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最終章 終焉(ナミル・魔界編)
良太
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”ゆうにぃ、待ってたよ”
時空が歪んだかのような錯覚に陥った後、目を開けると大きくて真っ白なベッドが目の前にあり、天蓋がつけられていた。薄暗い空間のはずなのにその真っ白なベッドのせいで眩しく感じる。でも、部屋の所々には黒い靄が漂い、ここが魔界であることを示していた。
”ゆうにぃのためにこの部屋を用意したんだよ”
”ゆうにぃが問題なく過ごせるように施しておいたから安心して僕たちの子供を産んでね”
良太は俺の顔を一切見ることなく、淡々と言い放つ。その背後からは紫色のような黒色のような靄が渦巻いているのが見えた。でも、どこかおかしい。
良太は振り返ることなく小さなテーブルに置かれていたグラスに口をつけた。俺が良太の名を呼ぶよりも先に、良太が振り返り俺の顎を掴むと口づけをした。良太の唇は濡れていて柔らかく唇に触れた。
「んんっ……」
慣れたように舌は少しの隙間からいとも簡単に口の中へと侵入して蹂躙する。その舌が口へと入ってくると同時に何か生温い液体がどろっと入ってきた。良太は俺にそれを飲み込ませようと奥深くまで舌で口の中をかき混ぜ、否応なしにそれを嚥下させた。
その何かは果実のような甘い香りで頭を浸透させ身体を火照らせ、少し熱くなったと思えば、急激に苦みを帯び、熱さと痛みを覚えさせた。
良太は俺がその液体を完全に嚥下したことを確認すると、ほくそ笑み、俺をベッドへと突き飛ばした。
胃のむかつき、喉の痛み、でも、身体はそれを上回る火照りで身もだえるしかなかった。
そして、先ほど飲ませた液体が妊娠させる薬・ニーファだということに気づいた。
良太は何も言わず押し倒した状態で俺を見ていた。痛みや熱さがあるのに、何故か頭は冷静で、覗き込む良太の瞳を見つめ返した。ようやく良太と視線を交えたと思えば、驚いて俺は目を見開いた。
良太の栗色の柔らかい髪も薄茶色で綺麗だった瞳も、所々に濃い紫色が混じっている。
俺とは異なる良太の髪質や瞳の色を羨んだこともあったのに、所々黒いような紫色を帯びている今は歪に感じた。
”ゆうにぃ……”
良太が喋る度に地は震える。地面だけじゃない。声も震えている。見た目は良太なのに入り混じる紫色の魔障に震える声を見ると、以前見た魔王を思いださせた。手を伸ばそうとすると良太の黒い靄がひと際大きく広がった。それがひどく不気味で、ひどく怖くて俺の手も震えた。
ーーあぁ、もう俺の知っている良太はいない……良太は人ではない何かになってしまった……
それがひどく悲しくて、辛くて、俺を見つめる良太の頬にそっと触れた。
良太はその手に驚きビクッとした後、嬉しそうな、でもどこか悲しげに眉間にしわを寄せて泣きそうな顔をした。
”ゆうにぃ……身体がアツい……魔力を止められない……”
人ではない何かになってしまった良太も自分に戸惑っているのかもしれない。
はっと我に返った良太は頭を振ると、黒い靄がまた湧き上がる。先ほど垣間見せた切ない表情を消し去って、良太はまた口づけを落とした。良太が硬くなった分身を俺の腰に擦り付け、抱くつもりなのだと身体が硬直し強張る。抵抗しようと良太の肩を押し返す。
”あぁ、拘束は嫌だって言ってたんだっけ……”
肩を押し返すよりも先に、低く沈んだような声で良太はそう言い放った。部屋のどこからか細いツタが数本蠢きながら伸びてきて、俺の手首を捕らえると頭上へと固定させた。
そのツタには小さな棘がいくつもあり、手首から血が出て身体の痛みとは別の苦しみを与えた。その棘と痛みに気を取られていると、ガチャンという音が足元からした。パッと見ると良太が俺の右足首に足枷をはめたのだ。
「りょ、うた……」
良太の瞳の紫色や黒色が濃くなったり薄くなったりして、その度に震えている様を見ると良太は苦しんでいるのだと分かる。その苦しさを紛らわすかのように良太は俺の首や鎖骨、胸にキスを落とすのに、その唇もまた震えていた。
思うように動けない良太は戸惑っているようだった。俺の身体は痛みで汗ばみ、腹の奥底は燃えるように熱を持っている。でも、それ以上に良太の方がしんどそうだった……。
”ゆうにぃ、僕を選んで……僕を好きになって……愛して……”
「りょうた……でも……」
