6 / 13
善意の悪意/5
しおりを挟む
一先ず眠り掛けていたアリスを起こし、松井の名前を聞いた直後、がん、と硬い物が叩きつけられる音が鳴った。
松井の手には、恐らくはここの資材だった物であろう鉄パイプが握られ、何故か怒りに満ちた表情で梁人を凝視していた。
「で、お前がサツだったとして何の用なんだよ!」
「はぁ……」
脅しているつもりなのだろうが、今更鉄パイプを持った男ごときに梁人が怖気付く訳も無く、溜息で返す。
それを松井は面白くないらしく、びっ、と鉄パイプの先端をアリスへと向けた。
「そのガキから、ぶっ殺してやろうか!?」
「いいぞ」
「はっ! やっぱりガキは大事か────ん?」
松井が目を丸くして梁人を見た。
「だから、いいぞ。そいつ殺せ」
「な、何言ってんだお前?」
「お前がこのガキを殺すって言ったんじゃないか。さ、やれよ」
「は……はぁ!?」
「なんだ殺せないのか」
「当たり前だろうが! てめぇイカれてんのか!?」
「じゃあ退け。僕はこの先に用事があるんだ。いくぞアリス」
結局、名ばかりのアウトロー気取りで、この男に人を殺す事は出来ない。
半ば眠り掛けているアリスを促して梁人が先へ進もうとすると、松井は両腕を広げて二人の前に立ちはだかった。
その表情からはどこか必死さが滲み出ているのを見て、梁人は理由を察した。
「〈ペイルライダーズ〉」
その名を告げられた途端、松井は狼狽え始めた。
「お前、この先に用があるって事は……やっぱアイツの仲間か!」
「アイツ? 〈ペイルライダーズ〉を殺して回ってるヤツの事か?」
松井の言うアイツというのが首狩りもとい〈善意の悪意〉の事を指しているのなら、やはりこの男からは聞き出さねばならない事がある。
梁人は松井へと詰め寄って、その光を感じさせない漆黒の瞳でじろりと見つめる。
「お前、何か知ってるのか?」
「しらばっくれんなよ……! お前をこの先に通す訳にはいかねぇ」
松井が鉄パイプを構え、梁人を怒りの込もった瞳で睨みつける。
同時に梁人は一歩引いていた。
松井が溢れんばかりの殺意を現し、ぶぉん、と振るわれた鉄パイプが梁人の眼前を掠め、なるほど本気だと静かに瞑目する。
「ちっ、このゴミが!」
舌打ちをして、松井は空振った腕を引き戻して再度構える。
「面倒だな」
呟いて、そもそもこうなった原因の一端がアリスにある事を思い出した。
アリスが居るせいで自分が警察官だという事実の信憑性が薄れるのだ、と忌々しげにアリスを一瞥して梁人は坊主頭の猛攻を軽くいなす。
当のアリスはと言えば、またしてもこくりこくり、といぎたなく眠ろうとするばかり。
いい加減苛立ちを募らせた梁人が怒号を飛ばした。
「起きろアリス!」
「んはっ……! なんだ、梁人か……」
「見ろ。襲われてるんだ、寝てる場合じゃないんだよ」
アリスと言葉を交わしながらもぶんぶんと振るわれる鉄パイプを梁人はスウェーで避ける。
「そんな雑魚とっとと倒せばいいじゃないか」
寝ぼけ眼のアリスがそんな事を言って、一つあくびをする。
「それはお前の仕事だ」
梁人は後ろへと飛んで、松井との間に距離を取った。
「逃がすかよぉ!」
追って、松井が鉄パイプを振り上げた。
────事件解決にあたり、警察上層部がアリスを利用したのは、彼女こそが全ての首謀者であり、〈レッドクイーン〉と呼ばれるもう一人のアリスの製作者にして〈異能〉の持ち主だからだった。
そのアリスがどうして梁人をパートナーに選んだのか、そこには恋愛感情だけでない理由が一つだけ存在する。
梁人自身には特殊な力がある訳では無い、有るのは多少奇妙な心の在り方。
アリスが梁人を選んだのは、彼が彼女を怖れないからである。
恐怖を理解し、畏れないだけの心。
故に梁人は、どんな危険と遭遇しても、躊躇わずに前へと踏み出す事が出来た。
だから、こんな事も出来る────
直後。
がん、と大きな音が鳴って、松井が笑った。
「へへ……!」
松井の振り下ろした鉄パイプは見事に梁人の頭へと打ち付けられ────頭部から流れた血液が額を伝い、顎先から滴る。
しかし。
「どうした?」
平然と松井を見据える黒い目があった。
「普通……死ぬだろ?」
呆気に取られた松井が一瞬硬直し、後ずさった。
