総務部特命係 頓宮はるみが通ります ~ちょっとその件、私に預けてもらえます?~

一条風花

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意外な展開 4

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 指を冷やしながら、何となくだけど今朝唯ちゃんが座っていた、一番端で奥の席に座った。
 これも既視感。

 朝とは違い、活気のなくなった食堂の人影はポツポツと寂しい。
 食堂に流れる音楽も、ポップなものからチルジャズに代わっていた。
 
 何気なく、視線を外へと向ける。
 ここから東京タワーが良く見える。
 
 東京タワーを見るとホッとするのはなんでだろう。
 子供の頃からいつもここにデンとたたずんで、今も変わらない。
 不思議な安心感がある。

「指、大丈夫か?」

 周一郎さんの影がガラス窓に映っていた。
 無言で私の隣に座る。

「見せてみろ」

 強引に彼は私の左手を取る。

「痛むか?」
「少し」
「ドジだな」

 こうなったのは周一郎さんが突然現れたからなのに。

 社食のおばちゃんと社長が話をしていても誰も不審がらない。
 周一郎さんはよく社員に声をかけているからだ。決して気さくな人柄でなはいのだけれど、やっぱりイケメンパワーなのか、それとも社員が社長に気を使っているのか、声を掛けられた社員はみな笑顔で話しをしている。
 私にはいつも不機嫌だけど。

 そんなわけで、彼は女子社員からとても人気がある。

 離れたところからこんな会話が聞こえてきた。

「社長、まさかおばちゃんのこと口説いてる?」
「んなわけねーだろ」

 だれから見ても、なのである。

「夜の責任者変わったんだな」
「確か一か月前だったと思います。相沢さんになったのは」
「今までずっと年配のオヤジだったが、急に若い奴になったな」
「遅い仕事は、おじさんだと大変だからじゃないですか?」
「ここではおじさんも大勢夜遅くまで働いている」
「……まぁ、そうですね」

 何が言いたいのかな?

「相沢さんは確か社長と同じ歳じゃなかったかな、ええと三十二歳」
「独身か?」
「はい」
「彼女はいるのか?」
「募集中とか言ってました。相沢さん優しいし、すぐ彼女出来ると思いますよ」
「……」
「今日はお得意様との会食無かったんですね」
「あったがキャンセルした」

 仕事熱心な周一郎さんがキャンセルなんて珍しい気がする。

「毎日、毎日、接待やら仕事の付き合いやらで胃袋が疲れた」
「ここの食事はどうですか?」
「味付けがシンプルだし、胃がもたれない」
「良かったです」

 私たちは微妙な関係だ。
 彼は恋人ではないし、かつて恋人でもなかった。
 
 彼を好きだけど、好きだからあえて距離を置いていると言っていい。
 そうさせたのは周一郎さん。

 私を突き放した人。
 なのに、こうして一緒に仕事をしている。

 どういうつもりですか?と聞いたところで教えてはくれないだろう。

「お前、東京タワーが好きだったな」
「……覚えていてくれたんですね」

 昔、一度だけ周一郎さんと東京タワーにのぼったことがある。
 思い出すと、きゅっと胸が痛む。
 楽しくて、切ない想い出。

「今夜、久しぶりに行ってみるか?」
「え?」

 思いがけないセリフに一気に心臓の鼓動が激しく唸り、私の心を揺さぶる。

 何が……どうして?

