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新しい世界
72 七色の湖 2
しおりを挟むジュードから渡された小さな箱。
中には金の指輪が二つ、輝いている。
おれは指輪の入った箱を持って固まった。
「……これ。おれに?」
ジュードは黙って二つ入った指輪の一つを取ると、おれの左手を持ち上げた。
シンプルな細身の金の指輪。ゴテゴテした宝石なんかは全くついてない。
おれの左手の薬指に、その金の指輪をすっと嵌めた。
大きすぎてブカブカな指輪があっという間にちょうどいい大きさに小さくなる。
顔を上げると、ジュードは満足気な顔をして、ニッコリしている。
「ヒノトとミコトに聞いたんだ。あっちの世界では結婚を決めた相手に指輪を送るって。」
「うん。」
「だから、誕生日という特別な日に、これを渡そうと思ってた。」
「うん。」
おれは頷くことしか出来ない。驚いて固まってしまう。
結婚を決めた相手っておれのことなんだ。
本当にジュードは本気でおれとずっと一緒にいてくれるんだ。
固まっていたおれの、左手に光る指輪。キラリと光るそれを見ると涙が零れそうになる。ぐっとこらえる。おれは出来るならいつでも笑顔でいたい。
右手には箱が載せられたまま。そこにはもうひとつ指輪がある。
お互いにってことは、これはジュードの分って事だよね。
おれは箱を敷物の上に置いて指輪を取り出した。
おれにつけてくれたのと同じ金のシンプルな指輪だ。
「ジュード…。えっと、あの…、手を…。」
なんだかとても恥ずかしくて、顔が熱い。たぶん真っ赤になりながら、ジュードを見れば、タレ目でも無いのに、垂れてるように見えるほど、優しく笑ってた。
そっとジュードが上げた左手に手を添える。するすると薬指に指輪が嵌った。
シュルルッと指にピッタリになる。
ジュードは少し腕を上げて、手のひらを空に向けた。左手の指輪がキラリと光る。
おれも同じように左手を上げると、ジュードが少し腕を下げて、横に並んだ。太陽の下で全然大きさの違う二人の金色がキラキラ光る。
周りを飛び交う光る玉も輝きが増したような気がした。
「おそろいだね。」
おれが言うと
「ああ。おそろいだ。」
ジュードも答える。そして、そう言いながら、ジュードは何かを決意したかのように、開いていた手をギュッと握りしめた。
「慎翔。大事な話があるんだ。」
再びおれと向い合って座るジュードが、さっきの笑顔とは打って変わって、真剣な表情でそう言った。
「は、はい。」
ドキドキしながら、ジュードと膝を突き合わす。
ジュードは一度目を合わせたと思ったら、スッと横に逸らした。
「な、何?おれなんか嫌なことした?」
視線をそらされた事で、不安になったおれが聞く。
ジュードはハッとこちらを向いた。
「嫌なことなどしてない。…俺のことなんだ。」
ヘニョリと効果音が聞こえそうなほど、自信なさげな態度になったジュードが、頭に巻いたバンダナを外す。
「俺は、その、人間じゃなくて、その、魔族らしい。」
言いづらそうに言いながら前髪をぐいっと全部持ち上げる。
「本当の姿がある。それはとても今の姿とは違うんだ。それを慎翔に見せるのは、少し怖い。」
ぐいと上げられ、露わになった額の両端には不自然に盛り上がった瘤の様なものが見える。
髪をかき上げた手は、少し震えてる。怖いと言った心情というか、緊張が伝わってくる。
何に対する恐怖なんだろう。おれが怯えて逃げちゃうことかな。
怖くないよって伝えたい。
おれは膝立ちになって、その瘤にそっと触れた。ビクッとジュードの身体が跳ねる。
そのまま瘤に唇を寄せて、軽く触れるだけのキスをした。
「…気持ち悪くないのか?」
首の後ろに腕を回して、ジュードの頭を抱える。
「全然。おれだって作り物らしいし。っていうか、見たい。ジュードの本当の姿。」
抱えていた腕を広げて、顔を見る。
ぽかんと目を見開いたジュードを見て、思わず笑ってしまう。
「見せてよ。ジュード。」
左手でジュードの左手を取る。指をすりすりとすりあわせた。指輪と指輪が小さくぶつかる。
ジュードはニコリと笑うと、くしゃりと辛そうな顔になった。
こんな顔を見るのは初めてだ。
「どんな姿でも、本当に逃げないでくれよ。」
苦笑いで言うから、安心して欲しくて満面の笑顔で答える。
「見せてくれなきゃ、わかんないよ。」
すると表情の柔らかくなったジュードが、立ち上がっておれの前に立った。
「ただ変身するところは見られるのは恥ずかしいから、少し後ろを向いてもらえるか?」
そう言われて、二歩下がって後ろを向き、体育座りで顔を両手で覆い隠した。
「はい。見てないよ。」
「ありがとう。慎翔。」
そう言うと、シュルシュルと服を脱いだ気配がして、一瞬背中に強い魔力をゾワッと感じた。
…それからしばらく待ってたけど、後ろから声もかからない。
たぶん居るのは感じるけど、変身って結構時間かかるのかな?
