13 / 31
宵の宮〈2〉
しおりを挟む
動揺するリシュを気にする様子もなく、スウシェは言った。
「まあそうですが、今は空き家も同然ですし、他の場所より安全という意味もありますし。
でも一番は、陛下があなたを自分の目の届く範囲に置いておきたいという御意向なのだと思いますわ」
(なにが意向よ。ここなら私が逃げ出さないように見張りやすいからだわ)
どのみち、部屋を選ぶ権限など自分にはないのだ。
「だったら自由にさせてもらうわ。私のこと姫なんて呼びにくくなるくらい、私は勝手気ままに過ごすつもりだから」
屋敷の者たちを人質にされて、強引に連れて来られて。
リシュに出来る精一杯の反抗など、この程度の態度をとることくらいなのだが。
「……なんだか、懐かしゅうございます。リサナ様もそうでしたわ」
スウシェは笑って言った。
「行き先も告げず、侍女も同行させずに、いつも宮を抜け出して。でも時間だけはいつも侍女に告げて、必ず守って帰られましたが。
リシュ姫さまも戻られる時間くらいはリィムに告げてお出掛けくださいね」
「……お願い致します」
リィムがスウシェの横で、少しだけ不安そうにリシュの顔を見ながら言った。
「わ、わかりました……」
「それではわたくしは朝議がありますので、これで戻りますが。
……ぜひ近いうちに、姫さまをお茶会にお誘いしてよろしいでしょうか」
「……構いませんが」
「まあ嬉しい! ありがとうございます」
スウシェの、艶やかなその笑顔は、眩しい大輪の花の如く美しく。
微笑みだけで、その場を華やかな雰囲気にできる。
スウシェ・カルノードはそんな女性だった。
「ではリィム、後は頼みましたよ」
リィムのお辞儀を見届けると、スウシェは頷き、部屋を出て行った。
♢♢♢
「ではリシュ姫さま、まずはお召し替えを」
「え、服?」
あらためて、リシュは自分の格好を見つめ直した。
そういえば、屋敷を出たときから眠り続けていたので、着替えてもいない。
───さすがに着替えなきゃダメよね。
「奥の間に姫さまのために揃えたご衣装部屋がありますわ」
「私の荷物はどこ?」
「荷物ならその奥の間ですが」
「服は屋敷から持ってきたものを着るわ。馴れない場所で、服も着慣れないモノを身につけるのは嫌なの」
「……そうですか。でしたらどのようなモノをお持ちになったのか、私にも見せていただけますか?」
「いいけど……」
リシュの返事に、リィムは可愛らしく笑った。
♢♢♢
奥の間、とリィムは言ったのだが、リシュが思っていた以上の距離があった。
(正妃用の宵の宮ってこんなに広いのね)
入ってすぐに、リィムはクローゼット扉を順に開けていく。
「気に入ったものは全てご試着してみてくださいね。もしかしたら、中には寸法を直さないといけないものもあるかもしれませんので」
ぎっしりと並ぶその数の多さに、リシュは眩暈がした。
「……リィム、扉を閉めて。なんだか目がクラクラするから」
言いながら、リシュは部屋の隅に置かれてあった自分の荷物を解いた。
「私、こういう服がいいから」
鞄の中から、リシュは着慣れた服を数枚選ぶ。
「……姫さま。今朝はそういった服装は控えた方がよいと思います」
「なぜ?」
「この後の朝食はラスバート様と陛下が同席されます」
「えぇっ⁉ いきなり陛下と食事? ふつう謁見とかが先じゃないの?」
「さあ……。陛下の御意向ですので、私には計り兼ねます。ですから姫さま、もう少しお洒落していただけますか?」
リィムの可愛い声と、潤んで瞬く上目遣いの丸い黒眼に。
リシュは何も言えなくなってしまった。
「窮屈でない服がお好きでしたら……あれやそれやこれ、こちらのモノも派手ではありませんが、よくお似合いになると思います。陛下とご一緒の席に着る装いとして、とても良いと思いますわ」
リィムが選んだものは、どれも貴族の装いに相応しいものばかりだった。
「ここには、庶民の服が一つも無いわね。……あたりまえだけど」
「お気に召しませんでしたか?」
リィムがとても悲しそうな顔をしたので、リシュは慌てた。
「違うの、そういう意味じゃないの。……いいわ、リィムに任せるから、選んでくれる?」
「はい! かしこまりました、姫さま」
スウシェの笑みには及ばないけれど、花が咲いたように明るい笑みを浮かべて、リィムは張り切って服を選び始めた。
そんなリィムを見つめながら、リシュは思った。
───今頃になって……。
こんな気持ちになるなんて。
リシュは苦笑する。
ジワリと押し寄せる緊張感。
来たのだ、という思い。
城へ。
王宮へ。
とうとう帰ってきてしまったのだという想いが混ざりながら、緊張と共に膨らむ。
今頃になって、なのか。
今だから、これからだから……なのか。
(昔過ごした王宮で、こんなの毎日感じていたはずなのに)
ざわつく心。
久しく忘れていた。
ここにいた頃のことを。
───いろいろ思い出さなきゃ。……面倒くさいけど。
「姫さま、何かおっしゃいました?」
リィムが振り返って言った。
「なんでもないわ。それより私、先に顔を洗いたいわ。それから久しぶりに帰ってきたから、忘れちゃってること、たくさんあるの。だからもう一度、いろいろ教えてもらうことになりそう。よろしくね、リィム」
リシュの笑顔にリィムは一瞬見惚れたように赤くなってから頷き、そして笑顔を返した。
