毒視姫(どくみひめ)の憂鬱

翠晶 瓈李

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王宮への帰還〈1〉

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 ♢♢♢♢♢



 ラスバートがリシュを連れて帰還する予定となっていた晩。



 夜も更けた頃、ユカルスがロキルトの部屋を訪ねて言った。




「ラスバート様一行が王都入りし、城に向かっているそうです。そろそろ北の通用門【風凪の門】に到着するだろうとの連絡が入りましたよ」




「……そうか。では予定通り、姉君には〈宵の宮〉へ移動させるよう計らえ」



 自室で書物に目を通していたロキルトは、顔を上げることなく言った。




「それが、少し気になる連絡がありまして」




「気になる?」




 ようやく視線を上げ、ロキルトはユカルスに訊き返す。




「はい、なんでも昨日からリシュ姫は眠り続けていて、なかなか目を覚まさないらしいと」




「ふーん、そうか。それは……アレだな」




「あれ、と申しますと?」




「だから親娘で似ているということだ」




「陛下の仰っている意味が、私にはさっぱり判りませんが」




「判らなくてもいいことだ。俺が知っているというだけで。眠ったままでも構わない」




 運ばせろと、


 ロキルトは言いかけてやめた。



(そうか。ラスバートの奴がずっと運んでたってわけか)




 少しの間、思案していたロキルトが立ち上がった。




「どちらへ?」



「出迎えに行く」



 主の言葉に、ユカルスは小さく溜息をつきながら苦笑する。




「最初からそのつもりだったのでしょう? 夜更けだというのに寝着にもならず、すぐに外へ出られる格好のままでいらっしゃって」


 おまけに護身用とはいえ帯刀までしている。


「でもよろしいのですか、姫の帰還は内密のはず。陛下自らが出迎えたと知られれば何かと騒ぎに……」



「昼間じゃないんだ、構わないだろ。それに俺はあの花をあまりほかの奴に触れさせたくないんでね。特にラスは油断のならないヤツだからな」



 言いながら、部屋を出て行こうとするロキルトをユカルスは呼び止めた。




「夜風が冷えますよ。……これを」




 外套を手渡しながら、ユカルスはロキルトの後に続いた。




 ♢♢♢



 王城北側、そこに三箇所ある通用門とは別に【風凪の門】と呼ばれる出入口がある。



 正門や他の通用門とは異なるその通路を「狭くて地味な裏門」とロキルトは呼んでいる。



 だがそこは王の許可を受けた者だけが利用できる特別な通用門だった。



 ロキルトとユカルスがその場所に着くと、程無くして馬のひずめと馬車の走り寄る響きが、こちらに向かってくるのが聴こえた。



 門番が恭しく門扉を開けると、軍部から警護を兼ねて同行させた屈強な騎士の一人に先導され、馬車が門の中へ入った。



 前後左右に付いていた騎士達が馬から降り、馬車から離れ……




 そのときだった。



 複数の足音と共に黒装束を纏った者が数人、暗闇から湧き出るように現れた。



 内密事項のため、灯りをあまり用意していなかったこともあり、黒装束の者たちの数を、すぐに把握することは困難だった。



 ……ただ、彼等が皆、剣と思しきものを腰から引き抜いた音が響いたことで、闇色の侵入者がどうやら刺客のようだということを悟ることができた。




「なんだっ、貴様らは⁉」


 声をあげたユカルスにロキルトが囁くように呟いた。



「来るぞ……ユカ」



 剣を手にした彼等が、馬車を囲むように動いた。



 それは同時に馬車を護衛していた騎士達やロキルト等も動かす合図となった。



「何者だ!」


「───近付けるな!」


「……下がらせろッ」




 飛び交う怒声と、剣を交える音が辺りに響く。




「陛下!」



「……お下がりください!」



「ここは我等がッ」



「俺の護衛はいらない。自分に向かってきた奴だけの相手をしろ! 連中は六人だ!」



「なんと⁉」



「焦るなよ。逃がすことも許さん! 生け捕りにしろ!」




 闇に程近い中でも、ロキルトは刺客の人数を把握していた。




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