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その85

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クリス様が部屋から出たのを確認して十分時間が経ってから、

「もう出てきて良いわよ」
とイヴァンカ様から声が掛かった。

私は戸棚から出て、伸びをする。

物音を立ててはいけないと言われていた。
獣人は耳も良いからと。
私の匂いと音を誤魔化す為に応接室は窓が開けられていたが、クリス様に見つかるのではないかとドキドキした。

「はぁ…緊張しました。…バレていませんかね?」

「冷静な時の殿下なら、気づいたでしょうけど…頭に血が上ってる今は…大丈夫みたいよ。
ところで…殿下の気持ち、少しは分かったかしら?」

「…今だに信じられない気持ちの方が大きいですが…何故か殿下が私に好意を持って下さっているのは分かりました。ただ…私の気持ちは…」

「いいのよ。急がなくて。
もし、殿下の気持ちを受け入れられなくても、それは仕方ないわ。
でも、殿下にもチャンスをあげて欲しいのよ。
貴女は不本意かも知れないけど…婚約者と言う立場は貴女を守る盾になるわ。
それでも殿下が貴女の全てを守りきれる訳ではないけれど、ただの、アルティア王国の伯爵令嬢、シビル・モンターレよりも貴女の立場を強くする筈よ」

「…分かりました。でも、イヴァンカ様に王太子妃教育でお手を煩わせて…もし私が…やはり無理だと逃げ出した時に…イヴァンカ様の時間を無駄にさせてしまいます。
なので、私の覚悟が決まったら…教育を受けたいと思うのですが…」

「あら、私の事は気にしなくて良いの。どうせ暇なんだから。
宰相夫人、公爵夫人とはいえ、元は私は他国の…しかもこの国と国交がない国の平民でしょう?
私に阿ってもあまり益がないからかしら、然程、社交も忙しくはないのよ。
もちろん立場はあるから、最低限はしてるけど。
それに、主人からはそんな事はしなくて良いと言われちゃってるもの。
時間はたくさんあるし、子ども達も、もうそんなに手がかかるような年齢ではないし。
それに、どんな事でも、経験や知識は貴女の財産になるわ。その財産は誰からも盗まれる事はないの。持ってて損はないわ」

…なんだか申し訳ないとしか思えないが、私がクリス様の婚約者になって、王太子妃教育を受ける事は決定のようだ。

そこまでされて、逃げ切れる気がしない。

なんだかんだで私は既に逃げ場を失ってしまっているのではないかと思う。

…腹をくくるしか…ないんだろうなぁ…はぁ。


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明けましておめでとうございます。

2023年が皆様にとって素晴らしい1年になりますように。

今年も宜しくお願いいたします。

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