ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第5章 本当の気持ち

第6話

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「よし、行こうか」

「うん」



二つのおにぎりでお腹を落ち着かせた私たちは、二人でもう一度、今朝も通った道を、逆方向に向かって歩く。

じりじりと照り付ける太陽に、すぐにじわりと汗をかいた。



「暑いね」

「そうだね」



始めのうちは会話もあったけれど、現場に近づくにつれてどうしても昨夜のことが思い出されてしまい、ぽつりぽつりと減っていく台詞。

到着したときには、何故だか少し、ほっとした。

けれど、その安堵はすぐに違う感情に取って代わられた。

ガサガサと喉を刺すような空気に思わず袖で鼻と口を覆う。大和屋があった場所は、無機物のみが転がる凄惨な光景となっていた。



「璃桜! お前、大丈夫か?」



私たちの姿を目ざとく見つけた左之さんが、駆け寄ってくる。

左之さんの顔にも、手拭いが巻き付けられて、マスクの様なはたらきをしていた。



「ほい、お前らも手拭いしたほうがいいぞ」



そう言って左之さんに手渡された手拭いを、鼻と口を覆うように巻き付け、首の後ろでぎゅっと結ぶ。それだけで、むっとした暑さが首元に集まる。



「総司! こっち手伝って!」

「はーい!」



平ちゃんに呼ばれて、そうちゃんは建物の残骸の裏側へ行ってしまった。私は何を手伝えばいいのか、そう思いながらきょろきょろと辺りを見回していた時。



「璃桜」



名を、呼ばれる。その声に、振り向いた。



「歳三……」



私の後ろには、暑そうに目を眇めながら立ち尽くす歳三がいた。思わずさっと視線をそらしてしまった。

けれど、その先何処を見ればよいのかわからなくて、自分の視線が泳いでいるのを感じる。どうせ、気まずいのは私だけだ。

平常心、平常心。あのキスは、無かったことにするって決めたんだから。

そう念仏を唱えるように頭で唱えて、歳三の目を見た。



「……無事、か」

「……うん」



歳三のその声色に、何処か涙の色を見た気がした。くぐもって聴こえたのは、その唇が手拭いで覆われているせいだろうか。



「……璃桜、」

「何?」

「おめぇ、此処にいても何ともないか」

「……うん、大丈夫、だけど」



何を言っているのだろう、この人は。
何を考えているのかが、全く分からない。

そんな事を考えている間にも、じっとその漆黒の瞳で、此方を伺い続ける歳三。




「何」

「……いや、大丈夫ならいいんだけどよ。思い出したりしねぇのかな、と思ってよ。前、殿内が斬られた時とか、変なこと思い出しただろ」



そういう事。漸く合点がいく。

記憶がフラッシュバックしてしまわないか、心配してくれていたらしい。

けれど、1つ疑問が。



「……思い出すって何を?」



今まで、火事になったことなどあっただろうかと思い返してみるけれど、全く身に覚えがない。きょとんと首を傾げてみれば、歳三はハッとして、慌てたようにごほんと咳払いをした。



「いや、何でもねぇ、忘れろ」

「……うん……?」

「璃桜、おめぇ、こっち手伝え」

「分かった」



何だか変な様子の歳三だったけれど、その奇妙な感覚は片付けを始めたら忙しさとせわしなさに何処かに消えてしまった。

歳三に言われて、崩れた小さな木片を、敷地の端に纏めている時だった。




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