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魔性の血〈3〉
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♢♢♢♢♢
「おいリシュ、大丈夫かい? 陛下の毒気に当てられたか?」
ロキルトが部屋を去ってから数秒、身体が固まっていたリシュに、ラスバートが声をかけた。
リシュは大きく息を吐いてから首を振り、ラスバートに訊いた。
「夕べ何かあったの?」
「ああ。城の通用門にね、俺達が着いた途端、怪しげな輩に襲われてね」
「襲われた⁉」
「陛下専用の「風凪の門」を潜ってからすぐにね。護りは強固だったはずなのに。ネズミが六匹乗り込んで来て」
ラスバートは言葉を区切ると、ふわぁとあくびをした。
「おかげで深夜過ぎまで事後処理に追われてて、俺は寝不足気味。この後もう少し寝る予定だから、起こさないでね」
「何よおじ様、それ嫌味? 誰も起こさないわよ、好きなだけ眠ったらいいわ」
「えー、俺的には目覚めたら可愛い娘が傍にいてくれたら嬉しいんだけどなあ」
リシュは無言で肩を竦め、ラスバートから視線を外すと、デザートの果物に手を伸ばした。
「リシュ。君の帰還、王宮ではまだ公にされていない。なのに夕べの奇襲は想定外……かどうかはわからんが。まだいろいろと調査中でね。
だから、というわけでもないが、あまり一人でフラフラしたらダメだぞ」
「したくても出来ないわよ。迷子になりそうで、今居る宮も広くて迷いそうだもの。当分自由に動けそうもないわ」
「しかし驚いたよ。リサナもそうだったが、陛下を前にしても動じないんだな、君は。初対面だろ?」
「ええ、でも……」
ロキルトは、リサナとリシュ親子が王宮から西方の領地へ住まいを移された直後、遠い北の地から呼び戻されたのだと聞いている。
こちらも、母と息子の二人だけが。
(私たちと入れ違いに)
「でもね、おじ様。母様、よく話してくれてたの、私に。王宮から帰ると必ず、陛下のことを。
だから……初めて会うのに初めてのような気がしないのは、そのせいかもね」
「そうか」
「そんなことよりおじ様、私は礼儀作法やダンスを習うだけにここへ来たわけじゃないのよ」
毒薬を送り付け、オリアル様に危害を加えようとしている者を見つけだして。
そして早く帰るのだ。
「うん、そっちの件は追い追いね。とにかく俺を少し眠らせてくれ。……あ、でもさ、今夜陛下に訊いてもいいんじゃない?」
「聞いてたの?」
「聞こえたの。ま、たくさん話してみることだ。会話は大事だからねぇ。仲良くなって、たくさんケンカもしてさ。リサナもよく言い合ってたからさ、陛下とは」
ラスバートはにこやかな表情で席を立った。
「じゃ、また後でね。おやすみ、リシュ」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
♢♢♢
食事を終え、宮へ戻りながらリシュは考えていた。
ロキルトと話すことなど何もない。
仲良くなろうとも思わない。
(私は……確認したかっただけ)
そして、あの姿を見て、はっきりと確信したのだ。
リサナが打ち明けた秘密に、心のどこかで疑っていた部分が今まであった。
まさか、本当に……? と。
信じたくなかったともいうべきか。───けれど。
ロキルトを前にして、そんな思いは消えた。
───母様は本当に……六年前に禁忌を。
瀕死の王子に。
まだ子供だった王子に……魔性の血を。
自分の血を与えてしまったのだ。
♢♢♢♢♢
───「どうしてそんなことしたの? 母様」
───「もう、手の施しようがなかったの。時間もなくて、暗殺に使われた毒は少しも残っていなかったし、解析も間に合わなかった」───
ロキルトの母親である六番目の妃、エファーナも、そのとき同じ毒に倒れ、こちらは間に合わずに助けることができなかったとリシュは聞いていた。
「宮の薬学師達も、手を尽くしたのはよくわかっていたけれど。効果のありそうな解毒剤を作るのに、足りないものもいくつかあって……」
───どうして?
