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01 グリッサンド:流れるように弾く
05 祝退院
しおりを挟む目を覚まして四日目の朝にケヴィンは退院した。特別病棟の入院患者に配られる、病院内施設を無料で利用できる特別なカードを十分に使い切ったとは言えなかったが、それ以上に、毎朝起きてすぐパステルな色の入院着に出迎えられるのが耐えられなかった。
事故当時身につけていた服は病院側によってクリーニングがなされ、新品同然で返却された。白いTシャツにネイビーのパーカー、黒のジャケットに黒のパンツ、履き潰す寸前のショートブーツ。
紙袋に数少ない私物を入れて、病院正面玄関を出る。円形に渦を巻いたタクシーやバス用のターミナルに人はいなかった。空車のタクシーが二台縦列駐車しており、先頭の運転手がケヴィンをチラッと見たが、すぐに目を逸らした。
ケヴィンはそのままターミナルの道路を突っ切って、なだらかな丘のようになった広い敷地の中を歩き出した。病院周辺には芝生がひかれ、入院患者に限らず市民に開放された公園のようになっている。勿論それも一般病棟側のことであって、それを防波堤のようにして奥に立っている特別病棟の敷地には寛大さというものが一切無いのだが。
足に包帯を巻いた入院患者と思しき若い男と女性が芝の上に用意されたベンチで談笑している。今朝は秋晴れで風もほとんどなく、気温もまだ高い。昼ごろまで長く過ごすには、朝早く訪れるほかない。
中心地の方から市内巡回のバスが緩やかなカーブを繰り返しつつ、こちらへやってくる。広く取られた歩道を歩くケヴィンとすれ違う。かすかな風圧が頬を押した。整髪料をつけていない前髪が一斉に揺れる。
病院の敷地内を数分歩いて横断し、市道と合流する交差点まで出た。午前九時前、土曜日の交差点で赤信号を食らっているのは一台の軽自動だけだ。真っ赤な四角形のやけにレトロな車だった。
セントラルは八つの区からなる国内においてその名の通り中心地にあたるが、日中の賑わいのほとんどは他区からの働き手や、国内旅行者だ。実際道路をほっつき歩いている人の数はそう多くない。誰もが電車や地下鉄、車でやってきて、目当てのショップやビルで時間を過ごし、そして帰っていく。
セントラル駅前などは空中通路やデッキが二重に渡されている箇所もあり、たった一つの駅に対して入口と出口の数は信じられないほど多い。
ケヴィンの記憶が正しければ、ケヴィンは今の契約を迎えてから、セントラル郊外にコテージを借りている。事故直前か、事故から今日まで、コテージに放火犯でも訪れていない限りは、帰るべき場所はそこだ。
セントラルから西へ、オータム区寄りの区境にほど近い下道のそば。舗装も草刈りもされていない、葦が生えまくった野原に墜落したようにポツンとあるコテージ。我が家の姿を、ケヴィンは脳裏にくっきりと思い描くことができた。
待っていた信号が青に変わる。ケヴィンが横断歩道へ踏み出すと同時に、横を平行に軽自動車が追い抜いていく。
交差点を越えてすぐにコンビニエンスストアがあった。
自動ドアのところで、ちょうど店から出てくる客とすれ違った。ケヴィンは飲料棚から炭酸水とコーヒーと、そしてサンドをいくつか手に取ってレジへ向かった。
店員はレジ横に陳列された煙草の補充をしていた。ケヴィンに気づいて、剥いでいたカートンパッケージから手を離し、ほんの十数秒で会計をしてみせた。
ケヴィンが店から出ると、入り口から左手側にある駐輪用の柵に男がもたれて立っていた。
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