛えれば今よりマシな見た目になるだろうか。ぼんやり考えていると、ナオは俺の顔を覗き込む。


『どうしてあのアンドロイドばかり見つめているの?』


  やや不満気な声が落ちた。


「え、いや、……色んな種類のアンドロイドがいるんだな、と思って…」


 ギクッと肩を跳ね上げた。あれだけマッチョになれば、他人から舐められずに済むだろうか、自己肯定感上がるかな、なんて考えてた、とは言えない。少し目を逸らして、そう返した。


『へえ』


 ぎゅうと抱き締める力が強さを増した。暗い声色だ。耳朶を喰まれ、ちろりと舐められる。「…っなんだよ」とナオのほうに顔を向けると、彼は小首を傾げて笑った。


『僕が一番綺麗?可愛い?ヒロの好み?』
  

 俺はポカンと口を開けた。


「ぁ、ああ、うん。綺麗だし可愛いし...好みだよ」


 しどろもどろになりながら、頷く。そうすればナオは頬を赤らめた。


『…嬉しい』


  ちゅ

 そのままキスされた。唇同士、触れるだけのキスだ。俺は半目になった。ナオは随分と自らの容姿を気にする。持ち主の贔屓目なしにナオはとびきりの美人だ。何をそんなに心配する必要があるのか。

 すると、ぷっと吹き出すような笑い声が落ちた。


「あはは。すごい。こんなにラブラブな“機械と人間のカップル”見たことないですよ。よく学習させたんですね」


 隣の列にいた少年だ。このガタイの良いアンドロイドたちの持ち主か。線の細い黒髪の少年だ。格好は黒のオーバーサイズのパーカーに膝が隠れるほどのズボン。片耳から唇にかけてチェーンが垂れている。ピアスで繋がってるんだ。他にも数多のアクセサリーが耳や指に煌めいている。顔立ちは幼い。声を発するまで少女かと思った。恐らく中学生くらいだろう。金持ちの子供なのか。よく分からないが、この屈強なアンドロイドたちの所有者としてはあまり似つかわしくなくて、少し驚いてしまった。


「……いえ…俺は何もしてないです……。あ、でも、中古なので前の持ち主が熱心だったのかもしれません…」
「中古?ちなみにおいくらで買ったんですか?」
「さ、30万です…」


 いきなり突っ込んだ質問をするな、と顔が引き攣る。


「またまたぁ」
「?」


 少年は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「こんなビジュアル最高グレードの最新型アンドロイドが30万で売り出される?あはは!面白い冗談ですねぇ」
「…え」
「仮に中古だとしても零二つくらい加えた値段が相場ですよ。頑張って貯金して買ったんでしょう?隠さなくてもいいのに!」
「……え、えーと」
「それともローンを組んでるの?恥ずかしいんですか?」


 そこまで言い切られるとどう反応すれば良いのかわからない。金の話はあまり好きじゃない。子供相手にムキになっても仕方ないだろう。狼狽えていると、ナオは『相手にしなくていいよ』と耳打ちをする。俺は賛成の意を込めて肩をすくめた。


「お待たせしました。それではこのカードをどうぞ」
「あ、はい」


 タイミング良く、受付の女性は銀色のカードを差し出す。


「メニューを追加しました。点検に1時間、修復に1時間、およそ2時間かかります。その間、施設内のカフェでお過ごしくださいね。こちらカフェのクーポンです」
「ど、どうも…」


 案外すんなりメニューを追加できて安堵した。たった2時間で点検も修復もできてしまうのか。凄い技術だ。


『ヒロ、またあとで』
「おう」


 そして、ナオは点検ゲートをくぐって行った。先程レンタルした点検着を片手に持ち、手を振るナオ。意外とあっさりしてんな。てっきり『離れたくない…』ぐらい言われるかと思った。

 …やっぱり俺の考え過ぎか?ナオは恋人型アンドロイド。プログラム通りに“恋人”として振る舞っているだけで、俺がそういうことに免疫がなさすぎるのか。


「……うーん…」


 ベッドに強制連行したり、手足を拘束してディープキスしたり、尻の穴を弄ったり…、恋人同士ならああいうのは日常茶飯事で、普通のことなのかもしれない(俺がプレイしてきたギャルゲーにそういうイベントはなかったが)。まあ兎に角、ナオがウイルスに感染してないんだったらそれでいい。


「考えるだけ無駄か。なんてったって俺…恋愛経験皆無だし…」


  俺は控えめに手を振り返す。すると周りから突き刺すような視線を感じた。ナオは華がある。そんなアンドロイドの所有者が俺。「何故、貴様のような男があんな美しいアンドロイドを?」と言わんばかりの鋭い目つきで睨まれ、ビクッと肩を揺らした。


「…っ…」
  

 俺は逃げるようにその場から離れた。
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