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2章
焦げ付くような残骸。
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扉の前で、俺は唸っていた。かれこれ10分は唸っていた。
開けるべきか、否か。それが問題だ。
脳内シミュレーションの結果、とりあえず怪我をしたと聞いて心配しました~と告げ、当たり障りのない返答をして去る、という結論には達したのだが、まあ、待てよ。まだ慌てる時間じゃない。
うろうろと保健室の扉前を往復するルーチンが板についてきた、その時だった。
「ユフィル。気になるのでさっさと入ってきなさい」
容赦なく開け放たれた扉から出てきたカランド先生に首根っこをつかまれて、俺のルーチンは終わりを告げる。
「ギルクス君の見舞いですか?」
「は、はい」
「頭を打ったようで、まだ眠っています。もうじき起きると思うので、ついていて差し上げるとよいでしょう」
ぽいっとベッドわきの椅子に放られて、強制的にレオンと対峙する。久しぶりに見た彼は、なんだが顔色が悪いように思えて、心臓が不安でどくりと脈打つのがわかる。
い、いきてる……?と不安になった俺が顔の前に手をかざして呼吸確認をしていたら、後ろから見ていたカランド先生が小さく笑った。
「大丈夫ですよ。生きてます」
「そ、そうですよね」
「私は少し席を外します。……ユフィル」
「はい」
椅子に座る俺の頭に、カランド先生の掌がのる。軽く撫でられて目を丸くする俺の顔を覗き込む先生が、静かに言葉を発した。
「何か言いたいことがあるのなら、今のうちに伝えておきなさい。そばに居られる時間は限られているのですから」
「……はい」
先生が出ていった扉が閉じて、部屋の中がしんと静まり返る。
もう一度呼吸確認を挟んでみつつ、起きないのがわかってベッドの端に腕を置き、じっと顔を覗き込む。
美しい青年だと思う。攻略対象だからそりゃそうかもしれんが、見た目だけの話ではない。子供のころに役目を定められ、抗うことも許されず、投げ出しても仕方のない状況の中、彼はひたすらに己を磨き上げた。
レオンは、決して俺に優しくはなかった。褒めろと言っても聞かないし、愛してほしいと言ってもこちらを見てもくれなかった。でも。
ずっと変わらず傍で護ってくれたのは、彼だけだった。
シア家の中も一枚岩ではない。神の寵児などと持ち上げられた俺を疎んじる者も居て、家の方が危険とも言えた中、誰が敵かもわからない俺にとって、唯一信じられたのがレオンだった。
「そりゃ好きになるよなぁ」
眠るレオンの前髪に触れて、軽くすいて横に流すことを繰りかえす。起きている間は決して許されないであろう行為だったから、俺の中の残り火がまた煩くなるのを感じる。
ユフィル・シアとしての記憶は、今はもう、全てを鮮明に思い出せる。初めて彼を見た時、俺はまだ言葉も怪しい状態だったけど、レオンは不器用なりに俺をあやそうとすらしていて、控えめにってギャップがすごい。
最初から険悪な仲だったわけではないのだ。きっと世界が違えば、美しい主従になっていたと思えるくらい、最初の記憶はほほえましいものだった。
カタリと、何かの物音が意識を引き戻す。もうしばらく見ていない、その深い青色を見たいなと思って、じっとレオンを見て。
直後、視界が反転する。
「なぜ、お前はここに居る」
気が付けばベッドの上に転がされていて、前に見た天井を背景にレオンが俺を見おろしている。見たかった瞳は思ったよりも濁っていて、苦し気に歪んでいたのが気になった。
「れ、レオン、さま。あの、ケガをしたと聞いて、見舞いに」
「なぜ」
俺の言葉を、レオンは気にもしていない様子だった。届いているのかも怪しくて、ぽつぽつと、独り言のような言葉が漏れ出してくる。
「なぜ」
