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本編

32. 私の進む道

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「いや~、本当に面目なかった」
「あの程度の術にかかるとはな。情けないぞ、ルドルフ」
「超人の貴方と同じにしてくれるな」
「陛下はフェッセル帝国とのゴタゴタで、だいぶお疲れでしたからね。隙があっても仕方ありますまい」
「そういう宰相おまえも、術にかけられていたではないか」
「はは、そうでした。お恥ずかしい所をお見せ申した」
 
 国王陛下の執務室。豪奢な布に覆われたふかふかのソファには陛下と、向かい合ってレオポルドお祖父様、ハルトヴィヒ殿下が座っている。宰相様とユリウス様、私は座る場所がないので、立った状態だ。

「それで?今回の騒動にはどう落とし前をつけるつもりだ」

 あの場から逃げ出した王妃様は捕らえられ、今は別室に軟禁されているそうだ。

「ヘンリエッテは、北の塔に幽閉とする。ほとぼりがさめたら、グレンゼの離宮に住まわせよう」

 グレンゼは王都から離れた辺境の地で、風光明媚ではあるがかなりの田舎だ。事実上の追放ということになる。お洒落や華やかな催しが大好きな王妃様には、辛い暮らしになるだろう。

「それだけか?」
「此度の責任を取るため、私も国王の座から退く」
「お待ち下さい!何も父上がそこまでされることは」
「妻の所行は夫たる私の責だ。それにヘンリエッテの暴走は、私にも原因があると思う」

 陛下は遠い目をしながら、淡々と話を続けた。

「ハルトヴィヒが産まれた時、ヘンリエッテは自分の手で育てることを望んだ。だが王家の慣習のため、お前は乳母に預けられた。……その時に妃とじっくり話をするべきだったのであろうな。だが、忙しさを言い訳にして、私はその機会を逸してしまったのだ。そのせいだろう。五年経ってようやく恵まれたユリウスに、ヘンリエッテはひどく執着してしまった」

 ……私は子供を産んだことはないけれど。赤子のうちに手を離さなければならないなんて、きっと酷く辛いことなんだろう。

「国王であれば、何より国政を優先にするのは当然のこと。王妃とて、その程度は覚悟すべきではありませんか」
「ハルトヴィヒ殿下。仰ることは尤もですが、人の情とはそう簡単にいくものではございません。これは、政治の世界でも同じことですぞ」

 宰相様が優しくハルトヴィヒ殿下を諭した。そういえば彼は、殿下の教育係でもあったわね。

「とはいえ、直ぐに退位しては国民も混乱するであろう。もうしばらくはハルトヴィヒを補佐として引継ぎを行う。それで納得してもらえるか、公?」
「まあ良かろう」

 お祖父様が渋い顔をして頷いた。

「もう一人、罰を与えねばならない者がいるな。……ユリウス」

 隣に立つユリウス様が、居住まいを正す。

「一方的に婚約を破棄されたルイーゼ嬢に罪はない。しかし、お前は違う。王妃のした事が理不尽だとしても、なぜ私が帰るまで待つか、宰相に相談しなかった?お前の軽々な行為が、今回の騒動を引き起こしたのだ」
「……はい」
「お前の側仕えや侍従、教育係は責務不履行で免職とする」
「そんな!僕、いえ私が勝手に王宮を出奔しただけです。彼らに罪など」
「それでも、処分はせねばならぬ。その身はお前だけのものではない。王族たる者は、常に臣下の命運を背負っているという事実を理解せよ」

 ユリウス様は唇を噛みながら下を向いた。お優しい方だ、さぞや心を痛めておられるのであろう。私はそっと彼の手に触れた。その手が強く握り返される。

「ユリウス、お前には三年の国外追放を命じる」

 三年もの間、ユリウス様と会えなくなる……!? 衝撃を受けて固まった私に、陛下が優しく話しかけた。

「ルイーゼ嬢。此度の件、まことに申し訳なかった。婚約破棄で被った悪評は、できうる限り払拭することを約束しよう。……その上で聞くのだが。ユリウスとの婚約を続行する気はあるか?」

 それは、思いがけない問いかけだった。

「勿論、そなたにその気がないのであれば、破棄ではなく婚約解消ということで処理をする」

 婚約解消であれば、我が家が不利益を被ることもないし、次の婚約者を探すことも可能だろう。
 ユリウス様がこちらを見ていた。その顔が不安で揺らいでいるのが分かる。
 大丈夫。
 そんな気持ちを込めて、私はユリウス様に微笑みを返した。

「私は、殿下との婚約を解消したくはございません」

 顔を上げ、きっぱりと答えた私を見て、陛下の眉尻が少し下がった。ホッとしているようにも見える。

「分かった。それでは両者の婚約はこのままとする。ユリウス、お前をエルスハイム王国魔導部門の特別顧問に命ずる。知っての通り、我が国は魔導について他国にかなり後れを取っている。諸外国を巡り、魔導について学んでくるのだ。そして、ルイーゼ嬢。そなたにはユリウスの護衛をお願いしたい」

 私と殿下は顔を見合わせた。
 
「返答は?」
「謹んで拝領いたします」
「私も承りました、父上!必ずや他国の高い魔導技術を、身に付けて参ります」
「うむ」

 神妙な顔で頭を垂れたけれど、内心は飛び上がって喜びたい気持ちだった。追放となっても一緒にいられる。しかも、今度は身分を隠すことなく、旅ができるんだ!

 ニヤニヤが押さえきれない私たちを見て、陛下がコホン、と咳をする。

「二人とも、戻った暁にはハルトヴィヒのため、この国のために尽くしてくれ」
「はい」
「承りました」
「三年後までに、準備をしておかねばな」
「何の準備ですか?」

 キョトンとした顔でユリウス様が聞き返す。今度は陛下がニヤニヤした顔になった。

「お前たちの結婚式に決まってるだろう」
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