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彼女が賭けていたもの

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「ええーっ!?バレてたの!?」

 リアンが叫ぶ。部屋には三騎士、セオドア、オレ、アナベルがいた。

「出発する前からバレていた」

 エリックが胸を張ってそう言う。

「そうらしいぞ……」

 オレは作戦終了後に三騎士から言われてしまった。『あれはリアン王妃ではないか?』と。

「騎士たちの中にも気づいていた者たちはいましたが……我々が今回の作戦には必要だからと言い含めたのです」  

「今回きりにしてくれよぉ!?連れて行くなんて王宮魔道士ならともかく……王妃様なんてなんかあったらどーすんだ!?」

 トラスとフルトンがリアンに説教をしている。ごめんなさいと謝るリアン。

「でもっ……ほんとに、ご無事でよかったですーっ!」

 号泣しているアナベル。オレもそうだと頷く。アナベル……とリアンがアナベルの方を見ようとした瞬間だった。

「リアン!!」

 膝が崩れるように倒れる。危ういところでオレはリアンの体を抱きとめた。体が………熱い!?息も苦しげだった。目を閉じたままぐったりとしている。

「おい!リアン!?リアン!?……部屋へ連れて行く!」

 ザワザワと皆が驚く廊下をオレはリアンを抱きかかえたまま歩き、後宮のリアンの部屋まで来る。

「早く医者を!」

 ハイッ!とアナベルが呼びに行こうとすると、セオドアがすでに呼びましたよと言って連れてきてくれていた。

 ベッドに寝かされたリアンはしんどそうだった。アナベルが震える声で言った。

「お嬢様………お嬢様帰ってきて……顔色も悪く、とても痩せたような気がして……お食事は召し上がってなかったのでしょうか?」

「………悪い」 

 オレは謝る。食べていなかったのだろうか?よく思い出せ?同じ天幕にいた。しかし食事は別にしていた。小姓と陛下と同じなんておかしいでしょうとリアンが言ったのだ。食欲がないことを誤魔化していたのか!?

「陛下、そんな心配せずとも大丈夫です。疲労と睡眠不足でしょうな。……王妃様はよほど戦に行った陛下のことを心配されていたのでしょう」

 朗らかに医師はそう言って、薬草を煎じて飲ませるようにとアナベルに話す。ありがとうございます!とアナベルはすぐに薬の用意をしに部屋から慌ただしく出ていった。

 リアンがうっすらと目を開けた。

「ごめんなさい……ちょっと疲れただけ……」

 オレは無言でポケットからクイーンの駒を取り出して見せた。リアンはそれを見て、微かに微笑む。それだけで意味が通じ合う。

「……ウィルバート、気づいてしまったの?」

「この戦に失敗した時に賭けていたものは……自分の……王妃の首だったんだな?だから男装してまで戦場に来たんだな?」

「……私を王妃にしてくれて感謝してるわ。価値ある私の身になったわ。最大限いかしたつもり………っ!?」

 ボスっ!とリアンの枕の横を叩いた。エメラルド色の目が見開かれる。

「お、怒ってるの!?」

 ギリッと音がでるくらい奥歯を噛み締めて、リアンを睨んだ。確かに痩せてしまっているし、顔色も悪い。なぜオレは今まで気づかなかった?

 ずっとこの戦の間、自分の命を賭けていたんだ!リアンは!負ければ自分の首を差し出すつもりだったのか!?王をそそのかしたのは私ですとでも言うつもりだったのだろう。

 その緊張感をずっと持っていたんだ。作戦がうまくいくかどうかのプレッシャー。自分と人の命を賭けて戦う怖さはなかなか耐えれるものではない。なんでオレは見過ごしていた?オレは誰よりも戦の中でのプレッシャーを知っているのに!リアンなら大丈夫なんて思っていたのかもしれない。彼女の自信があるように見せていた態度は……オレや他の者を不安にさせないための嘘の姿だったんだ。

「リアンっ………オレはリアンに命を賭けてほしくて王妃にしたんじゃない!むしろ傍にいてほしくて、守りたくて……王妃にしたんだ!」

 今、疲労で倒れたばかりの彼女に怒りをぶつける時ではない。むしろ不甲斐ない自分にぶつけろよ!と思うのに言葉が止まらない。

「こんな事を自分からするなど自殺行為に近い!」

「ただの保険よ。負けた時の担保というか……でも私は勝つ戦しか基本的にはしないから、心配しないでいいのよ」

 心配するなだって?そんな苦しそうにしながら寝ているのに?

 ギュッとオレは拳を強く握りしめる。深呼吸を一つする。

「倒れるまで耐えていたのに、まったく反省しないのか?次回、こんな戦があれば、またそうやって自分の命を賭けて戦うのか?」

「ウィルバート、私が持ってるものはそれだけなの。王妃という立場が一番相手にとって価値のあるものなのよ」

 リアン………とオレは声を絞り出す。

「その考え方を改めないなら離縁しよう」

 エメラルド色の目が一瞬揺らいだように思ったが、熱のせいなのかわからない。……リアンは優しく微笑んだ。

「あなたが心から望むなら良いわよ」

 ちょうど扉が開き、アナベルが息を呑んでいる。話を聞かれたらしい。オレは開いたドアから出ていく。

「へ、陛下!お待ちください!」

 アナベルが制止する声。オレは怒りをおさめられなかった。こんなことをさせてしまった自分自身の弱さに……止めなかったことに腹が立つ。

 執務室のテーブルの上の物を苛立ち紛れに床にすべて落とした。ガシャンと音がしてインクの瓶が溢れ、黒い染みが床に出来ていく。

「陛下!?」

 セオドアが音を聞きつけて、ドアを開けて入って来ようとした。

「来るな!……今は1人にしてくれ」

「……はい」

 ドンッと机を拳で何度も叩いた。リアンの覚悟をやり過ぎる性質をもっと見抜くべきだった。今回の戦がうまくいったから良かったんだ。

 命を賭けさせてしまったこと、リアンが自分のやり方を間違っていないと思っていること、そして彼女の異変に気づいてやれなかったこと………戦に勝利し、終わったが、この胸の中には痛みが残った。
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