毒視姫(どくみひめ)の憂鬱

翠晶 瓈李

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魔性の血〈2〉

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「そういえば昨夜、陛下が捕まえたネズミは、まだ目を覚まさないので?」



 ラスバートの問いにロキルトは口元だけに笑みを浮かべて答えた。



「奴の肩に刺し込んだ剣先にはしびれ薬と眠り薬の混ざったものが塗ってあったからな。まぁ、そろそろ目を覚ますんじゃないか。どこかの誰かさんよりは眠りも浅いだろうし」



 ロキルトはリシュを見つめて言った。



「目を覚ましたら自白剤でも使って喋らせて、それから即処刑だな。首は……そうだな、どこに飾ろうか。ラスは何処がいい?」



「……そうですねぇ」




 ラスバートは苦笑した。



「正門はどうだ?」



「陛下のお好きにどうぞ」



「槍の先にでも突き刺して、掲げておくか。久しぶりじゃないか、生首で城を飾るのは。一つだけっていうのが少し寂しいが……。懐かしいな、即位したばかりの頃を思い出す。あの頃は毎日、処刑した奴等の首で城を飾っていたからなぁ。やはり一匹じゃつまらんな」




 リシュの食べる手が止まった。



 食欲の失せる会話だと思った。



 それなのに二人は平然と料理を口に運んでいる。




 ───おじ様まで。




「どうした、リシュ。料理が口に合わないのか?」



 ロキルトがリシュに訊いた。



「いいえ……」







「失礼します。陛下……」




 出入り口で声がした。




「なんだ、ユカルス」





 見るとそこには薄墨色の髪と銀縁眼鏡の青年が立っていた。


 彼はロキルトに近寄ると、何やら耳元で囁いた。



「そうか、つまらぬな」



 嘆息しながら残念そうに呟いて、ロキルトはラスバートに言った。



「ネズミが自白剤を使う前に舌を噛み切って自害したそうだ」



「……そうですか」



「仕方ない。首だけ斬り落として城門にでも飾っておけ。……ああ、食べ終わってから俺がやるから勝手に斬るなよ。それと門番の取り調べは?」



「はい、」



 ユカルスはもう一度ロキルトの耳元で声を低めて話しかけた。



「……ふーん。ならばそいつも処刑だな。喜べラス、生首が一つ増えたぞ。門番は警備を怠ることを約束し、賄賂を貰っていたそうだ。ユカ、その門番に家族は?」



「いると思いますが」



 ユカルスの返答に、ロキルトは愉し気に笑って言った。





「ではその家族、いや一族もろとも処刑しろ。久しぶりに城門に首を飾ってみたくなった」





「いい加減にして!」



 リシュが両手でテーブルを強く叩き、立ち上がった。



「食事がまずくなくなるわ。リィム! 部屋へ戻ります!」



「勝手に戻るな! 許さない」





 少年王は笑みを称えたまま言った。



「ちゃんと食べていけ。出されたものくらいキレイにしていけって、よくリサナに怒られたからな」



 一瞬、思い出に浸るような遠い目をして。


 ロキルトは黙々と食事を続けた。





 確かに。


 残さず食べなきゃダメよ。

 と、リシュもリサナによく言われて育った。



(この人も、言われたの? ……そういえば……)




 渋々と椅子に座り直したリシュの胸に、遠い記憶が甦る。



 リサナがリシュにだけ話して聞かせたロキルトの想い出が……。





 ───ロキってね、食べ物の好き嫌い、結構あるのよねぇ。

 鳥肉は好きだけど、豚肉は苦手とか。野菜料理の味付けもうるさくて大変なの。

 ───それから彼ね、猫舌なのよ……。




 リシュの視線の先で、ちょうどロキルトがティーカップに口を寄せているところだった。



 湯気の立つカップに、恐る恐る息を吹きかけている様子が、やけに幼く見えた。



 そして目が合う。


 ロキルトは苦々しい表情になり、お茶を飲むことなく、カップを下ろしてしまった。



「なんだよ」




「猫舌なんですってね」



 それだけ言って、リシュはプイと視線を外し、食べかけの食事を口に運んだ。



(食べ終わればいいんでしょ)


 食べ終われば、ここに居なくてもいいのだ。


 さっさと食べてここを出ようと心に決めて、リシュは食べることに専念した。





「どうしますか、陛下。先程の件ですが、門番の一族を拘束しますか?」



 ユカルスの問いにロキルトはリシュに視線を向けたまま、不機嫌に言った。



「その話はまた後だ。これ以上続けると姉君の機嫌が悪くなるのでな。門番はしばらく牢へ入れておけ」



「はい」



 ユカルスは一礼し、部屋を出て行った。




 各々が食べることに専念すること数分。




 ロキルトが口を開いた。




「華やかな話題にでも話を移すとしようか。豊穣祭まで今日を入れてあと四日。リシュには王族として国賓を迎える準備をしてもらう。立ち居振る舞いは勿論、長いこと城を離れていたんだ、ダンスの一曲も踊れるようになっておいてくれよ」



「たったの三日や四日で、国賓の方々の前で披露できるほど上手くなるとは思えません。なので舞踏会に出るつもりはありません。
 それに、私はそんなことのために、ここへ呼ばれたわけではないのでしょう」



「まあそうだがな。祭りの最中は、なるべく俺の傍に付き従ってもらう。これは命令だ。それに俺の横にいれば、もしダンスの申し込みがあっても、俺の方で断ってやれることができるだろう。……まあ、申し込む物好きがいれば、の話だがな」




 魔性王が傍に置く女性に、ダンスの申し込みをする怖いもの知らずな男などいるはずもないと、彼はそう言ってるのだろうか。




 ぼんやりと考えていたリシュに、ロキルトは続けた。



「エスコートしてやるんだ、俺と一曲踊ってもらうぞ、リシュ。今から申し込んでおく」




「物好きなんですね、陛下は」




 リシュの返答に、ロキルトは一瞬、眉を寄せ、それから怒ったような口調で言った。



「おまえの相手をしていいのは、俺だけだという意味だ!」


 ロキルトの癇癪に呆れながらリシュは思った。


(なに怒ってんのかしら、この人。だってさっき、ダンスを申し込む物好きがどうのって、自分が言ったくせに)




「いいか、リシュ。断ったらどうなるか判っているな」



 苛立つように言うロキルトに、リシュは無言を返した。



 怒った彼を……否、怒らせてしまった国王に向かって、本来ならこんな態度をとるべきではないのだろうけれど。



 リシュは彼に目を向けたいとは思わなかった。




「努力いたします、陛下」




 ロキルトに少しの視線を向けることもなく、リシュは言葉を返した。




 数分後。




 食べ終わった様子のロキルトが立ち上がった。





 そして。



 リシュに歩み寄ると、耳元でささやいた。





「積もる話もある。今夜そちらへ行くからな、リシュ」




 名前を呼ぶのと同時に、ロキルトはリシュの耳裏に流れる髪を、摘まむように触れてから立ち去った。



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