俺たちは兄弟で、という言葉はどうしても言えなかった。先ほどの光景を思い出す。小さなころからずっと俺を追いかけていた良太。苦しんでいる良太を前にして拒絶する言葉をどうしても言えなかった。
「分かったから……お願いどうかもうこれ以上……」
咄嗟に口に出していた。良太の求めている好きと俺の好きは違うかもしれない。でも、これ以上誰かを巻き込むのも、俺の知らない良太を見ていくのも嫌だった。 良太の気持ちと俺の気持ちの形は違うかもしれない。それでも俺は良太を見捨てることができない。俺に自信と誇りを、そして愛情を教えてくれた大輝さん、ごめんなさい。
このままでは良太は黒い靄に取り込まれてしまう。良太の想いに答えるわけじゃないけど、この世界を破滅に導かないために、良太の元へ行くことを許して……。
「分かったから、良太」
良太にもう一度ゆっくりその言葉を放つと、良太は大きな目を見開き、唇を這わせていたのをやめて顔を上げると俺をじっと見つめた。不思議そうにこちらを見る良太のその姿は小さい子が本当に?と疑っているかのようだった。
”ゆぅ、にぃ……”
小さい頃から良太しか言わない俺の愛称を呟くと、良太の身体の気味の悪い黒い靄がひと際大きくなり良太を包み込んだ。抑えきれない魔力が暴走しているのだ。
「りょうたっ……!」
良太が何処かへ行ってしまう。慌てて起き上がると、手首についていたツタは消え去り、足枷もなくなっていた。気味の悪い靄だけが空間を支配していた。良太は足元でうずくまり、黒い靄に包まれながら浅い呼吸をしていた。
「りょうた、りょうた……起きて……」
倒れている良太を抱きとめるも、冷たくて肌も青白くなっていた。魔力の暴走を食い止めることはできず、良太の身体もその沸騰するような暴走に持ちこたえることはできないのだと感じ取った。
何度も良太に呼びかけると、良太は薄っすらと瞼を上げた。
”ゆうにぃ、僕を嫌いにならないで……忘れないで……ずっと好きでいて……ずっと、ずっと傍にいて……”
いつもの明るさはないその良太の声は、懇願する子供のようだ。
生まれた時からずっと一緒だった双子の弟。良太が、心の底から俺に縋る言葉を投げかけるのは初めてかもしれない。それぐらいに良太はいつもうまいこと立ち回り、自分の都合の良いように動かしていた。でも、この声を本気だと感じずにはいられなかった。
「良太のこと忘れないよ……ずっと傍にいる……だから、だから、これ以上俺の知らない良太にならないで……俺を見て……戻ってきて……」
良太がその言葉を聞いて目を見開き、紫と茶色が混じった歪な瞳で俺を見て目じりに涙を溜めた。その目じりに溜まる薄い紫色の涙は綺麗で、手でそっと拭った。
”ゆうにぃ、こわい……あつい……”
良太の手は雪に手を突っ込んだかのような冷たさで、震えていた。その震えた手ですがるように俺の頬へと手を伸ばした。先ほどまで良太と見つめ合っていたはずなのに、こちらを見る良太の瞳は俺と合うことはなく、宙を彷徨っている。
何度も震えた声で俺の名を呼び、怯え、助けを請うので、俺は良太をしっかりと抱きしめて良太の名を何度も読んだ。良太の身体は酷く冷えていて、抱きしめている俺の熱さえも冷やしていくようだ。
ーー戻ってきて欲しい……
周りを巻き込み、人の命さえも奪い、良太がしてきたことは許されないことだと分かっているけど、それでも俺は良太に戻ってきて欲しかった。
ーー俺も一緒に罪を背負うから、俺の家族を、双子の弟を奪わないで……
”……ゆうにぃ”
良太がまた小さく震えた声で俺を呼ぶ。でもその声は酷く弱々しく、もう力尽きそうなのだと分かった。良太を抱きしめて、良太が求めている言葉を耳元で囁いた。
”ふふっ……ゆうにぃ、嬉しい……”
良太が焦点の合わない瞳で頑張って俺を探し求め、また手を差し出したので、手を握り、分かるようにと頬へと持って行った。良太は最後の力を振り絞って、俺の唇に手を触れて唇を這わせた。
冷たいその唇は、薄い紫色の涙を纏い、優しく這わせるだけの接吻だった。
冷たい手も冷たい唇も力なく俺から離れていった。唇が濡れているのは良太の涙のせいだと思っていたけど、自分自身も泣いていることに気づいた。
「りょ、うた……りょう、た……りょうた……」
何度も呼びかけるも良太が返事することもなく、瞼は閉じたままだった。
良太の胸が浅く動いているので、まだ息はあるけど、このままでは死んでしまう……。
でも、この世界を滅ぼそうとした良太を、誰が助けてくれる……?
