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意外な展開 2
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お昼のシフトを終え、私は四十九階、もうひとつのロッカールームへ戻る。
六畳程の広さに金属製のロッカーとデスクが置かれている。いたってシンプル。白い壁に掛かる絵は、ひまわり。窓辺には観葉植物。
ここで密談をすることは無いので、明るく設えてある。
この部屋では主に周一郎さんへの報告書作成や調べ物、そして着替えをする。
夕日が室内に差し込み、パソコンの画面に光が差し込み始めた。
ブラインドを下ろし、口紅を塗り直す。
時計の針は十ハ時十分を指している。
「行きますか」
立ち上がると、私はエレベーターへと向かう。
清水君に会うためだ。
清水健介。
二十六歳。東都大学出身。中学から大学まで野球部で根っからのスポーツマン。
営業部 第二営業課小売り担当。社内での売り上げ実績はトップクラス。若い子だけでなく、おば様たちにもウケる爽やかなイケメン。
営業部があるのは二十階から二十五階まで。
エレベーターに乗り込むと、私は二十三階のボタンを押す。
指定の階でエレベーターが止まる。すると、運のいいことに清水君が乗り込んで来たではないか。
私はとっさに、『開く』と『一階』のボタンを押した。
「どちらの階ですか?」
さりげなく問いかける。
「あ、僕も一階です」
『閉める』を押し、ゆっくりとエレベーターが動き出す。
これは絶好のチャンス到来。
「こんな時間から外出ですか?」
笑顔で問いかける。
私の笑顔を無視できる人間は、いない。と豪語したいけれど、実は一人だけいる。
「ええ、顧客が流通系なので大抵この時間からが多いですね」
「量販店とかですか?」
「そうです。平日の昼間なんて暇そうな気がするんですけど、最近はそうでもないらしくて。夕方か夜に来てくれって言われるんですよ」
ふーん。
チンという音と共にエレベーターが止まる。
エレベーターが一階に着いた。
すかさず『開く』ボタンを押して「どうぞ」先に彼を行かせる。
「すみません」
軽く頭を下げながら清水君はエレベーターを降りる。
よしっ。ここからが演技の見せどころ。
「……きゃっ」
派手にフロアに転ぶ。ハイヒールの片方も床に転がる。
「えっ!?」
驚いて彼が振り返る。
「大丈夫ですか!?」
私の元へ駆け寄ってくれる。
ここまでは作戦どおり。
「は、はい。フロアとエレベーターの隙間に、ヒールが挟まっちゃったみたいです」
私は髪をかき上げながら、わざとらしくため息をつく。
「おっちょこちょいなんです。恥ずかしい」
半泣きの瞳で彼を見つめる。
必殺男殺しの潤る目。
これで落ちない男は……ほぼいない。一人を除いて。
清水君は辺りを見回している。私が思いきり蹴飛ばした黒いエナメルの片方のヒールを探してくれているようだ。
「えーと、靴……あ、あんな所まで飛んでる。僕拾ってきますね」
潤る目が効いたのか頬を赤く染めながら、私のヒールを拾いに行ってくれた。
私から三メートルは先に飛んだ靴を、彼が拾いに走る。
床に乙女座りの私に、「足とかくじいてませんか?」と聞いてくれるあたり、優しい子だと感心する。
「平気です。それより手を貸していただけませんか?」
「は、はい」
サッと、腕を伸ばし私が起き上がるのを助けてくれた。
「すみません、これからお客様とお会いになるのに、お時間が……」
「いつも時間には余裕を持って出ることにしているので、大丈夫ですよ」
笑顔が実に爽やかだ。
唯ちゃんの彼氏、いい子じゃない。
社会人としもマル。
再び感心してしまう。
彼の肩を借りて、脱げた片方のヒールを履く。
相手に私を印象づけるには、スキンシップも重要なのだ。
「ありがとうございます」
私も頬を染め、ウブなふりをする。
「量販店さんとの約束の時間、本当に大丈夫ですか?ごめんなさい」
「平気です。どうせ時間通りに行ったところで、結局待たされるんだから」
うふふ。と私は笑う。
これで彼への印象付けは完璧。
「いつかお礼させて下さいね」
「こんなことくらいでお礼なんて……」
「またお会い出来たら、そうさせてください」
そして、この場は一旦清水君と別れたのだった。
私が社食のおばちゃんじゃなかったら……。
次の作戦として良くあるのが、彼が食事を取っているときに、『隣、いいですか?』とか『昨日はありがとうございました』とド定番の策に出るのだけれど、私の場合そう出来ないのが残念だ。
万が一を考慮して、あまり大勢の前で山田みはるをさらしたくない。
綺麗なお姉さんがいると噂になれば、色々調査しにくくなる。