レオンの右手が、彼の胸元を強く握りこみ、彼の瞳が不安定に揺れる。絞り出すような声が俺に届くたび、胸が苦しくなる心地がして。
「俺は、まだ」
「お前を追い出せずにいるんだ」
そう言って、俺の顔の横に、うずくまるようにして顔を寄せるレオンが、小さく、声にもならない嘆きを落とす。
――そこに居たのは、攻略対象の彼でも、騎士としての彼でもなく、ただ一人の子供に過ぎない彼だった。
ずっと大人であることを求められた、一人の人間だった。
「……、俺は、レオン様のことが、ほんとうにすきでした」
おそるおそる、両腕で彼の頭を抱えるようにして抱き込み、ほんの少しだけ力をこめる。今でも思い出せる記憶の中のレオンは、優しくはないことばかりだったけれど、その背中の頼もしさだけは鮮明だった。
「望まない立場だったことも知ってた。それでも、失いたくなかったから、あなたの気持ちを無視していました」
記憶の中のレオンは一度だって護衛をやめるとは言わなかったけど、嫌がっていたのはずっとわかっていた。わかっていて、俺は俺の感情を優先したのだ。
「ごめんなさい。俺を護ってくれたあなたを、俺はずっと傷つけてきた」
「できることなら、あなたの人生を返してあげたいけど、そんな力はないから」
「だから、今の俺に出来ることなら、なんでもしたいと思う」
許してくれとは、決して言えない。
しんとした空間に、二人分の呼吸と心臓の音だけが響く中、じっと蹲っていたレオンが、静かに囁く。
「……ユフィル。おまえは、なぜ、変わったんだ」
「それ、は」
「お前が変わらなければ、俺もずっと、変わらずにいられた。お前を憎み、悪と断じて、いつかは俺の人生から消し去れた筈だったんだ」
だが。
そう続けたレオンの声が、なんだか今までと違って聞こえて、微かに息苦しくなる。なんだかこれ以上を聞いてはいけないような、そういう、根拠のない違和感で、思わず両腕に込めていた力を緩めたけど。
「もう遅い」
顔をあげて、額がくっつきそうな距離でこちらを見るレオンは。
今まで見たこともない、俺の知らない誰かに思えた。
開けるべきか、否か。それが問題だ。
脳内シミュレーションの結果、とりあえず怪我をしたと聞いて心配しました~と告げ、当たり障りのない返答をして去る、という結論には達したのだが、まあ、待てよ。まだ慌てる時間じゃない。
うろうろと保健室の扉前を往復するルーチンが板についてきた、その時だった。
「ユフィル。気になるのでさっさと入ってきなさい」
容赦なく開け放たれた扉から出てきたカランド先生に首根っこをつかまれて、俺のルーチンは終わりを告げる。
「ギルクス君の見舞いですか?」
「は、はい」
「頭を打ったようで、まだ眠っています。もうじき起きると思うので、ついていて差し上げるとよいでしょう」
ぽいっとベッドわきの椅子に放られて、強制的にレオンと対峙する。久しぶりに見た彼は、なんだが顔色が悪いように思えて、心臓が不安でどくりと脈打つのがわかる。
い、いきてる……?と不安になった俺が顔の前に手をかざして呼吸確認をしていたら、後ろから見ていたカランド先生が小さく笑った。
「大丈夫ですよ。生きてます」
「そ、そうですよね」
「私は少し席を外します。……ユフィル」
「はい」
椅子に座る俺の頭に、カランド先生の掌がのる。軽く撫でられて目を丸くする俺の顔を覗き込む先生が、静かに言葉を発した。
「何か言いたいことがあるのなら、今のうちに伝えておきなさい。そばに居られる時間は限られているのですから」
「……はい」
先生が出ていった扉が閉じて、部屋の中がしんと静まり返る。
もう一度呼吸確認を挟んでみつつ、起きないのがわかってベッドの端に腕を置き、じっと顔を覗き込む。
美しい青年だと思う。攻略対象だからそりゃそうかもしれんが、見た目だけの話ではない。子供のころに役目を定められ、抗うことも許されず、投げ出しても仕方のない状況の中、彼はひたすらに己を磨き上げた。