「まあそうですが、今は空き家も同然ですし、他の場所より安全という意味もありますし。
でも一番は、陛下があなたを自分の目の届く範囲に置いておきたいという御意向なのだと思いますわ」
(なにが意向よ。ここなら私が逃げ出さないように見張りやすいからだわ)
どのみち、部屋を選ぶ権限など自分にはないのだ。
「だったら自由にさせてもらうわ。私のこと姫なんて呼びにくくなるくらい、私は勝手気ままに過ごすつもりだから」
屋敷の者たちを人質にされて、強引に連れて来られて。
リシュに出来る精一杯の反抗など、この程度の態度をとることくらいなのだが。
「……なんだか、懐かしゅうございます。リサナ様もそうでしたわ」
スウシェは笑って言った。
「行き先も告げず、侍女も同行させずに、いつも宮を抜け出して。でも時間だけはいつも侍女に告げて、必ず守って帰られましたが。
リシュ姫さまも戻られる時間くらいはリィムに告げてお出掛けくださいね」
「……お願い致します」
リィムがスウシェの横で、少しだけ不安そうにリシュの顔を見ながら言った。
「わ、わかりました……」
「それではわたくしは朝議がありますので、これで戻りますが。
……ぜひ近いうちに、姫さまをお茶会にお誘いしてよろしいでしょうか」
「……構いませんが」
「まあ嬉しい! ありがとうございます」
スウシェの、艶やかなその笑顔は、眩しい大輪の花の如く美しく。
微笑みだけで、その場を華やかな雰囲気にできる。
スウシェ・カルノードはそんな女性だった。
「ではリィム、後は頼みましたよ」
リィムのお辞儀を見届けると、スウシェは頷き、部屋を出て行った。
♢♢♢
「ではリシュ姫さま、まずはお召し替えを」
「え、服?」
あらためて、リシュは自分の格好を見つめ直した。
そういえば、屋敷を出たときから眠り続けていたので、着替えてもいない。
───さすがに着替えなきゃダメよね。
「奥の間に姫さまのために揃えたご衣装部屋がありますわ」
「私の荷物はどこ?」
「荷物ならその奥の間ですが」
「服は屋敷から持ってきたものを着るわ。馴れない場所で、服も着慣れないモノを身につけるのは嫌なの」
「……そうですか。でしたらどのようなモノをお持ちになったのか、私にも見せていただけますか?」
「いいけど……」
リシュの返事に、リィムは可愛らしく笑った。
♢♢♢
奥の間、とリィムは言ったのだが、リシュが思っていた以上の距離があった。
(正妃用の宵の宮ってこんなに広いのね)
入ってすぐに、リィムはクローゼット扉を順に開けていく。
「気に入ったものは全てご試着してみてくださいね。もしかしたら、中には寸法を直さないといけないものもあるかもしれませんので」
ぎっしりと並ぶその数の多さに、リシュは眩暈がした。
「……リィム、扉を閉めて。なんだか目がクラクラするから」
言いながら、リシュは部屋の隅に置かれてあった自分の荷物を解いた。
「私、こういう服がいいから」
鞄の中から、リシュは着慣れた服を数枚選ぶ。
「……姫さま。今朝はそういった服装は控えた方がよいと思います」
「なぜ?」
「この後の朝食はラスバート様と陛下が同席されます」
「えぇっ⁉ いきなり陛下と食事? ふつう謁見とかが先じゃないの?」
「さあ……。陛下の御意向ですので、私には計り兼ねます。ですから姫さま、もう少しお洒落していただけますか?」
リィムの可愛い声と、潤んで瞬く上目遣いの丸い黒眼に。
リシュは何も言えなくなってしまった。
「窮屈でない服がお好きでしたら……あれやそれやこれ、こちらのモノも派手ではありませんが、よくお似合いになると思います。陛下とご一緒の席に着る装いとして、とても良いと思いますわ」
リィムが選んだものは、どれも貴族の装いに相応しいものばかりだった。
「ここには、庶民の服が一つも無いわね。……あたりまえだけど」
「お気に召しませんでしたか?」
リィムがとても悲しそうな顔をしたので、リシュは慌てた。
「違うの、そういう意味じゃないの。……いいわ、リィムに任せるから、選んでくれる?」
「はい! かしこまりました、姫さま」
スウシェの笑みには及ばないけれど、花が咲いたように明るい笑みを浮かべて、リィムは張り切って服を選び始めた。
そんなリィムを見つめながら、リシュは思った。
───今頃になって……。
こんな気持ちになるなんて。
リシュは苦笑する。
ジワリと押し寄せる緊張感。
来たのだ、という思い。
城へ。
王宮へ。
とうとう帰ってきてしまったのだという想いが混ざりながら、緊張と共に膨らむ。
今頃になって、なのか。
今だから、これからだから……なのか。
(昔過ごした王宮で、こんなの毎日感じていたはずなのに)
ざわつく心。
久しく忘れていた。
ここにいた頃のことを。
───いろいろ思い出さなきゃ。……面倒くさいけど。
「姫さま、何かおっしゃいました?」
リィムが振り返って言った。
「なんでもないわ。それより私、先に顔を洗いたいわ。それから久しぶりに帰ってきたから、忘れちゃってること、たくさんあるの。だからもう一度、いろいろ教えてもらうことになりそう。よろしくね、リィム」
リシュの笑顔にリィムは一瞬見惚れたように赤くなってから頷き、そして笑顔を返した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる