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2章
◇平民アレクの釈明。
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平民街に赴いた時、レオンと一緒に見ていたのは、シンプルなバングルを扱っている店だった。
平民の中にも魔力を持つ者は一定数居て、そういった者たちは冒険者向けに、アイテムに魔力を込めて生計を立てていることがある。
このバングルはその一種で、もちろん学園の生徒がつけている物と比べれば粗末ではあるが、込められた魔力はそこまで見落とりしない。
「レオン、そういえば、シア様は何もつけていらっしゃらないよね」
「あぁ。気に入ったものが無いのだと以前言っていたな」
シア様ほどのお方なら、高級品は嫌というほど見てきたはずなのに、気に入ったものが無い……? それって滅茶苦茶ハードルが高いじゃないか、なんて勝手に落ち込みながら、目の前のソレを見る。
シンプルな細い黒の輪っかに、シア様の瞳の色を思わせる小さな石がはめ込まれたもので、制服以外に身を飾るものを身に着けていない普段のシア様にも似合う気がした。
しばらく迷って、今のシア様ならば、友人からの記念品として、身には着けなくとも部屋には置いてくれるのではと自分を甘やかし、それを手に取る。支払いを終えて、まだ店の前に立ちすくむレオンを横目にシア様に声をかけようと振り返って。
血の気が引いた。
同時に、街へ出る前にシア様に手渡されていた手紙を思い出す。俺が居ないところで見てくれと言われたそれを、震える手で開いて。
「レオン!」
「どうし……、……アレク。お前は学園に戻って、誰か……カランド先生に協力を仰げ」
「レオンは?」
「俺は探しに行く。遠くには行っていない筈だ」
そう言い捨てて、止める間もなくレオンが駆け出していく。冷静ぶっていたが、自分一人で探しに行こうとするあたり、頭が回っていない。頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、言われた通りに学園へと足を向ける。
人の出入りが制限されている学園へは、通常の手段では決してたどり着けない。そもそも資格を持たない者には場所すらわからないように、強固な結界と幻惑の術がかけてあるのだ。
街の外れまでいき、人の目が無い事を確認してから、心の中でゲートを開く言葉を唱える。空間が歪んだ直後、びりびりとした魔力の波の中に飛び込めば、一瞬のうちに巨大な門があらわれて、次いでその先に、美しく巨大な時計塔を中心とした学園が見えてくる。
休みの日でもカランド先生が保健室に入り浸っているのは有名な話で、どうか今日もそうでありますようにと祈りながら一直線にひた走る。ぜいぜいと息を乱して目的の扉をあけ放って、そして。
「おや。休みの日にどうしましたか、アレク君」
いつもと変わらぬ、穏やかで深い紫色の目が、日差しを受けて影になる。それは不安のさなかにいた俺を安心させてくれるもののはずなのに。
なぜだか酷く、胸が冷える心地がして。
――カタリと鳴った物音にハッと我に返ったのは、きっとすぐのこと。
「あ……、せ、先生! シア様が、平民街、で、居なくなってしまって!」
「ユフィルが? ……なるほど、3人で遊びに?」
「は、はい。街中の、魔法具を売っている店を見ていた時に、気付いたら居なくなっていて」
手紙を差し出しながら、店の場所、時間を順に告げていく。
――レオン様と一緒に遊んでやってくれ。
とだけ書かれた手紙は、どう考えても、シア様がまだ俺とレオンのことを誤解していることを、この上なくわかりやすく証明していた。
以前シア様がつらそうに己の胸元を握った時、俺はもっと、きちんと説明しておくべきだったのだ。
無事にシア様を探し出せたら絶対に伝えようと決意しながら、思案するカランド先生を見る。
「ふむ。攫われたわけではないなら、一つ安心材料ではありますね。姿も変えていることですし」
「はい。でも、平民の中にも魔法の心得のあるものは居ますし……その、裏通りに迷い込みでもしたらと心配で」
「そうですね……。わかりました。こちらで預かります。アレク君、君はユフィルが学園へ戻る可能性も考えて、こちらで待機を」
「あ、あの。警備の方へは……?」
「ことを大きくすることを、あの子は望まないでしょうし……それに」
「それに?」
何かを言いかけたカランド先生が目を伏せて、小さく笑って首を振る。
「いいえ。なんでも。ただ」
あの子にはあの子なりの考えあってのことですから、あまり怒らないであげてください、と。
まるで俺の内心を、シア様を案ずる気持ちの裏にある歪みを見透かされたようで、どきりとする。
「カランド先生は、シア様が何を考えているのか知っているのですか」
「さて。どうでしょうね。人は己の心すらわからぬ生き物のようですから」
それだけ言い残して、先生が姿を消す。シア様を探しに向かったのだろうが、安堵とも不安ともつかない妙な心地だ。
先生が残して行った、いれたてのお茶が、いつの間にか湯気をたてなくなったころ。胸の奥で暴れていた言い訳がようやくおちついたから、ため息をついて保健室を出る。
――俺は別に、人は見目で全てが決まるとは思わないけれど。もし、俺にしか救えない誰かがいて、そしてそれが、誰の目にも特別な存在であるように映っていたとしたら。
しがない平民の身として、その他大勢として扱われてきた立場としては。
心が揺れたとて、きっと、誰に咎められるいわれもないのではないかと。そう思った。
平民の中にも魔力を持つ者は一定数居て、そういった者たちは冒険者向けに、アイテムに魔力を込めて生計を立てていることがある。
このバングルはその一種で、もちろん学園の生徒がつけている物と比べれば粗末ではあるが、込められた魔力はそこまで見落とりしない。
「レオン、そういえば、シア様は何もつけていらっしゃらないよね」
「あぁ。気に入ったものが無いのだと以前言っていたな」
シア様ほどのお方なら、高級品は嫌というほど見てきたはずなのに、気に入ったものが無い……? それって滅茶苦茶ハードルが高いじゃないか、なんて勝手に落ち込みながら、目の前のソレを見る。
シンプルな細い黒の輪っかに、シア様の瞳の色を思わせる小さな石がはめ込まれたもので、制服以外に身を飾るものを身に着けていない普段のシア様にも似合う気がした。
しばらく迷って、今のシア様ならば、友人からの記念品として、身には着けなくとも部屋には置いてくれるのではと自分を甘やかし、それを手に取る。支払いを終えて、まだ店の前に立ちすくむレオンを横目にシア様に声をかけようと振り返って。
血の気が引いた。
同時に、街へ出る前にシア様に手渡されていた手紙を思い出す。俺が居ないところで見てくれと言われたそれを、震える手で開いて。
「レオン!」
「どうし……、……アレク。お前は学園に戻って、誰か……カランド先生に協力を仰げ」
「レオンは?」
「俺は探しに行く。遠くには行っていない筈だ」
そう言い捨てて、止める間もなくレオンが駆け出していく。冷静ぶっていたが、自分一人で探しに行こうとするあたり、頭が回っていない。頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、言われた通りに学園へと足を向ける。
人の出入りが制限されている学園へは、通常の手段では決してたどり着けない。そもそも資格を持たない者には場所すらわからないように、強固な結界と幻惑の術がかけてあるのだ。
街の外れまでいき、人の目が無い事を確認してから、心の中でゲートを開く言葉を唱える。空間が歪んだ直後、びりびりとした魔力の波の中に飛び込めば、一瞬のうちに巨大な門があらわれて、次いでその先に、美しく巨大な時計塔を中心とした学園が見えてくる。
休みの日でもカランド先生が保健室に入り浸っているのは有名な話で、どうか今日もそうでありますようにと祈りながら一直線にひた走る。ぜいぜいと息を乱して目的の扉をあけ放って、そして。
「おや。休みの日にどうしましたか、アレク君」
いつもと変わらぬ、穏やかで深い紫色の目が、日差しを受けて影になる。それは不安のさなかにいた俺を安心させてくれるもののはずなのに。
なぜだか酷く、胸が冷える心地がして。
――カタリと鳴った物音にハッと我に返ったのは、きっとすぐのこと。
「あ……、せ、先生! シア様が、平民街、で、居なくなってしまって!」
「ユフィルが? ……なるほど、3人で遊びに?」
「は、はい。街中の、魔法具を売っている店を見ていた時に、気付いたら居なくなっていて」
手紙を差し出しながら、店の場所、時間を順に告げていく。
――レオン様と一緒に遊んでやってくれ。
とだけ書かれた手紙は、どう考えても、シア様がまだ俺とレオンのことを誤解していることを、この上なくわかりやすく証明していた。
以前シア様がつらそうに己の胸元を握った時、俺はもっと、きちんと説明しておくべきだったのだ。
無事にシア様を探し出せたら絶対に伝えようと決意しながら、思案するカランド先生を見る。
「ふむ。攫われたわけではないなら、一つ安心材料ではありますね。姿も変えていることですし」
「はい。でも、平民の中にも魔法の心得のあるものは居ますし……その、裏通りに迷い込みでもしたらと心配で」
「そうですね……。わかりました。こちらで預かります。アレク君、君はユフィルが学園へ戻る可能性も考えて、こちらで待機を」
「あ、あの。警備の方へは……?」
「ことを大きくすることを、あの子は望まないでしょうし……それに」
「それに?」
何かを言いかけたカランド先生が目を伏せて、小さく笑って首を振る。
「いいえ。なんでも。ただ」
あの子にはあの子なりの考えあってのことですから、あまり怒らないであげてください、と。
まるで俺の内心を、シア様を案ずる気持ちの裏にある歪みを見透かされたようで、どきりとする。
「カランド先生は、シア様が何を考えているのか知っているのですか」
「さて。どうでしょうね。人は己の心すらわからぬ生き物のようですから」
それだけ言い残して、先生が姿を消す。シア様を探しに向かったのだろうが、安堵とも不安ともつかない妙な心地だ。
先生が残して行った、いれたてのお茶が、いつの間にか湯気をたてなくなったころ。胸の奥で暴れていた言い訳がようやくおちついたから、ため息をついて保健室を出る。
――俺は別に、人は見目で全てが決まるとは思わないけれど。もし、俺にしか救えない誰かがいて、そしてそれが、誰の目にも特別な存在であるように映っていたとしたら。
しがない平民の身として、その他大勢として扱われてきた立場としては。
心が揺れたとて、きっと、誰に咎められるいわれもないのではないかと。そう思った。
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