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出立
しおりを挟むリシュは部屋にひきこもり、荷造りを始めていた。
とはいえ、必要最低限のものしか詰めないので、荷物は少ない。
(ここへ、また必ず戻ってくるのだから)
少し前に使用人がラスバートの伝言を預かってきた。
ドレスなど、身に付けるものは全て向こうに揃えてあるという。
その身一つで来ればいいのだと。
「ドレスかぁ……」
窮屈なのは大嫌いだ。
着心地の良い普段着が向こうにどのくらい置いてあるか判らないので、リシュはお気に入りの普段着を余分に持っていくことにした。
荷造りと身支度が済んだら、まずは今ラスバートが宿泊しているという宿へ一緒に行くことになっている。
そして明日の明け方に王都へ向かうという。
馬車を走らせても、帰路に着くのは夜半になるだろう。
宿へ行くことは、少しでも自分をここから遠ざけるためだろか。
───私が逃げ出さないように警備を固めるためだろうか。
そんなふうに考えてみたが、どのみち王都へ帰還する運命が決まってしまったのだ。
───どうでもいいか。
そんな思いが心を支配し、リシュは考えることをやめ、荷造りと身支度が済んだことを使用人に告げた。
♢♢♢
「眠そうだね、リシュ」
宿へ向かう馬車の中でラスバートが訊いた。
「眠いわ。久しぶりに毒に触れたせいでね」
リサナの部屋で時々試していた毒の研究は、果樹園などの収穫作業を手伝う忙しさと疲労のせいもあって、しばらく行なっていなかった。
毒に触れない生活をしていたのだ。
そのせいもあり、ラスバートの持ってきた毒はリシュが久しく忘れていた後遺症を呼び覚ました。
毒視の力が備わったこの身体にも、弱点と言えるようなものが一つある。
『慢性的睡眠疾患』
『毒による後遺症』
母はそう呼んでいた。
眠り、という後遺症だ。
普通の人よりも眠りたい、寝たいという強い欲求が常にある。
長時間、毒を感じていたり触れていたりすると、その分眠りも長く深いものになる。
リシュが朝に弱いのはそのせいだ。
「朝早くからおじ様に起こされて、余計に眠いのよ」
「リサナもいつも眠そうだったな」
「王宮じゃよく眠れないって、母様言ってたわ」
(それで身体を壊したんだ……)
三年前、王宮での仕事は済んだと言ってこの地に戻ってからすぐ、リサナは体調を崩し臥せることが多くなった。
そしてあっけなくこの世を去った。
二年前の春の終わり。
眠りについたまま、二度と目を覚ますことはなかった。
本当に……。
眠るように逝ってしまった。
眠りは、魔性体質の私たちにとって、とても大切なこと。
そうリサナは言っていた。
疲労回復の為に。
私とあなたにとっては、食べることより大切なのよ、と。
母が一番判っていたことだったはずなのに。
どんなに忙しくても、しっかり睡眠をとらずに毒に触れ続けるような研究をしていたら、どんなことになるか。
自分の身体にどんな結果をもたらすのか……。
リサナは知っていたはずなのに。
なのにどうして……。
そんなに王宮が大事だった?
あんなに嫌っていた王宮が。
「眠っていいよ、リシュ。宿に着いたら起こすから」
「……おじ様」
「なんだい?」
「おじ様があの日、母様を王宮へなんかに連れ戻したりしなければ、母様はもっと長生きしたはずよ」
言いながら、だんだん瞼が重くなる。
おじ様にもっと嫌味を言ってやりたいのに。
リシュは眠りの中に吸い込まれていった。
「……償いはいずれする。必ずな……。心配するな、無理はさせんよ。リサナが愛してやまなかった大切な君には……」
目の前の穏やかな寝顔に向かって、ラスバートは優しくささやいた。
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