犬、やめました。【コミカライズ企画進行中作品】

花澄そう

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エピローグ

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婚約指輪を貰って涙を流した日から10ヶ月の月日が経った。


私達は今――
日本に居ない。


「おい、シンデレラ。珈琲コーヒー入れろ」
帰ってくるなり一体なんなんだろう。この人は。

「もう、彰!シンデレラって言うの止めてって言ってるでしょ」
ソファに座る私は、スマホ片手にふくれっ面になる。

「なんで、いいじゃん。今や遥は日本だけじゃなくて世界中でも有名な『現代のシンデレラ』だろ」
クスクスと笑われて頭を抱える。

「そうなのよ……せっかくシンデレラって言われなくなって来てたのに、まただよ……ああ、ほんと困る。
その辺歩いてても、新しい方の大学でも、先生からも新しい友人からも知らない人にまで、みーんな私の事をシンデレラって呼ぶんだよ!?」

「まぁ、しゃーねーよ。お前がになったんだから」
「うっ……」

私達はついに結婚をした。


今は一般的には新婚ホヤホヤと言われる時期になるんだろうけど、長い付き合いだし、同棲みたいなものも半年くらいしてたせいか、新婚という言葉からはかけ離れた生活をしている、と思う。


それにしても……東十条遥。
この名前には違和感しかない。
正直、誰?って感じだ。

そのうち慣れる、なんて言われたけど、やっぱり生まれた時から使っていた白藤遥という名前以外しっくり来ない。

でも、この新しい苗字には何度も混乱させられているけど、彰と同じ東十条になって凄く嬉しく思ってる。
本当に家族になったんだなって、思えるから。

「で、珈琲は?」
「それくらい、自分で入れたらいいじゃん」
「あ、いいのか?そんな言い方して」

「な、何よ……?」
ニヤつく顔が張り付いていて地味にイラっとしてしまう。


「何よ、妻を脅そうっていうの!?脅される物なんてもう何もないんだからね!」
自分で『妻』と言って、急に恥ずかしさを覚える。やっぱ慣れない。

「そうか、夫にそんな態度取るならもういい。
……これ、俺が全部食べるから」
そう言って彰の影から出てきたのは、私が最近ドはまりしているアメリカで有名なチーズケーキ店の名が入った紙袋。


私達は今、彰と一緒にアメリカの有名大学に留学中だ。
学科は同じで、主に経済や経営について学んでいる。

もちろん住まいは同じ。
義父とうさんが用意したこの家は無駄に広く、庭にプール、シアタールームに天体観測部屋、そして私は使った事がないけどトレーニングルームというのまである。

「あ!あそこのチーズケーキじゃない!珈琲くらい入れる!入れます!入れさせてください!」
「えー。でも、もうシンデレラにあげる気分じゃなくなっちまったな」
「えっ」

その言葉にショックを受けて固まると、彰は突然クスりと笑って机の上に紙袋を置いた。

静かにニッと片方の口角を上げる彰の顔はどこか得意げで、『その気にさせてみろよ』と書いてある気がした。


彰は、時々こうやって謎めいた事をしてくる。
こんな茶番、何が楽しいのかもよく分からない。
なのに私は、毎回毎回、彰の要望通りに行動してしまう。
自分の要望を叶えるためという事より、彰を喜ばせたいのが勝っている気がする。

「やだ、そんな事言わないでよ」
やっぱり茶番。自分でそんなセリフを言って再び思った。

彰は優しい。
だから機嫌を損ねたところで最終的には絶対食べさせてくれるのは分かってる。
でも、縋り付くようにして困った顔を向けると妙に嬉しそうな顔が覗くから、ついついやってしまう。

結局、付き合って、婚約して、結婚して、彰の事を全て理解したような気になっても、まだまだ分からない事だらけだ。


ソファをきしませ、スリッパの音を立てながら彰の元に歩み寄る。
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