レオンは、決して俺に優しくはなかった。褒めろと言っても聞かないし、愛してほしいと言ってもこちらを見てもくれなかった。でも。
ずっと変わらず傍で護ってくれたのは、彼だけだった。
シア家の中も一枚岩ではない。神の寵児などと持ち上げられた俺を疎んじる者も居て、家の方が危険とも言えた中、誰が敵かもわからない俺にとって、唯一信じられたのがレオンだった。
「そりゃ好きになるよなぁ」
眠るレオンの前髪に触れて、軽くすいて横に流すことを繰りかえす。起きている間は決して許されないであろう行為だったから、俺の中の残り火がまた煩くなるのを感じる。
ユフィル・シアとしての記憶は、今はもう、全てを鮮明に思い出せる。初めて彼を見た時、俺はまだ言葉も怪しい状態だったけど、レオンは不器用なりに俺をあやそうとすらしていて、控えめにってギャップがすごい。
最初から険悪な仲だったわけではないのだ。きっと世界が違えば、美しい主従になっていたと思えるくらい、最初の記憶はほほえましいものだった。
カタリと、何かの物音が意識を引き戻す。もうしばらく見ていない、その深い青色を見たいなと思って、じっとレオンを見て。
直後、視界が反転する。
「なぜ、お前はここに居る」
気が付けばベッドの上に転がされていて、前に見た天井を背景にレオンが俺を見おろしている。見たかった瞳は思ったよりも濁っていて、苦し気に歪んでいたのが気になった。
「れ、レオン、さま。あの、ケガをしたと聞いて、見舞いに」
「なぜ」
俺の言葉を、レオンは気にもしていない様子だった。届いているのかも怪しくて、ぽつぽつと、独り言のような言葉が漏れ出してくる。
「なぜ」
レオンの右手が、彼の胸元を強く握りこみ、彼の瞳が不安定に揺れる。絞り出すような声が俺に届くたび、胸が苦しくなる心地がして。
「俺は、まだ」
「お前を追い出せずにいるんだ」
そう言って、俺の顔の横に、うずくまるようにして顔を寄せるレオンが、小さく、声にもならない嘆きを落とす。
――そこに居たのは、攻略対象の彼でも、騎士としての彼でもなく、ただ一人の子供に過ぎない彼だった。
ずっと大人であることを求められた、一人の人間だった。
「……、俺は、レオン様のことが、ほんとうにすきでした」
おそるおそる、両腕で彼の頭を抱えるようにして抱き込み、ほんの少しだけ力をこめる。今でも思い出せる記憶の中のレオンは、優しくはないことばかりだったけれど、その背中の頼もしさだけは鮮明だった。
「望まない立場だったことも知ってた。それでも、失いたくなかったから、あなたの気持ちを無視していました」
記憶の中のレオンは一度だって護衛をやめるとは言わなかったけど、嫌がっていたのはずっとわかっていた。わかっていて、俺は俺の感情を優先したのだ。
「ごめんなさい。俺を護ってくれたあなたを、俺はずっと傷つけてきた」
「できることなら、あなたの人生を返してあげたいけど、そんな力はないから」
「だから、今の俺に出来ることなら、なんでもしたいと思う」
許してくれとは、決して言えない。
しんとした空間に、二人分の呼吸と心臓の音だけが響く中、じっと蹲っていたレオンが、静かに囁く。
「……ユフィル。おまえは、なぜ、変わったんだ」
「それ、は」
「お前が変わらなければ、俺もずっと、変わらずにいられた。お前を憎み、悪と断じて、いつかは俺の人生から消し去れた筈だったんだ」
だが。
そう続けたレオンの声が、なんだか今までと違って聞こえて、微かに息苦しくなる。なんだかこれ以上を聞いてはいけないような、そういう、根拠のない違和感で、思わず両腕に込めていた力を緩めたけど。
「もう遅い」
顔をあげて、額がくっつきそうな距離でこちらを見るレオンは。
今まで見たこともない、俺の知らない誰かに思えた。
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