松井の手には、恐らくはここの資材だった物であろう鉄パイプが握られ、何故か怒りに満ちた表情で梁人を凝視していた。
「で、お前がサツだったとして何の用なんだよ!」
「はぁ……」
脅しているつもりなのだろうが、今更鉄パイプを持った男ごときに梁人が怖気付く訳も無く、溜息で返す。
それを松井は面白くないらしく、びっ、と鉄パイプの先端をアリスへと向けた。
「そのガキから、ぶっ殺してやろうか!?」
「いいぞ」
「はっ! やっぱりガキは大事か────ん?」
松井が目を丸くして梁人を見た。
「だから、いいぞ。そいつ殺せ」
「な、何言ってんだお前?」
「お前がこのガキを殺すって言ったんじゃないか。さ、やれよ」
「は……はぁ!?」
「なんだ殺せないのか」
「当たり前だろうが! てめぇイカれてんのか!?」
「じゃあ退け。僕はこの先に用事があるんだ。いくぞアリス」
結局、名ばかりのアウトロー気取りで、この男に人を殺す事は出来ない。
半ば眠り掛けているアリスを促して梁人が先へ進もうとすると、松井は両腕を広げて二人の前に立ちはだかった。
その表情からはどこか必死さが滲み出ているのを見て、梁人は理由を察した。
「〈ペイルライダーズ〉」
その名を告げられた途端、松井は狼狽え始めた。
「お前、この先に用があるって事は……やっぱアイツの仲間か!」
「アイツ? 〈ペイルライダーズ〉を殺して回ってるヤツの事か?」
松井の言うアイツというのが首狩りもとい〈善意の悪意〉の事を指しているのなら、やはりこの男からは聞き出さねばならない事がある。
梁人は松井へと詰め寄って、その光を感じさせない漆黒の瞳でじろりと見つめる。
「お前、何か知ってるのか?」
「しらばっくれんなよ……! お前をこの先に通す訳にはいかねぇ」
松井が鉄パイプを構え、梁人を怒りの込もった瞳で睨みつける。
同時に梁人は一歩引いていた。
松井が溢れんばかりの殺意を現し、ぶぉん、と振るわれた鉄パイプが梁人の眼前を掠め、なるほど本気だと静かに瞑目する。
「ちっ、このゴミが!」
舌打ちをして、松井は空振った腕を引き戻して再度構える。
「面倒だな」
呟いて、そもそもこうなった原因の一端がアリスにある事を思い出した。
アリスが居るせいで自分が警察官だという事実の信憑性が薄れるのだ、と忌々しげにアリスを一瞥して梁人は坊主頭の猛攻を軽くいなす。
当のアリスはと言えば、またしてもこくりこくり、といぎたなく眠ろうとするばかり。
いい加減苛立ちを募らせた梁人が怒号を飛ばした。
「起きろアリス!」
「んはっ……! なんだ、梁人か……」
「見ろ。襲われてるんだ、寝てる場合じゃないんだよ」
アリスと言葉を交わしながらもぶんぶんと振るわれる鉄パイプを梁人はスウェーで避ける。
「そんな雑魚とっとと倒せばいいじゃないか」
寝ぼけ眼のアリスがそんな事を言って、一つあくびをする。
「それはお前の仕事だ」
梁人は後ろへと飛んで、松井との間に距離を取った。
「逃がすかよぉ!」
追って、松井が鉄パイプを振り上げた。
────事件解決にあたり、警察上層部がアリスを利用したのは、彼女こそが全ての首謀者であり、〈レッドクイーン〉と呼ばれるもう一人のアリスの製作者にして〈異能〉の持ち主だからだった。
そのアリスがどうして梁人をパートナーに選んだのか、そこには恋愛感情だけでない理由が一つだけ存在する。
梁人自身には特殊な力がある訳では無い、有るのは多少奇妙な心の在り方。
アリスが梁人を選んだのは、彼が彼女を怖れないからである。
恐怖を理解し、畏れないだけの心。
故に梁人は、どんな危険と遭遇しても、躊躇わずに前へと踏み出す事が出来た。
だから、こんな事も出来る────
直後。
がん、と大きな音が鳴って、松井が笑った。
「へへ……!」
松井の振り下ろした鉄パイプは見事に梁人の頭へと打ち付けられ────頭部から流れた血液が額を伝い、顎先から滴る。
しかし。
「どうした?」
平然と松井を見据える黒い目があった。
「普通……死ぬだろ?」
呆気に取られた松井が一瞬硬直し、後ずさった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる