毒視姫(どくみひめ)の憂鬱

翠晶 瓈李

文字の大きさ
3 / 31

招かれざる客〈2〉

しおりを挟む


「おはようごさいます。お久しぶりですね、おじ様」



「ああ、おはよう。元気にしていたかい、リシュ」




 客間に入りリシュが挨拶をすると、ラスバートは立ち上がりテーブルから離れ、リシュと抱擁を交わした。




「眠り姫は随分と早起きになったじゃないか。俺はまだあと一時間は待たされる覚悟だったが」



「あら。だったらもう少し眠っていたらよかったわ。せっかくステキな夢を見ていたところだったのに」



「そりゃ悪かったね。夢の中の王子様には後で謝るとして。───リシュ、久しく見ない間にずいぶん麗しくなったじゃないか」



 ラスバートは感慨深げに微笑した。




「そう? 背と髪が伸びただけだと思うけど」




「いや、リサナに……母上に似てきたよ。いよいよ楽しみだな」




「いよいよ?」




 リシュとラスバートがテーブルに着くと、使用人が紅茶を用意してくれた。




「いよいよってのはさ、君を社交の場に披露する日が楽しみだってことさ」


(社交の場?)


 ラスバートはミルクティーの注がれたカップを口元に寄せながら微笑する。




「おまえさんも十八になっちまったろ。社交界デビューはギリギリの年齢だ。遅いくらいだよ」




「おじ様、まさかそんなこと言うために、わざわざ王都からここへ来たの?」


「そんなこと、じゃない。重要なことだよ、これは」



 ラスバートは真面目な顔でリシュを見つめた。




 柔らかそうな蜂蜜色の髪と、春に眩い新緑色の瞳。


 整った面差しは少し童顔。


 常に優しげな微笑で甘い雰囲気を醸し出す彼の風貌は、実年齢よりも若く見える。


 飾らない気質と親しみやすさで、宮廷の御婦人方に絶大な人気があるという噂だ。


 しかも独身。


「君の身分で社交界デビューは避けられない。本当は二年前に話はあがっていたんだ。でもリサナが……君の母上が亡くなられたり、宮廷でもまだ調整がつかなかったりで、結局先送りになった……。でもやっと決まった。王宮では君を招く準備が進んでる。だからこうして迎えに来た。デビューは五日後だ」




「五日後……」




「ああ。五日後の収穫祭だ。毎年王都でも行われるが、今年の収穫祭は『豊穣祭』と称して、我が国ラシュエンが主催となって、近隣諸国から賓客を呼んで盛大に執り行う予定だ」




「ちょ……ちょっと待ってよ、おじ様」


「茶会に昼食会。舞踏会に晩餐会。君をそこへ連れて行くよ、リシュ。あぁ、楽しみだなぁ!」



 まるで、薔薇色の宮廷でも思い描いているような……。

 ラスバートの表情はどこか夢見心地で、まるで無邪気な子供のようだ。



 華やかな話の内容とあれば、普通の若い娘なら喜んでついて行くだろう。



 ……が、リシュは違った。



 リシュにとってその内容は、全て憂鬱につながるものだった。



「悪いけど辞退するわ、おじ様」



「えぇ~っ⁉」



「だって五日後はこの街でも収穫祭なのよ。昨日ようやく農園の収穫も一段落したとこなの」




 せっかくダラダラ寝て過ごそうと思っていたのだ。


 社交界? 舞踏会? 

 冗談じゃない。


 それになんの報せもなく突然、急すぎて怪しい。



「リシュ……」



「あのね、おじ様。この街の収穫祭では、うちの農園で採れた林檎のアップルパイを毎年振る舞ってるの。それはおじ様も御存知でしょ?」



「ああ、まぁ……ねぇ……」



「うちの農園の林檎は品種が良いって評判で、その林檎で作るアップルパイはとても美味しいのよ。毎年、街の皆も楽しみにしてるんだから。……だから行けないわ」



 王都なんかに。


 しかも王宮なんて。


 もう二度とあんな場所へ戻るのは御免だ。


「アップルパイか。そういえばリサナが作ったやつも……いつも美味かったなぁ。でもさリシュ、パイは君がいなくても間に合うでしょ」



「パイ作りは私も上手くなったのよ、味だって母様に負けないくらいに」



「そうか」



 ラスバートは、どこか懐かしむように遠い目をした。


 それはとても悲しげな眼差しに見えた。


「だがすまないね、リシュ。今年の収穫祭は俺と王都へ行ってくれ」


 ラスバートは立ち上がり、リシュに向かって深く頭を下げた。


「──頼む」



「あの日も……。あの日もおじ様だったわね。六年前、母様を迎えに来たのも」



(今度は私?)



「あのときって、国王の勅命だったんでしょ? ……母様が言ってたわ。今度もそうなの? ……おじ様、何を隠してるの?」



「リシュ……」



「私に隠してること、あるでしょ。視えないとでも思ってるの?」



 リシュはラスバートを真っ直ぐ見据えた。




 ラスバートは少しの間、視線を逸らし黙っていたが、やがて溜め息をつくと、瞳をリシュに向けて言った。




「……王が、君を御所望だ……毒視姫どくみひめ。ロキルト陛下が王宮で君を待ってる……」





「……鳴った」



「え?」




「おじ様のお腹の音が鳴ったの、今聴こえた」



「あ~ははっ、すまん。聴こえたか。腹の虫がついね」



「おじ様、朝食まだなの?」



 ラスバートは頷いた。



「食べずに明け方宿を出たんだ」



 リシュは呆れ顔で溜め息をついた。



「私もお腹が空いて、また眠ってしまいそうよ。一緒に朝食にしましょう」



「いいのかい? 悪いねぇ」



「そのかわり、きちんと話してもらうわよ、本当のこと」



「本当のこと……か」



「おじ様が隠してること、全部よ」



「わかったよ。かなわないな、君には」



 ラスバートは苦笑して言った。



「益々リサナに似てきたし」





 この後、二人はひとまず食堂へ場所を移すことにした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...