「母様は……自分の血にそんな力があるって知ってたの?」
リシュの質問に、リサナはとても悲しげな顔になり、そして頷いた。
「聞かされたことがあるのよ、ずっと昔に……わたしがまだ、あなたくらいの歳だったかな。教えてくれたのは母でね、リシュのお祖母様にあたる人よ。
でも決して、それを他人に与えてはいけないっていわれてたのだけど……」
どんな毒でも消せる血を。
けれど与えられた者は、魔性を得てしまう血なのだと。
「魔性? それってどんな? 私や母様のような力?」
「ロキルトの場合は少し違うみたい。……でもまさか本当に、血液まで。………ねぇリシュ。私たちって、本当に魔花の化身なのかもね」
こう言って、寂し気ではあるけれど笑ったリサナを見て。
そのとき私は初めて母を、そして同じ血の流れる自分のことが恐ろしく思った。
───「サリュウスの花はね、魔王が愛した花でもあるんですって」
「魔王? 災いの魔女が、聖者によって花に姿を変えられたんじゃないの?」
「さあ……そうね、伝説はいろいろあるものだから。でも………。真実は一つだけなのよ、リシュ……」
♢♢♢♢♢
「リシュ姫さま?いかがされました? お顔の色があまりよくありませんが」
宮へ戻る途中で立ち止まってしまったリシュに、リィムが心配そうな顔で訊いた。
「大丈夫、なんでもないの。それよりこの向こうは庭園なの?」
大きな窓の向こうに広がる景色は、紅、黄色、薄赤と、小さくて控えめだが愛らしい秋の草花が咲き揃い、優しい風に揺れていた。
「はい、この庭園は姫さまの宵の宮へ続いている庭園ですわ。少し遠回りになりますが、よろしければ散策されてはどうでしょう」
「そうね。食後のいい運動になるわね。あと気分転換にも」
「ご案内しますわ。こちらからどうぞ」
リィムは優しく微笑むと、リシュを庭園へ案内した。
♢♢♢
外に出ると、心地良い朝の風が、リシュの青い髪を撫でていく。
この髪に触れ、ロキルトは何を想っただろう。
リサナの面影を見たのだろうか。
積もる話など何もない。
けれど何か話さなくてはならないのなら、ラスバートに言われた通り、宮廷を騒がせている毒と怪文書の件を訊いてみるくらいだ。
「ねぇ、リィム。今夜、陛下が宮を訪ねて来るんですって。時間とか、何時頃になるのかしら」
「それは勿論、姫さまの就寝の頃かと」
「そんなに遅く……? ───あのね、リィム。勘違いしているようだから言うけど、陛下はね、話があって来るのよ。だから……そうね、ちゃんと応接室にでも通してもらって。それからもう少し早い時間にならないかな」
「あの、姫さま? 勘違いされてるのは、リシュ姫さまかと」
「何を?」
「陛下が今夜と告げたからには、寝所で待っていらっしゃった方が、」
「そんなことは絶対にないわ!」
というか困る!
「私は姫でも妃でもないのよ。位置的には一応、異母姉になるけれど」
前王ルクトワとは何の血縁関係もないが。
「だ、だからっ、そうゆうコト、とか……あり得ないし。 私は絶対に嫌よ!」
寝室であの子を待つなんて。
「待つもんですか!」
こみ上げるのは、怒りと嫌悪と苛立ちと。
煩わしい感情。
それを少しでも早く身の内から追い出したいという勢いで、リシュは歩く足を早めた。
「あ、待ってください、姫さま!」
リィムが慌てて後を追った。
「私の寝室に彼が来るなんて考えたくないわ」
「でもこの庭は陛下のお部屋とも繋がっているので、」
「なんですって⁉」
「えっと……あちらに見えるのが陛下のお部屋がある棟で、こちらに見えるのがリシュ姫さまの宵の宮です。陛下の部屋からは、この庭を通った方が一番近いんですよ、姫さまの寝室に」
「だったら庭からでなく、室内の廊下から来るように伝えて」
「姫さま……。姫さまは今夜、陛下の申し出を受けられないのですね?」
リィムの問いにリシュは思う。
(申し出、って言われても。リィムの考えてる内容は、きっと私の考えてるものとは違うだろうし)
話すために来るのなら構わない。
だけど……そうでない事なら
(そんなの、今夜に限らず未来永劫受けないわ!)
───と言おうとしたのだが、
「解りましたわ。女性は直接寝所に来られても、困る日もありますもの。そういうときは、ほら、あの東屋で陛下をお待ちになればいいのですわ」
リィムが視線を向けた先、少し離れた場所に、円形の東屋が建っていた。
「夜風は冷えますから、暖かなお召し物と温まるお飲み物を用意しましょう」
「そうね……。えぇ、わかったわ。東屋を見てきてもいい?」
「はい、どうぞ。リサナ様もあの場所が気に入っていて、よく寛いでいたと聞いております」
───母様が?
