25 / 85
01 グリッサンド:流れるように弾く
07−03 フロスト区
しおりを挟む「お前、俺の家の番号を知ってたか?」
「君の家の執事の人だね、バッカスさんは生涯現役だろ? まあ、引退していても彼に伝えれば後はよろしくしてくれる。だからこそ、彼に連絡するのは君の状態が命に関わるとなってからだ。そして幸い、君の外傷は命に別状がないものだった」
「世話をかけたな」ケヴィンは灰皿の縁に長らく放置していた煙草について思い出した。酒を飲み始めてからずっと手放したままだ。「ああ、俺が思っていたよりずっと、面倒をかけた」
「……よしてくれ、やけに辛気臭いじゃないか。何か困ったことでもあったのかい?」
「いくつかあった」
「記憶を失ったことかい? それとも、寝起きに誰かに告白でもされた?」
煙草に触れようとしたケヴィンの手が止まる。
その手に別の手が触れた。驚くほど冷えた手だった。だがロックのグラスを握っていたのだと思い出せば、その温度は当然のことだった。
二人のグラスはどちらもほぼ空になっていた。
「お前はそんなに心配性だったか?」
「アクター医師は悪い人ではないよ。ただ、彼は自分の給与と専門性に釣り合いが取れていないと悩んでいるだけで」
「あのハゲの覗き癖は筋金入りだ。お前が小遣いを渡した相手はアマチュアだが、歴は長い」
「へえそうなんだ」
イゼットはなんという事もなく笑った。「まあ、君が退院した今じゃどうでもいいさ」
イゼットはケヴィンの手を離さなかった。若干数名、店内の客の中には二人の手が重なっていることに気づいて好奇心を刺激された者がいるようだった。
差し向けられる視線に不快感を覚えながらもケヴィンは「何の為だ?」と尋ねた。
友人の事故現場に居合わせた。だから搬送先に駆けつけた。これはいい。
友人の複雑な家族関係を慮って、入院の手続きを代行した。これもまだ納得できる。
だが、入院中の友人を秘密裏に監視する——これは友人の、親友の行いとしてもあまりに逸脱している。
監視する以上、イゼットには目を覚ましたケヴィンの行動に気掛かりなことがあった。
だがそこまで監視しておきながら今日までイゼットから接触してこなかった。それはケヴィンが記憶喪失であるからだろう。その事実をイゼットは担当医師から聞いた。だから積極的に接触する必要が生まれなかった。
「お前は俺の何を知ってる?」
イゼットは優しく微笑んだままだった。だが、どこか罪悪感を滲ませた笑みだった。
ケヴィンの眉間に皺が寄った。瞼にかかる前髪が不意に鬱陶しい。中途半端に記憶を失い、そして今なお何も思い出せない自分に苛立ち——かぶりを振った。
その瞬間。
重なった手に伝わる圧力が増した。
一瞬のことだった。気のせいかと思うほど短い時間のことで、実際ケヴィンが鈍い痛みで視線を手元に下ろした時、上になったイゼットの手の甲には何の異常もなかった。ただ筋張った広い手のひらがあるだけだ。
「なんでも知ってるさ」
と、イゼットが言った。溜め息をついて、取り直すように改めて笑う。今度は混じり気のない微笑だった。
イゼットがおもむろに隣の友人へ顔を近づけた。そして極めて小さな声で囁く。
「僕は君の恋人なんだから」
1
あなたにおすすめの小説
【完結】エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年。
かつて自分を救った玲に再会した静は、玲を自分に惚れさせた上で捨てようとするが…
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる