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プロローグ(前編)
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ガキンッ!
と、信じられないくらい高い音が響いた。
まずは肉を切り裂く鈍い音。それに次いで、悲痛な叫び声。
普通ならば、それが聞こえるはずなのだ。
それなのに、目の前の青年は薄く楽しそうな笑みさえ浮かべている。
剣を素手で受け止めているのに、だ。
しかも困惑はそれで収まらない。
自分が持っているのは両手剣。
振るのに少し苦労をするくらいの重量で、自分より一回り大きい熊の魔物を一刀両断したこともあるそれを、自分よりも頭一つ小さい相手に思いきり振りかぶって叩きつけたのに、目の前の青年はあろうことか左手一本で受け止め、あまつさえ力負けして押し潰されたりせず、拮抗している。
一体どれだけの肉体強化魔法を重ねているのか。
しかし、肉体を鋼のように硬くする魔法など聞いたこともない。
少なくとも、自分の所属している軍の魔法使いは誰も使えないだろう。
もしそんな魔法が使えるならば、必ずこの戦争にも利用されたはずだからだ。
そんな思案も一瞬の内。
青年との体型差も考えて、このまま拮抗していては部隊長の名が廃る。
このまま叩き潰してやろうと渾身の力を込める。
するとその時、目の前の青年が空いている右手をおもむろに握りしめた。
(何か来る!)
そう思い、気を引き締めた。
全身鎧を着ているとはいえ、このような肉体強化魔法を使える者の攻撃だ。生半可な攻撃なわけがない。
攻撃が来るなら、それを受け切り、渾身の一撃を叩き込めばいい。カウンター気味に叩き込めれば、一刀両断は出来ないまでも流石にダメージは与えられるはず。
そして、青年の右手の拳が開かれた。
どんな魔法が来ようとも、必ず受け切ってみせる。
腕に込めている力は緩めず、身体にもさらに力を込める。
しかし、何も起こらなかった。
何も起こらず、また拳を握る。
一体何がしたかったのだろうか。
不思議に思っていると、すぐさま拳が開かれた。
(小癪な!)
一つ、フェイントを挟んだのか。
しかし、無駄である。
その程度のフェイントで緩む程の軟弱者ではない。
先程から一瞬たりとも気を、力を抜いたりなどしていない。
(来るならいつでも来い!)
どんな攻撃が来るのか、もはや楽しみでもあった。
これ程の肉体強化魔法の使い手、しかもそれで力押しではなく、フェイントを挟むという計略を使うタイプ。
そんな青年の攻撃が楽しみなのだ。
それがどんな攻撃だろうと受け切り、こちらの攻撃を叩き込む。
これだから戦いは止められない。
口許が緩みそうになるが、しかし口角が上がることはなく、むしろ下がってしまった。
何も来ないのだ。
フェイントを二度も使うとは。流石に訝しむ。
計略を使うタイプではなく、むしろ計略を使わなければいけないタイプなのではないだろうか。
実は自分の剣を受け止めているのに必死で、どんな手でも使おうとしているのか。
込める力には変わりはないが、少し憤りが混じってしまう。
そのような肉体強化魔法が使える者なのだから、正々堂々と真正面から叩き伏したいのに。
青年は三度、拳を握った。
その手には、槍が握られていた。
流石に困惑する。まさかそう来るとは思わなかった。
しかも背負っていたわけでもなく、見た目よりも容量の多いマジックバッグを持っているようでもないのに、一体どこから取り出したのだろうか。
不可思議に現れた槍をまじまじと見てみると、これまた不可思議な槍だった。
それはとても白く美しい槍だ。
刃までも白く、円錐状になっている。
柄の先に馬の尻毛のようなしなやかな毛の装飾があったが、その毛の先まで白い。
刃の先から柄の先の装飾まで真っ白で、綺麗で、その存在感は圧倒的だった。
鑑定系のスキルが使えなくてもわかる。
それは相当上等な槍なのだと。
不気味な上に、こちらは剣を止められたままなので圧倒的に不利だった。
バックステップを踏んで青年から離れようとした、その時。
自分の手の中から両手剣が消えてなくなっていた。
しかもなくなっていたのは剣だけではなく、その剣を受け止めていた青年の左手もなかった。
この日一番の困惑だった。
何がなんだか、訳がわからない。
思わず足がつまってしまい、思った程距離が取れなかった。
しかもバランスを崩し、そのまま後ろ向きに倒れていく。
その好機を逃さず、青年は槍を振りかぶりながら距離を詰めてきた。
(これはまずい!)