おれは段々と待ちきれなくなって、声をかけた。
「ジュード?大丈夫?…やっぱりやめようか?」
「…っ。」
ビクッとしたのがなんとなく分かった。余程見せるのに勇気がいるのかな。
別に今日じゃなくても大丈夫だよのつもりで言ったけど、本当に無理しないでほしいと思った。
大きく深呼吸しているのが何度か聞こえて、ジュードから声がかかった。
「すまない。待たせたな、もう大丈夫だ。」
その言葉を聞いて、おれはゆっくりと立ち上がり、顔を手で覆ったまま振り返る。
手を下ろして、ゆっくりと目を開いた。
七色に光る湖を背に、瘤のあったところに二本の大きな巻角の生えた、黒の長髪に真っ黒い肌、真っ赤な目の人が立っている。
背中にはコウモリみたいな羽があって、羽で服を破かないように上半身は裸なのかな。胸の真ん中に何か石のようなものが嵌っている。それは綺麗な翠色をしていた。
確かにいつものジュードとは似ても似つかない。でも、目鼻立ちはちゃんとジュードだし、何より、おれを見つめる眼差しは溶けそうなほど優しい。いつものジュードだ。
だけど少しだけ不安そうにしている。眉毛はなくなっちゃったけど、もしあればへにょっと下がってるだろう。笑ってる口角も震えてる。
おれにこの姿を見せることをずっと悩んでたのかな。魔族だって言うのは燈翔と心琴から聞いていたから、そんなに動揺せずにいられる。
何より、今、ジュードを見た感想は、めちゃくちゃかっこいいし、すごく綺麗。
でもジュードは不安がってる。おれが少しでも怯えた素振りを見せたら、一体ジュードはどれだけ傷つくだろう。
おれはジュードの姿形じゃなくて、ジュードが好きなのに。全部ひっくるめてジュードなのに。
伝えなきゃ。
一歩、二歩と近づく。
一瞬ビクッと後ろに下がろうとした左手をぱしっと掴んだ。いつもの手とは違って、黒く手に同じ色の長い爪が見えた。
そこには黒い肌の為に、より存在感を増した金の指輪がキラリと光る。
黒光りする肌はツルツルしていて艷やかだ。体温はいつもに比べると断然に冷たい。よく見ると細かい鱗になっている。
「綺麗な肌だね。ツルツルだ。」
無意識にナデナデと撫でながら言う。
「恐ろしくは無いのか?」
聞かれて、首を傾げる。
おれは今までジュードに恐怖を感じたことは無い。ジュードがおれにくれるのは、いつも優しさと楽しさだ。
右手も取ると、そのままゆっくり胸元にもたれる。無理やり抱きついた形だ。
胸元に埋め込まれた綺麗な翠色の石がおでこに当たる。背が高すぎるんだよ。ほんと。
ジュードが息を呑んだのが分かる。
胸に耳を当てると、ドッドッドッとジュードの心臓が物凄い早さで鳴っていた。
「ジュード。大好き。めっちゃかっこいい。いつものジュードも、今のジュードも、本当に、本当に、全部好き。」
そう言いながら抱きついたまま見上げる。
「ずっと一緒にいて。」
空からぽたぽたと水が降ってきて、おれは笑顔でそれに手を伸ばした。
ジュードの手が背中に回って、ぎゅっと抱きしめられる。
ジュードの黒い頬を流れる涙はキラキラして綺麗だ。おれは両手を頬に当てて、精一杯背伸びする。
ジュードの顔が降りてきて、涙と一緒に唇を合わせた。
変身したジュードの口には大きな牙も生えていた。ジュードは器用に牙だけするすると小さくした。
それはいつもの軽いキスじゃない。
最初は合わせるだけだった唇はだんだんと、どちらともなく開いていった。
「んっ。はあっ。」
ついにはお互いの舌を絡め合った。
それは二人が満足するまで続いた。
おれは今日、ちょっとだけ大人になった。
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