あくまで私の真の姿は社食のおばちゃんなのだから。
六畳程の広さに金属製のロッカーとデスクが置かれている。いたってシンプル。白い壁に掛かる絵は、ひまわり。窓辺には観葉植物。
ここで密談をすることは無いので、明るく設えてある。
この部屋では主に周一郎さんへの報告書作成や調べ物、そして着替えをする。
夕日が室内に差し込み、パソコンの画面に光が差し込み始めた。
ブラインドを下ろし、口紅を塗り直す。
時計の針は十ハ時十分を指している。
「行きますか」
立ち上がると、私はエレベーターへと向かう。
清水君に会うためだ。
清水健介。
二十六歳。東都大学出身。中学から大学まで野球部で根っからのスポーツマン。
営業部 第二営業課小売り担当。社内での売り上げ実績はトップクラス。若い子だけでなく、おば様たちにもウケる爽やかなイケメン。
営業部があるのは二十階から二十五階まで。
エレベーターに乗り込むと、私は二十三階のボタンを押す。
指定の階でエレベーターが止まる。すると、運のいいことに清水君が乗り込んで来たではないか。
私はとっさに、『開く』と『一階』のボタンを押した。
「どちらの階ですか?」
さりげなく問いかける。
「あ、僕も一階です」
『閉める』を押し、ゆっくりとエレベーターが動き出す。
これは絶好のチャンス到来。
「こんな時間から外出ですか?」
笑顔で問いかける。
私の笑顔を無視できる人間は、いない。と豪語したいけれど、実は一人だけいる。
「ええ、顧客が流通系なので大抵この時間からが多いですね」
「量販店とかですか?」
「そうです。平日の昼間なんて暇そうな気がするんですけど、最近はそうでもないらしくて。夕方か夜に来てくれって言われるんですよ」
ふーん。
チンという音と共にエレベーターが止まる。
エレベーターが一階に着いた。
すかさず『開く』ボタンを押して「どうぞ」先に彼を行かせる。
「すみません」
軽く頭を下げながら清水君はエレベーターを降りる。
よしっ。ここからが演技の見せどころ。
「……きゃっ」
派手にフロアに転ぶ。ハイヒールの片方も床に転がる。
「えっ!?」
驚いて彼が振り返る。
「大丈夫ですか!?」
私の元へ駆け寄ってくれる。
ここまでは作戦どおり。
「は、はい。フロアとエレベーターの隙間に、ヒールが挟まっちゃったみたいです」
私は髪をかき上げながら、わざとらしくため息をつく。
「おっちょこちょいなんです。恥ずかしい」
半泣きの瞳で彼を見つめる。
必殺男殺しの潤る目。
これで落ちない男は……ほぼいない。一人を除いて。
清水君は辺りを見回している。私が思いきり蹴飛ばした黒いエナメルの片方のヒールを探してくれているようだ。
「えーと、靴……あ、あんな所まで飛んでる。僕拾ってきますね」
潤る目が効いたのか頬を赤く染めながら、私のヒールを拾いに行ってくれた。
私から三メートルは先に飛んだ靴を、彼が拾いに走る。
床に乙女座りの私に、「足とかくじいてませんか?」と聞いてくれるあたり、優しい子だと感心する。
「平気です。それより手を貸していただけませんか?」
「は、はい」
サッと、腕を伸ばし私が起き上がるのを助けてくれた。
「すみません、これからお客様とお会いになるのに、お時間が……」
「いつも時間には余裕を持って出ることにしているので、大丈夫ですよ」
笑顔が実に爽やかだ。
唯ちゃんの彼氏、いい子じゃない。
社会人としもマル。
再び感心してしまう。
彼の肩を借りて、脱げた片方のヒールを履く。
相手に私を印象づけるには、スキンシップも重要なのだ。
「ありがとうございます」
私も頬を染め、ウブなふりをする。
「量販店さんとの約束の時間、本当に大丈夫ですか?ごめんなさい」
「平気です。どうせ時間通りに行ったところで、結局待たされるんだから」
うふふ。と私は笑う。
これで彼への印象付けは完璧。
「いつかお礼させて下さいね」
「こんなことくらいでお礼なんて……」
「またお会い出来たら、そうさせてください」
そして、この場は一旦清水君と別れたのだった。
私が社食のおばちゃんじゃなかったら……。
次の作戦として良くあるのが、彼が食事を取っているときに、『隣、いいですか?』とか『昨日はありがとうございました』とド定番の策に出るのだけれど、私の場合そう出来ないのが残念だ。
万が一を考慮して、あまり大勢の前で山田みはるをさらしたくない。
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あくまで私の真の姿は社食のおばちゃんなのだから。
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