良太を助けようとする俺は傍から見るとおかしいのかもしれない。
でも、どれだけ酷い目に合わされても、俺には弟である良太を見捨てることが出来ない……。
ーー誰か……誰か……良太を助けて……
その時、背後で誰かの気配がした。ぼやけた視界でその気配の方を見ると大輝さんがいた。
大輝さんが追いかけてきてくれたらしい。
「だ、いきさん……りょうたが……りょうたが……」
「大丈夫だ、今助けてやる」
大輝さんが俺を安心せるように抱きしめて、そう囁いた。大輝さんのその言葉に驚き、見上げると大輝さんは優しく微笑む。大輝さんは小さな鞄から様々な薬草や木の実を並べた。大輝さんが時折、薬草や木の実の名前を呟くので俺はすぐさまそれを渡して、手伝った。
「……どうなるか分からない。でも、これを飲ませて様子を見るしか……」
俺は頷き、大輝さんからその薬を受け取った。
「……大輝さん、ごめんなさい。今だけ目を閉じてもらえませんか……」
死に瀕している良太は自ら薬を飲むことができない。俺が飲ませるしか他なかった。大輝さんの目の前で。
大輝さんは何も言わずにぎゅっと俺を抱きしめた。俺のこの気持ちを読み取り、安心させようとしてくれている。
調合したいくつかの薬を良太に飲ませると、薄茶色の髪に歪に入り混じった紫色は徐々に消え去り、冷えた身体は熱を取り戻し始めていた。
時空が歪んだかのような錯覚に陥った後、目を開けると大きくて真っ白なベッドが目の前にあり、天蓋がつけられていた。薄暗い空間のはずなのにその真っ白なベッドのせいで眩しく感じる。でも、部屋の所々には黒い靄が漂い、ここが魔界であることを示していた。
”ゆうにぃのためにこの部屋を用意したんだよ”
”ゆうにぃが問題なく過ごせるように施しておいたから安心して僕たちの子供を産んでね”
良太は俺の顔を一切見ることなく、淡々と言い放つ。その背後からは紫色のような黒色のような靄が渦巻いているのが見えた。でも、どこかおかしい。
良太は振り返ることなく小さなテーブルに置かれていたグラスに口をつけた。俺が良太の名を呼ぶよりも先に、良太が振り返り俺の顎を掴むと口づけをした。良太の唇は濡れていて柔らかく唇に触れた。
「んんっ……」
慣れたように舌は少しの隙間からいとも簡単に口の中へと侵入して蹂躙する。その舌が口へと入ってくると同時に何か生温い液体がどろっと入ってきた。良太は俺にそれを飲み込ませようと奥深くまで舌で口の中をかき混ぜ、否応なしにそれを嚥下させた。
その何かは果実のような甘い香りで頭を浸透させ身体を火照らせ、少し熱くなったと思えば、急激に苦みを帯び、熱さと痛みを覚えさせた。
良太は俺がその液体を完全に嚥下したことを確認すると、ほくそ笑み、俺をベッドへと突き飛ばした。
胃のむかつき、喉の痛み、でも、身体はそれを上回る火照りで身もだえるしかなかった。
そして、先ほど飲ませた液体が妊娠させる薬・ニーファだということに気づいた。
良太は何も言わず押し倒した状態で俺を見ていた。痛みや熱さがあるのに、何故か頭は冷静で、覗き込む良太の瞳を見つめ返した。ようやく良太と視線を交えたと思えば、驚いて俺は目を見開いた。
良太の栗色の柔らかい髪も薄茶色で綺麗だった瞳も、所々に濃い紫色が混じっている。
俺とは異なる良太の髪質や瞳の色を羨んだこともあったのに、所々黒いような紫色を帯びている今は歪に感じた。
”ゆうにぃ……”
良太が喋る度に地は震える。地面だけじゃない。声も震えている。見た目は良太なのに入り混じる紫色の魔障に震える声を見ると、以前見た魔王を思いださせた。手を伸ばそうとすると良太の黒い靄がひと際大きく広がった。それがひどく不気味で、ひどく怖くて俺の手も震えた。
ーーあぁ、もう俺の知っている良太はいない……良太は人ではない何かになってしまった……