すかさず、両手を顔の前に出して、防御体制を取る。
このまま槍で顔を貫かれたら即死だ。
他の箇所ならば、まだ生存できる可能性はある。
長年携えていた剣が消えてなくなってしまったため、カウンターを叩き込むこともできない。
生きていれさえすれば、今回は負けたとしても次は勝てるかもしれない。
そう思っての行動だった。
ただただ生き残るための、行動。
それによって、自分に槍を突き立てようとしている青年の姿は見えなくなってしまったが。
随分と長い時間が過ぎた気がする。
あるいは死を前にして極限状態に陥り、時間がゆっくりと過ぎているように感じているだけかもしれない。
いまだに地面に倒れ込まないのだから恐らく後者だろうか。
いくら待てども、身体のどこかに槍を突き立てられたかのような鋭い痛みはやって来ない。
代わりにやって来たのは、顔の横からものすごい衝撃。
吹き飛ばされながら横目で確認すると、青年が不安そうな顔で槍を振り抜いていた。
どうやら、柄で薙ぎ倒されたらしい。
確かに、その白く美しい槍が自分の真っ赤な血で汚れている姿は想像できない。
薄れていく意識の中で、名も無き部隊長はそう思った。
と、信じられないくらい高い音が響いた。
まずは肉を切り裂く鈍い音。それに次いで、悲痛な叫び声。
普通ならば、それが聞こえるはずなのだ。
それなのに、目の前の青年は薄く楽しそうな笑みさえ浮かべている。
剣を素手で受け止めているのに、だ。
しかも困惑はそれで収まらない。
自分が持っているのは両手剣。
振るのに少し苦労をするくらいの重量で、自分より一回り大きい熊の魔物を一刀両断したこともあるそれを、自分よりも頭一つ小さい相手に思いきり振りかぶって叩きつけたのに、目の前の青年はあろうことか左手一本で受け止め、あまつさえ力負けして押し潰されたりせず、拮抗している。
一体どれだけの肉体強化魔法を重ねているのか。
しかし、肉体を鋼のように硬くする魔法など聞いたこともない。
少なくとも、自分の所属している軍の魔法使いは誰も使えないだろう。
もしそんな魔法が使えるならば、必ずこの戦争にも利用されたはずだからだ。
そんな思案も一瞬の内。
青年との体型差も考えて、このまま拮抗していては部隊長の名が廃る。
このまま叩き潰してやろうと渾身の力を込める。
するとその時、目の前の青年が空いている右手をおもむろに握りしめた。
(何か来る!)
そう思い、気を引き締めた。
全身鎧を着ているとはいえ、このような肉体強化魔法を使える者の攻撃だ。生半可な攻撃なわけがない。
攻撃が来るなら、それを受け切り、渾身の一撃を叩き込めばいい。カウンター気味に叩き込めれば、一刀両断は出来ないまでも流石にダメージは与えられるはず。
そして、青年の右手の拳が開かれた。
どんな魔法が来ようとも、必ず受け切ってみせる。
腕に込めている力は緩めず、身体にもさらに力を込める。
しかし、何も起こらなかった。
何も起こらず、また拳を握る。
一体何がしたかったのだろうか。
不思議に思っていると、すぐさま拳が開かれた。
(小癪な!)
一つ、フェイントを挟んだのか。
しかし、無駄である。
その程度のフェイントで緩む程の軟弱者ではない。
先程から一瞬たりとも気を、力を抜いたりなどしていない。
(来るならいつでも来い!)
どんな攻撃が来るのか、もはや楽しみでもあった。
これ程の肉体強化魔法の使い手、しかもそれで力押しではなく、フェイントを挟むという計略を使うタイプ。
そんな青年の攻撃が楽しみなのだ。
それがどんな攻撃だろうと受け切り、こちらの攻撃を叩き込む。
これだから戦いは止められない。
口許が緩みそうになるが、しかし口角が上がることはなく、むしろ下がってしまった。
何も来ないのだ。
フェイントを二度も使うとは。流石に訝しむ。
計略を使うタイプではなく、むしろ計略を使わなければいけないタイプなのではないだろうか。
実は自分の剣を受け止めているのに必死で、どんな手でも使おうとしているのか。
込める力には変わりはないが、少し憤りが混じってしまう。
そのような肉体強化魔法が使える者なのだから、正々堂々と真正面から叩き伏したいのに。
青年は三度、拳を握った。
その手には、槍が握られていた。
流石に困惑する。まさかそう来るとは思わなかった。
しかも背負っていたわけでもなく、見た目よりも容量の多いマジックバッグを持っているようでもないのに、一体どこから取り出したのだろうか。
不可思議に現れた槍をまじまじと見てみると、これまた不可思議な槍だった。
それはとても白く美しい槍だ。
刃までも白く、円錐状になっている。
柄の先に馬の尻毛のようなしなやかな毛の装飾があったが、その毛の先まで白い。
刃の先から柄の先の装飾まで真っ白で、綺麗で、その存在感は圧倒的だった。
鑑定系のスキルが使えなくてもわかる。
それは相当上等な槍なのだと。
不気味な上に、こちらは剣を止められたままなので圧倒的に不利だった。
バックステップを踏んで青年から離れようとした、その時。
自分の手の中から両手剣が消えてなくなっていた。
しかもなくなっていたのは剣だけではなく、その剣を受け止めていた青年の左手もなかった。
この日一番の困惑だった。
何がなんだか、訳がわからない。
思わず足がつまってしまい、思った程距離が取れなかった。
しかもバランスを崩し、そのまま後ろ向きに倒れていく。
その好機を逃さず、青年は槍を振りかぶりながら距離を詰めてきた。
(これはまずい!)
すかさず、両手を顔の前に出して、防御体制を取る。
このまま槍で顔を貫かれたら即死だ。
他の箇所ならば、まだ生存できる可能性はある。
長年携えていた剣が消えてなくなってしまったため、カウンターを叩き込むこともできない。
生きていれさえすれば、今回は負けたとしても次は勝てるかもしれない。
そう思っての行動だった。
ただただ生き残るための、行動。
それによって、自分に槍を突き立てようとしている青年の姿は見えなくなってしまったが。
随分と長い時間が過ぎた気がする。
あるいは死を前にして極限状態に陥り、時間がゆっくりと過ぎているように感じているだけかもしれない。
いまだに地面に倒れ込まないのだから恐らく後者だろうか。
いくら待てども、身体のどこかに槍を突き立てられたかのような鋭い痛みはやって来ない。
代わりにやって来たのは、顔の横からものすごい衝撃。
吹き飛ばされながら横目で確認すると、青年が不安そうな顔で槍を振り抜いていた。
どうやら、柄で薙ぎ倒されたらしい。
確かに、その白く美しい槍が自分の真っ赤な血で汚れている姿は想像できない。
薄れていく意識の中で、名も無き部隊長はそう思った。
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