 天地が反転するくらい動揺していた。

「あの、周一郎さん……」
「社内では社長だろ」
「あの、社長……」

 視線の先には東京タワーの赤色灯せきしょくとうが点いたり消えたり、同じリズムで点滅している。
 乱れた私の鼓動を整えなさいと言わんばかりに。

「……返答は?」

 周一郎さんがテーブルに肘をつき、「ん?」と視線を私に送ってくる。

 突然そんなこと言われたって、すぐに答えられるわけない。
 彼はそれすら計算ずくなのでないか。そんな気さえしてくる。

 夜のガラス窓に映る彼の顔には、不敵な笑みが浮かんでいるよに見えた。
 
 答えは……。

「社長……」

 ゆっくりと私が唇を開いた時だった。

「あーら、お二人さん。こんな隅っこで親密だねぇ」

 ばーちゃんこと、道平さんだ。
 今日のばーちゃんは、朝と夜のシフトだった。

 私は、ギクリとした視線をばーちゃんに送ってしまった。
 それに驚いたのか、「ご、ごめん。お邪魔だった?」焦ったばーちゃんはきびすを返そうとする。

「ち、違うの。ただビックリして」

 勢いよく立ち上がって、ばーちゃんの腕を掴む。

「こっちだってビックリしたよ、トンちゃんに睨まれたから」
「ご、ごめんね」
「あんた達、ちょっといいムードだったよ。あら、こんなこと言ったら社長さんに怒られちゃうかね」

 ケラケラとばーちゃんは笑う。

「そ、そうよ、社長さんに失礼よ。きっと素敵な彼女がいるんだから」
「はは」と笑いながら周一郎さんはばーちゃんに席を勧める。
  
「こんないい男に彼女がいないなんて、あり得ないもんねぇ」

 無言で頷く周一郎さんの隣にばーちゃんは座った。

「実は、社長さんにちょっとお願いがあるんだけどね」

 本来は社食の運営会社に頼むのが筋なんだろうけど。と前置きしてばーちゃんは話し出した。

 ばーちゃんが訴えたのは食事を乗せるトレーのことだった。
 
 現在使っているトレーは古くて重い。角が割れている物もある。
 重いと回収したり、食洗器に入れる時に手首が痛いし、割れた角で指を切ることもある。今は薄く軽い素材の、いいトレーがあるからそれと交換して欲しいと言うのだった。

「何度も会社の方には頼んでるんだけどさぁ、予算がないって断られちゃうのよ」

 トレーは十枚、二十枚単位で運ぶ。確かに重いし、私もプラスチックの割れた角で指を切ったことがある。

「社長さんのポケットマネーで何とかならないかねぇ」
「職場改善は大切なことだと思います。ただ会社が違うので、一度僕からも頼んでみましょう。それでダメなら僕のポケットマネーから出しますよ」

 笑顔で答える周一郎さん。
 いつも社員のためにすぐに行動してくれる人だ。

 トレー一枚八百円として、最低でも六百枚は必要。予備に二十枚だとすると……。
 えーと……約五十万円。
 やっぱいい人だ。

 ばーちゃんは嬉しそうに「ありがとう」と何度も頭を下げた。

「じゃ、年寄りはこれで消えるわよ」

 ばーちゃんは席を立つ。

「まさかとは思うけど、頑張って」そう私に耳打ちして、ばーちゃんは手を振って去って行った。

 普通に考えて、まさかは絶対あり得ない。

 ばーちゃんを見送ると、

「ありがとうございます、社長」

 私も頭を下げた。

「ここのトレーはだいぶ年季が入っていたし、傷も多かったから見た目も汚くて。綺麗になると嬉しいです」
「お前が先に気づくべきだったな」

 へっ、いきなりダメ出し?

「社内調査が忙しくて。は理由にならないぞ。うちの社員が気持ちよく過ごせる環境を作るのが、俺とお前の仕事だからな」
「……は、い」

 前言撤回。やっぱり厳し人だ。


「そんなことより、例の調査は上手く行きそうか?」
「あっ!?」

 忘れてた!

 これから清水君が通うスポーツジムへ向かわなければならない。
 時計を見ると、もうすぐ二十時半になる。
 
 通常夜のシフトは、食堂が二十一時までなので、その後片付けがあり帰れるのは二十二時頃だ。
 清水君の通うジムで待ち伏せするつもりなので、夜のパートリーダー脇田さんに早退をお願いしていたのだった。


「ヤバっ。急がないとっ」

 周一郎さんは慌てる私とは対照的に、静かに食後のコーヒーを楽しんでいる。

「じゃ、じゃあこれで失礼しますっ」
「ああ」

 周一郎さんに頭を下げると小走りで社食を後にする。

 気をつけろよ。とか言ってくれてもいいのに。
 ああ。だけなんてやっぱり冷たい。

 エレベーターホールに着くと『上』のボタンを押す。

 東京タワーの話……。返事するの忘れてた。



 
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