それがひどく悲しくて、辛くて、俺を見つめる良太の頬にそっと触れた。
良太はその手に驚きビクッとした後、嬉しそうな、でもどこか悲しげに眉間にしわを寄せて泣きそうな顔をした。
”ゆうにぃ……身体がアツい……魔力を止められない……”
人ではない何かになってしまった良太も自分に戸惑っているのかもしれない。
はっと我に返った良太は頭を振ると、黒い靄がまた湧き上がる。先ほど垣間見せた切ない表情を消し去って、良太はまた口づけを落とした。良太が硬くなった分身を俺の腰に擦り付け、抱くつもりなのだと身体が硬直し強張る。抵抗しようと良太の肩を押し返す。
”あぁ、拘束は嫌だって言ってたんだっけ……”
肩を押し返すよりも先に、低く沈んだような声で良太はそう言い放った。部屋のどこからか細いツタが数本蠢きながら伸びてきて、俺の手首を捕らえると頭上へと固定させた。
そのツタには小さな棘がいくつもあり、手首から血が出て身体の痛みとは別の苦しみを与えた。その棘と痛みに気を取られていると、ガチャンという音が足元からした。パッと見ると良太が俺の右足首に足枷をはめたのだ。
「りょ、うた……」
良太の瞳の紫色や黒色が濃くなったり薄くなったりして、その度に震えている様を見ると良太は苦しんでいるのだと分かる。その苦しさを紛らわすかのように良太は俺の首や鎖骨、胸にキスを落とすのに、その唇もまた震えていた。
思うように動けない良太は戸惑っているようだった。俺の身体は痛みで汗ばみ、腹の奥底は燃えるように熱を持っている。でも、それ以上に良太の方がしんどそうだった……。
”ゆうにぃ、僕を選んで……僕を好きになって……愛して……”
「りょうた……でも……」
俺たちは兄弟で、という言葉はどうしても言えなかった。先ほどの光景を思い出す。小さなころからずっと俺を追いかけていた良太。苦しんでいる良太を前にして拒絶する言葉をどうしても言えなかった。
「分かったから……お願いどうかもうこれ以上……」
咄嗟に口に出していた。良太の求めている好きと俺の好きは違うかもしれない。でも、これ以上誰かを巻き込むのも、俺の知らない良太を見ていくのも嫌だった。 良太の気持ちと俺の気持ちの形は違うかもしれない。それでも俺は良太を見捨てることができない。俺に自信と誇りを、そして愛情を教えてくれた大輝さん、ごめんなさい。
このままでは良太は黒い靄に取り込まれてしまう。良太の想いに答えるわけじゃないけど、この世界を破滅に導かないために、良太の元へ行くことを許して……。
「分かったから、良太」
良太にもう一度ゆっくりその言葉を放つと、良太は大きな目を見開き、唇を這わせていたのをやめて顔を上げると俺をじっと見つめた。不思議そうにこちらを見る良太のその姿は小さい子が本当に?と疑っているかのようだった。
”ゆぅ、にぃ……”
小さい頃から良太しか言わない俺の愛称を呟くと、良太の身体の気味の悪い黒い靄がひと際大きくなり良太を包み込んだ。抑えきれない魔力が暴走しているのだ。
「りょうたっ……!」
良太が何処かへ行ってしまう。慌てて起き上がると、手首についていたツタは消え去り、足枷もなくなっていた。気味の悪い靄だけが空間を支配していた。良太は足元でうずくまり、黒い靄に包まれながら浅い呼吸をしていた。
「りょうた、りょうた……起きて……」
倒れている良太を抱きとめるも、冷たくて肌も青白くなっていた。魔力の暴走を食い止めることはできず、良太の身体もその沸騰するような暴走に持ちこたえることはできないのだと感じ取った。
何度も良太に呼びかけると、良太は薄っすらと瞼を上げた。
”ゆうにぃ、僕を嫌いにならないで……忘れないで……ずっと好きでいて……ずっと、ずっと傍にいて……”
いつもの明るさはないその良太の声は、懇願する子供のようだ。
