魔王様のメイド様

文月 蓮

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本編

お約束ってありますよね

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「お待ちなさい!」

 洗濯籠を抱えて歩いていたロザリアは、ひどく不機嫌そうな女性の声に呼び止められた。

「はい?」

 豪華なドレスを目にしたロザリアは、己が目を疑った。
 ロザリアを呼び止めたのは使用人専用の通路には似つかわしくない、美しいドレスを身に纏った少女だった。

「そう! あなたよ。最近魔王様の周りをうろちょろしているらしいわね!」

 初対面にも関わらず、少女はロザリアのことを知っているらしく、緑色の目を吊り上げ、猛烈に怒っている。

「えっと、私は魔王様の専属メイドですので、うろちょろと申されましても……」

 魔王のそばに控えていなければ、メイドは務まらない。近くにいるのが気に食わないと言われても、どうしようもないのだ。

「お黙りなさい! あなたの所為で最近魔王様がお越しにならないのよ! メイドの分際で魔王様のベッドに入り込むなんて、信じられないわ!」

 ものすごい勢いでまくしたてられて、ロザリアは後退りした。
 どこかで見た顔だと思えば、八伯爵の内の一人、レアンドロの娘だった。確か名前はパメラと言っただろうか。ロザリアと同じくらいの時期に側妻として城に来たはずだ。

「申し訳ございません。私は魔王様の決定に口を挟めるような立場ではございません。私におっしゃるのは筋違いかと」

 文句があるなら魔王に直接言ってほしいというのが、ロザリアの正直なところだった。

――この人が魔王様の側妻だなんて……。なんだか、やだな。

 ロザリアはこれまで感じたことのないもやもやとした感情に戸惑う。

「まあ! 私に口答えするなんて、教育がなっていないわね!」

 パメラは手を振り上げると、ロザリアの頬を打った。

「……っ!」

 魔力の込められた攻撃が無防備なロザリアに襲い掛かる。
 暴力を予期していなかったロザリアは、受け身を取ることもできず、洗濯籠を抱えたままうしろへ吹き飛んだ。

「っく、痛ぁ……」

 あまりに突然だったために防御壁を展開する間もなかった。

「この程度の攻撃もはじき返せないなんて、魔力も大したことないのね」

 痛みにうめくロザリアの前にパメラがカツカツと足音を立てて近づく。
 どうやらパメラは、更なる追い打ちをかけるつもりのようだった。

――ふざけないでよ。メイドが側妻様に攻撃できるわけないじゃない。

 理不尽な仕打ちにロザリアの胸に怒りが湧き起こった。
 ロザリアの菫色の瞳が怒りに揺らめく。
 自分でも制御不能な怒りがほとばしった。
 うずくまったロザリアから不可視の魔力が立ち上る。

「なによっ、やる気!」
「はーい、そこまでにしていただけますか? パメラ様」

 ロザリアの前に立ちはだかったのは、メイド長だった。

「メイド長……」

 メイド長ののんびりとした口調に、ロザリアの魔力は霧散する。

――私、今なにをしようとしていた?

 ロザリアは無意識に側妻に対して攻撃魔法を放とうとしていたことに気づいて、ぞっとする。

「あら、メイド長ごときが私を止められるとでも?」

 パメラは高飛車な態度を崩さない。

「あら、パメラ様こそただの側妻でしょう? しかも一度も魔王様の手がついていない」
「……っ!」

 パメラの顔が一瞬にして真っ赤になる。
 魔王が彼女を抱いてはいないのだと知って、ロザリアの胸には安堵がこみ上げる。

――私が魔王様の隣に相応しいだなんて思わないけど、彼女が魔王様の隣にいるのは、嫌だ。

「メイド長ごときが生意気よ!」

 メイド長はロザリアをかばいつつ、大きなため息をもらした。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。ただ伯爵の娘に生まれたというだけで、あなた自身にはかしずかれる価値があるのかしら? 父親のコネで側妻に潜り込んだのに、魔王様に呼ばれないまま暇を出されて、逆上したのはあなたが初めてではないわよ」
「な、なっ!」

 パメラは図星を言い当てられたのか、言葉も出ない。

「もう、あなたは側妻ではない。攻撃するつもりならば反撃されることを覚悟なさい」

 メイド長がゆらりと魔力を立ち上らせた。
 その強さに、ロザリアは息を呑む。

「ひっ……」

 それはパメラも同様だったらしく、すっかり大人しくなってしまった。

「衛兵、連れて行って」

 パメラはメイド長が引き連れて来た衛兵に引っ立てられてその場を去った。

「ごめんね。助けに来るのが遅れて」

 ロザリアはメイド長が差し出した手を握った。

「いえ、ありがとうございま……す」

 メイド長に引き上げられて、立ち上がろうとしたとき、ロザリアの背中に痛みが走った。

「どこか打った?」
「ええ、ちょっと背中を……。これくらい、大丈夫です!」

 心配そうに眉尻を下げるメイド長に、ロザリアは手を振って大丈夫だと主張する。

「ダメよ。医務室に行きましょう。あなたはアダルジーザ様から預かったのだから、けがをさせたなんて知れたら怒られてしまうわ。ちゃんと治療しましょう」
「はい……」

 アダルジーザはロザリアがけがをしたとしても、契約さえ果たされれば気にも留めないだろう。
 そう思うと憂鬱な気持ちがこみ上げて、ロザリアは目を伏せた。

「あ、洗濯物!」

 床に転がった洗濯籠と洗濯物を拾い上げ、通りかかったメイドに預けると、ロザリアはメイド長と連れ立って医務室に向かった。

「そういえば、もう一人、大いに怒りそうな人が……」

 メイド長がつぶやいた途端、大きな声が使用人の通路に響いた。

「ロザリア!」

 慌てた様子で駆け寄ってきたのは、魔王様、その人だった。
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