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scene・5
しおりを挟む私は、
「出ていってどうするの?」
と、思わず詰問するように言ってしまった。
どうしたいんだ?私。
彼に『此処に居たい』と言って欲しいのか?
流石にそれはキモくないか?
「ネカフェ?とか…」
と語尾が小さくなっていく彼に、
「お金ないのに?」
と私はまたまた詰問するように言う。
「だけど…これ以上お姉さんに迷惑かけられないし…。」
と彼は私の目を見て言った。
私はその目を同じようにじっと見返して、
「『乃愛《ノア》》』よ。『轟《トドロキ》乃愛』まぁ…お姉さんで良いわ。姉弟にしてはちょっと歳が離れ過ぎてるけどね。
…明日、貴方に似合う服を買いに行きましょう。身長高いよね?何センチ?
食べ物は何が好き?料理は困らない程度には出来るから、リクエストがあればどうぞ」
と彼に言った。
彼は目を丸くすると、
「それって、どういう…?」
と私に訊ねる。
「私、32年生きてきて、こんな無謀な事をしたのは初めて。
今まで超真面目に生きてきたの。進学校に通って、結構良い大学行って、順調に就職して、会社でも責任ある仕事させてもらって…。君から見れば面白味のない生活かもしれないけど、それが私の世界の全てだったし、それで満足してたつもりだった…変化を望んでもなかったし。
でもね、今なんだか凄くワクワクしてるの。
このマンション、部屋は余ってるから。君が自立するまで…1人で生活出来る様になるまで、此処に居て良いよ」
と私が微笑めば、彼は
「そんな…どうして見ず知らずの俺なんかに…?」
と不思議そうに首を傾げた。
私は、
「ねぇ、さっき歌ってた歌。ほら、公園のブランコの上で歌ってた。あの歌を、もう一度歌ってくれる?それが此処に住む条件。あ、でも嫌なら出ていっても良いよ。君は自由なんだから」
と答えになっていない、返答をする。
彼は、
「俺…歌、別に上手くないよ?」
と恥ずかしそうに答えて、それからさっき公園で歌っていた歌を口ずさんだ。
彼が歌うその歌は、何故か私の心を満たしていく。
確かに…決して上手い!とは言えないのかもしれない。もちろん下手ではない。
しかし、彼の特徴的な声は、不思議とクセになる。
ちょっとニンニクが香るこの歌を、私は一生忘れないだろう…その時私は、そう思った。
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