向かう足が自然と速まる。
リシュは母の面影を求めるように、その先へ向かった。
「おいリシュ、大丈夫かい? 陛下の毒気に当てられたか?」
ロキルトが部屋を去ってから数秒、身体が固まっていたリシュに、ラスバートが声をかけた。
リシュは大きく息を吐いてから首を振り、ラスバートに訊いた。
「夕べ何かあったの?」
「ああ。城の通用門にね、俺達が着いた途端、怪しげな輩に襲われてね」
「襲われた⁉」
「陛下専用の「風凪の門」を潜ってからすぐにね。護りは強固だったはずなのに。ネズミが六匹乗り込んで来て」
ラスバートは言葉を区切ると、ふわぁとあくびをした。
「おかげで深夜過ぎまで事後処理に追われてて、俺は寝不足気味。この後もう少し寝る予定だから、起こさないでね」
「何よおじ様、それ嫌味? 誰も起こさないわよ、好きなだけ眠ったらいいわ」
「えー、俺的には目覚めたら可愛い娘が傍にいてくれたら嬉しいんだけどなあ」
リシュは無言で肩を竦め、ラスバートから視線を外すと、デザートの果物に手を伸ばした。
「リシュ。君の帰還、王宮ではまだ公にされていない。なのに夕べの奇襲は想定外……かどうかはわからんが。まだいろいろと調査中でね。
だから、というわけでもないが、あまり一人でフラフラしたらダメだぞ」
「したくても出来ないわよ。迷子になりそうで、今居る宮も広くて迷いそうだもの。当分自由に動けそうもないわ」
「しかし驚いたよ。リサナもそうだったが、陛下を前にしても動じないんだな、君は。初対面だろ?」
「ええ、でも……」
ロキルトは、リサナとリシュ親子が王宮から西方の領地へ住まいを移された直後、遠い北の地から呼び戻されたのだと聞いている。
こちらも、母と息子の二人だけが。
(私たちと入れ違いに)
「でもね、おじ様。母様、よく話してくれてたの、私に。王宮から帰ると必ず、陛下のことを。
だから……初めて会うのに初めてのような気がしないのは、そのせいかもね」
「そうか」
「そんなことよりおじ様、私は礼儀作法やダンスを習うだけにここへ来たわけじゃないのよ」
毒薬を送り付け、オリアル様に危害を加えようとしている者を見つけだして。
そして早く帰るのだ。
「うん、そっちの件は追い追いね。とにかく俺を少し眠らせてくれ。……あ、でもさ、今夜陛下に訊いてもいいんじゃない?」
「聞いてたの?」
「聞こえたの。ま、たくさん話してみることだ。会話は大事だからねぇ。仲良くなって、たくさんケンカもしてさ。リサナもよく言い合ってたからさ、陛下とは」
ラスバートはにこやかな表情で席を立った。
「じゃ、また後でね。おやすみ、リシュ」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
♢♢♢
食事を終え、宮へ戻りながらリシュは考えていた。
ロキルトと話すことなど何もない。
仲良くなろうとも思わない。
(私は……確認したかっただけ)
そして、あの姿を見て、はっきりと確信したのだ。
リサナが打ち明けた秘密に、心のどこかで疑っていた部分が今まであった。
まさか、本当に……? と。
信じたくなかったともいうべきか。───けれど。
ロキルトを前にして、そんな思いは消えた。
───母様は本当に……六年前に禁忌を。
瀕死の王子に。
まだ子供だった王子に……魔性の血を。
自分の血を与えてしまったのだ。
♢♢♢♢♢
───「どうしてそんなことしたの? 母様」
───「もう、手の施しようがなかったの。時間もなくて、暗殺に使われた毒は少しも残っていなかったし、解析も間に合わなかった」───
ロキルトの母親である六番目の妃、エファーナも、そのとき同じ毒に倒れ、こちらは間に合わずに助けることができなかったとリシュは聞いていた。
「宮の薬学師達も、手を尽くしたのはよくわかっていたけれど。効果のありそうな解毒剤を作るのに、足りないものもいくつかあって……」
───どうして?