生まれた時からずっと一緒だった双子の弟。良太が、心の底から俺に縋る言葉を投げかけるのは初めてかもしれない。それぐらいに良太はいつもうまいこと立ち回り、自分の都合の良いように動かしていた。でも、この声を本気だと感じずにはいられなかった。
「良太のこと忘れないよ……ずっと傍にいる……だから、だから、これ以上俺の知らない良太にならないで……俺を見て……戻ってきて……」
良太がその言葉を聞いて目を見開き、紫と茶色が混じった歪な瞳で俺を見て目じりに涙を溜めた。その目じりに溜まる薄い紫色の涙は綺麗で、手でそっと拭った。
”ゆうにぃ、こわい……あつい……”
良太の手は雪に手を突っ込んだかのような冷たさで、震えていた。その震えた手ですがるように俺の頬へと手を伸ばした。先ほどまで良太と見つめ合っていたはずなのに、こちらを見る良太の瞳は俺と合うことはなく、宙を彷徨っている。
何度も震えた声で俺の名を呼び、怯え、助けを請うので、俺は良太をしっかりと抱きしめて良太の名を何度も読んだ。良太の身体は酷く冷えていて、抱きしめている俺の熱さえも冷やしていくようだ。
ーー戻ってきて欲しい……
周りを巻き込み、人の命さえも奪い、良太がしてきたことは許されないことだと分かっているけど、それでも俺は良太に戻ってきて欲しかった。
ーー俺も一緒に罪を背負うから、俺の家族を、双子の弟を奪わないで……
”……ゆうにぃ”
良太がまた小さく震えた声で俺を呼ぶ。でもその声は酷く弱々しく、もう力尽きそうなのだと分かった。良太を抱きしめて、良太が求めている言葉を耳元で囁いた。
”ふふっ……ゆうにぃ、嬉しい……”
良太が焦点の合わない瞳で頑張って俺を探し求め、また手を差し出したので、手を握り、分かるようにと頬へと持って行った。良太は最後の力を振り絞って、俺の唇に手を触れて唇を這わせた。
冷たいその唇は、薄い紫色の涙を纏い、優しく這わせるだけの接吻だった。
冷たい手も冷たい唇も力なく俺から離れていった。唇が濡れているのは良太の涙のせいだと思っていたけど、自分自身も泣いていることに気づいた。
「りょ、うた……りょう、た……りょうた……」
何度も呼びかけるも良太が返事することもなく、瞼は閉じたままだった。
良太の胸が浅く動いているので、まだ息はあるけど、このままでは死んでしまう……。
でも、この世界を滅ぼそうとした良太を、誰が助けてくれる……?
良太を助けようとする俺は傍から見るとおかしいのかもしれない。
でも、どれだけ酷い目に合わされても、俺には弟である良太を見捨てることが出来ない……。
ーー誰か……誰か……良太を助けて……
その時、背後で誰かの気配がした。ぼやけた視界でその気配の方を見ると大輝さんがいた。
大輝さんが追いかけてきてくれたらしい。
「だ、いきさん……りょうたが……りょうたが……」
「大丈夫だ、今助けてやる」
大輝さんが俺を安心せるように抱きしめて、そう囁いた。大輝さんのその言葉に驚き、見上げると大輝さんは優しく微笑む。大輝さんは小さな鞄から様々な薬草や木の実を並べた。大輝さんが時折、薬草や木の実の名前を呟くので俺はすぐさまそれを渡して、手伝った。
「……どうなるか分からない。でも、これを飲ませて様子を見るしか……」
俺は頷き、大輝さんからその薬を受け取った。
「……大輝さん、ごめんなさい。今だけ目を閉じてもらえませんか……」
死に瀕している良太は自ら薬を飲むことができない。俺が飲ませるしか他なかった。大輝さんの目の前で。
大輝さんは何も言わずにぎゅっと俺を抱きしめた。俺のこの気持ちを読み取り、安心させようとしてくれている。
調合したいくつかの薬を良太に飲ませると、薄茶色の髪に歪に入り混じった紫色は徐々に消え去り、冷えた身体は熱を取り戻し始めていた。
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