恋する総受け悪役令息は、好意と押しに弱い。

ツキハ|BL小説

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1章

隔たりの向こう側。

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 詰まっていたゲームの攻略法を見つけた時。

 思い出せそうで思い出せない名前をひらめいた時。

 コンマ1秒すれすれで電車に乗り込んだ時。


 この快感は、筆舌に尽くしがたいものである。



「ご、合格です……」
「っしゃおらぁ!!」

 突き上げた拳は、切り開かれた勝利への道だ。















 



「いやお前、冒険者になれる立場じゃないだろ?」
「えっ」

 深くため息を吐く目の前の青年――ミザイアが、微かに首を傾けてこちらを見る。さらりと流れた赤髪から、きらりと光を反射する水晶飾りのカフスが見えて、近づいてきた彼の口が俺の耳元で囁いた。

「今は幻惑魔法の使い手は居ねえが、夜には戻ってくるぜ」

 一瞬、言われたことを咀嚼するのに時間を要した俺が、不自然に固まったのをミザイアが笑う。

 力の入る肩に手をおかれ、離れた顔には――以外にも、飄々とした先ほどまでと変わらない表情。



「別に追求するつもりはねーよ。事情があんだろ? 周りに黙って突っ走るのはやめとけって話」

 ちなみにこれ、経験則な。マジでお勧めしねえ。

 やれやれ、なんて言いそうに肩をすくめてウインクを飛ばしたミザイアが、軽く俺の背を叩く。


「でも、まあ」

 にっと笑う顔が、年相応のようでいて、どこか大人びた空気を帯びる。弧を描く瞳は柔らかく、真っすぐこちらを見つめて、そして。


「試験に受かったのはすげーよ。おめでとさん」

「あ、りがとう、ございます……」

 じわじわと、彼の言葉が不思議と染み渡る心地がする。唇が微かに震えて、咄嗟に引き結ばなければみっともなくにやけていたに違いなかった。











 古びて傾いた冒険者ギルドの扉の隙間から、夕日が差し込んでいる。ギィ、と音をたてて開いた戸が、ゆっくりと閉じていくのを見ながら、つかの間のひとときに別れを告げる。


 乗り掛かった舟だからと、送っていくと申し出てくれたミザイアに押し切られる形で、人気も少なくなった道を歩いていく。



 風が止んだ。



 微かに残っていた喧騒が消えた。



 そして。








 ピタリと、ミザイアの足が止まった。





「――マコト。お前、体力と足の速さに自信は?」
「へ? え、あ、あんまり……」


「そりゃ嬉しい、ね!」

 フードが脱ぎ捨てられ、ガキィン! という甲高い音と共に銀色が夕日を反射する。


 ミザイアの手には短剣が握られていて、それが目の前の真っ黒い装束の男に躊躇いなく振り下ろされた。




 男の手から零れ落ちた剣を、ミザイアが蹴り上げて掴み取り、振り向きざまに一閃。

 いつの間にか迫っていたもう一人を切り捨てて、揺れる髪の狭間に見えたカフスの水晶が、真っ黒に染まる。



「はは、マジかよ」

 乾いた笑いと共に、ミザイアが俺を背に庇いながら、じりじりと後退る。――いつの間にか、ゆうに10を超える男たちが周囲を取り囲んでいて、スッと背筋が凍る思いがする。




「マコト、こっからだとギルドが近い。俺が道を作るから、全力で走れ」
「なん、なに、を」
「お前の魔法が役立つのは知ってる。一応見てたし。けど、この数じゃあな」


 俺を助けると思って聞き入れろ。


 それだけ告げて、目の前の赤髪が遠ざかる。伸ばした指先は空をきり、宣言通りに道は開いた。




 もはや反射的に、彼の言葉通りに駆けだしていく。足元の土をぬかるみに変えて足止めしつつ、永遠にも思える時間足を動かして。





 サク、と、場違いに軽い音をたてて、直後左足に激痛が走る。勢いのまま地面に倒れて、ふと顔を上げた先にあったのは、赤く濡れた短剣だ。















 ――ずっと、霧がかった世界に生きているようだった。





 ゲームの主人公を前に、とんでもないことをしたと自覚したときも。




 レオンに存在を問われた時も。



 アレクに恋心の在りかを確かめられた時も。






 ここはゲームの世界であって、俺の体はユフィル・シアのもの。だけど、俺は確かにここに居て、しかしそれを証明する術はなく。


「恨むなら、神を恨むんだな」



 もしも今、ここで、死したとしたら。



「くそ、マコト! ボーっとしてんな、逃げ」



 ユフィル・シアではない俺がいたという事実もまた、消えてしまうのだろうか。













「―――、」

 どこかスローモーションに見えていた切っ先が、深く柔らかな声と共に見えなくなる。目の前にふわりと広がった紫が揺れて、直後、濃密な魔力がその場にいる男たちへと降りかかる。

「っぐ!?」

 コツン、と、靴音が空間に響く。騒がしかった筈の周囲は、時折聞こえるうめき声以外に音もない。








「回復魔法というものは便利でしてね。知っていますか?」








 地に伏し、頭を上げることすら出来ぬままに呻く者たちを、彼はゆっくりと見わたしていく。



「怪我を癒す、魔力の影響を正す……その本質は、あらゆる生命活動を操る力なのです」

 俺に襲い掛かった男の頭を、彼の足が容赦なくふみ抜く。悲痛なうめき声は、やがて不自然に途切れて、カラカラに乾いてやせ細る。まるで、一瞬にしてミイラになったかのようだった。


「もっとも、人にたやすく操れる範囲はたかが知れているのですが」


 静かで、優しく、あのお茶会と何ら変わらないトーン。恐ろしい筈の光景なのに、あまりにいつも通りだった、その振る舞い。



 少し離れていた足音が俺の前まで来て、かちゃりと剣を置く音がする。


「――よく頑張りましたね」

こちらを見て、俺の頬に伝う何かを拭う指先は、変わらず暖かく。

「からんど、せんせい」

 俺はこの世界で初めて、声を殺さず、ただ感情のあふれ出るまま、誰かに縋った。











第一章 触れる世界 終

_____


___あとがき____
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