「母様は……自分の血にそんな力があるって知ってたの?」
リシュの質問に、リサナはとても悲しげな顔になり、そして頷いた。
「聞かされたことがあるのよ、ずっと昔に……わたしがまだ、あなたくらいの歳だったかな。教えてくれたのは母でね、リシュのお祖母様にあたる人よ。
でも決して、それを他人に与えてはいけないっていわれてたのだけど……」
どんな毒でも消せる血を。
けれど与えられた者は、魔性を得てしまう血なのだと。
「魔性? それってどんな? 私や母様のような力?」
「ロキルトの場合は少し違うみたい。……でもまさか本当に、血液まで。………ねぇリシュ。私たちって、本当に魔花の化身なのかもね」
こう言って、寂し気ではあるけれど笑ったリサナを見て。
そのとき私は初めて母を、そして同じ血の流れる自分のことが恐ろしく思った。
───「サリュウスの花はね、魔王が愛した花でもあるんですって」
「魔王? 災いの魔女が、聖者によって花に姿を変えられたんじゃないの?」
「さあ……そうね、伝説はいろいろあるものだから。でも………。真実は一つだけなのよ、リシュ……」
♢♢♢♢♢
「リシュ姫さま?いかがされました? お顔の色があまりよくありませんが」
宮へ戻る途中で立ち止まってしまったリシュに、リィムが心配そうな顔で訊いた。
「大丈夫、なんでもないの。それよりこの向こうは庭園なの?」
大きな窓の向こうに広がる景色は、紅、黄色、薄赤と、小さくて控えめだが愛らしい秋の草花が咲き揃い、優しい風に揺れていた。
「はい、この庭園は姫さまの宵の宮へ続いている庭園ですわ。少し遠回りになりますが、よろしければ散策されてはどうでしょう」
「そうね。食後のいい運動になるわね。あと気分転換にも」
「ご案内しますわ。こちらからどうぞ」
リィムは優しく微笑むと、リシュを庭園へ案内した。
♢♢♢
外に出ると、心地良い朝の風が、リシュの青い髪を撫でていく。
この髪に触れ、ロキルトは何を想っただろう。
リサナの面影を見たのだろうか。
積もる話など何もない。
けれど何か話さなくてはならないのなら、ラスバートに言われた通り、宮廷を騒がせている毒と怪文書の件を訊いてみるくらいだ。
「ねぇ、リィム。今夜、陛下が宮を訪ねて来るんですって。時間とか、何時頃になるのかしら」
「それは勿論、姫さまの就寝の頃かと」
「そんなに遅く……? ───あのね、リィム。勘違いしているようだから言うけど、陛下はね、話があって来るのよ。だから……そうね、ちゃんと応接室にでも通してもらって。それからもう少し早い時間にならないかな」
「あの、姫さま? 勘違いされてるのは、リシュ姫さまかと」
「何を?」
「陛下が今夜と告げたからには、寝所で待っていらっしゃった方が、」
「そんなことは絶対にないわ!」
というか困る!
「私は姫でも妃でもないのよ。位置的には一応、異母姉になるけれど」
前王ルクトワとは何の血縁関係もないが。
「だ、だからっ、そうゆうコト、とか……あり得ないし。 私は絶対に嫌よ!」
寝室であの子を待つなんて。
「待つもんですか!」
こみ上げるのは、怒りと嫌悪と苛立ちと。
煩わしい感情。
それを少しでも早く身の内から追い出したいという勢いで、リシュは歩く足を早めた。
「あ、待ってください、姫さま!」
リィムが慌てて後を追った。
「私の寝室に彼が来るなんて考えたくないわ」
「でもこの庭は陛下のお部屋とも繋がっているので、」
「なんですって⁉」
「えっと……あちらに見えるのが陛下のお部屋がある棟で、こちらに見えるのがリシュ姫さまの宵の宮です。陛下の部屋からは、この庭を通った方が一番近いんですよ、姫さまの寝室に」
「だったら庭からでなく、室内の廊下から来るように伝えて」
「姫さま……。姫さまは今夜、陛下の申し出を受けられないのですね?」
リィムの問いにリシュは思う。
(申し出、って言われても。リィムの考えてる内容は、きっと私の考えてるものとは違うだろうし)
話すために来るのなら構わない。
だけど……そうでない事なら
(そんなの、今夜に限らず未来永劫受けないわ!)
───と言おうとしたのだが、
「解りましたわ。女性は直接寝所に来られても、困る日もありますもの。そういうときは、ほら、あの東屋で陛下をお待ちになればいいのですわ」
リィムが視線を向けた先、少し離れた場所に、円形の東屋が建っていた。
「夜風は冷えますから、暖かなお召し物と温まるお飲み物を用意しましょう」
「そうね……。えぇ、わかったわ。東屋を見てきてもいい?」
「はい、どうぞ。リサナ様もあの場所が気に入っていて、よく寛いでいたと聞いております」
───母様が?
向かう足が自然と速まる。
リシュは母の面影を求めるように、その先へ向かった。
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